第7話 再びヒーローになる男
放課後、丈太は一路、博士の住む栄家を目指して歩いていた。
栄家は、元々丈太の家からそう遠くない位置にあるご近所さんと言ってもいい家だ。ただし、同級生の明香里とは、小さい頃から一緒に遊んだりしたことはない。もしかすると、ずっと昔から嫌われていたのかもしれないと丈太は思っている。
幸いな事と言っていいのか解らないが、大翔達に狙われていたあの少女は、授業が終わるとすぐに帰宅したようである。終業のHRからずっと、大翔達が集まって丈太を睨みつけてくる中、たまたま校門から彼女が帰っていく姿が見えたので、今日の所はひとまず大翔達に襲われる心配はないだろう。しかし、明らかに大翔達が丈太にやらせようとしていたのは犯罪だ、油断は出来ない。
(アイツらの企みを博士が聞いてたと解った以上、迂闊に手を出せないんだな。今の内に何とかしたい所だけど……)
丈太を警戒して、彼らが何もしてこないというのは初めてのことだった。正直、放課後に殴られたり蹴られたりもしないのは入学直後以来だが、この静けさが逆に恐ろしい。彼らは無関係な下級生を暴行しろなどと言う手合いなのだ。もはや彼らは不良などと言うレベルではなく、無頼である。警察に突き出しても問題ない
「とはいえ、俺は怪我してもすぐ治っちゃうからなぁ、イジメられてる証拠がないんだよな。後で博士に聞いてみようか……ん?」
色々と考え込みながら歩いていると、いつの間にか商店街のアーケードまで来ていたようだ。先日のショッピングモールとはまた別に、この街には昔ながらの商店街も存在している。こちらは丈太が子どもの頃からよく通っていた場所で顔馴染みも多く、最近はショッピングモールの勢いに負けて少し寂れてしまっているが、いつ来てもホッとできる場所だ。そんな商店街が、妙な活気…いや、興奮状態に包まれていた。
「人だかり?最近珍しいな。何かイベントでもやってるのかな?んー……と…!?」
丈太がそれに近づいた時、明らかにおかしい存在が目に入った。同時に、スマートウォッチから、栄博士の声が聞こえてくる。
――丈太君っ!大変じゃ、君の近くに重人の反応があるぞ!
「ああ…博士。たぶん、すぐ近くにいるよ……って、マジか…」
視界に入ってきたのは人だかりの中心でステーキ肉を焼いている牛の頭をした大柄な男であった。丈太は驚きのあまり固まってしまったが、集まっている人々は一向に気にしていない様子だ。その異様すぎる光景に、スマートウォッチから確認している栄博士も動揺しているようだった。
「モォ~モッモッモ!ステーキは
「な、なんだあれ……牛の頭に人間の身体って、あれじゃそのまんまミノタウロスじゃないか!?昨日の半魚人みたいなのとはレベルが違うぞ。スライム倒した直後にボスが出てきたみたいな気分だ……あと何でアイツら笑い方がいちいちキモイんだよ!?」
驚く丈太を尻目に、ミノタウロスっぽい重人の周りには瞳に熱を帯びた人々が集まり、熱狂的にステーキを奪い合っていた。どうやら肉を焼いて振る舞っているらしいが、その焼ける匂いが人を魅了しているようだ。その光景はあまりに異様で、丈太の目から見ても明らかに普通の精神状態には見えなかった。よく見ると、集まっているのはそのほとんどが女性で、主婦のようである。夕食の買い出しに来た人達なのだろう、皆エコバッグを片手に提げて肉を取り合っている。
「さぁさ、皆たくさんお肉を食べなさ~い!若者の牛肉離れなんて間違っているんだよォ!肉と言えば牛!牛と言えばステーキ!だから、このウシ重人様が一度食べたら病みつきになる血の滴る特製ステーキを用意したよォ~!モォ~モッモッモ!お値段一枚五万円から、枚数制限はないからねぇ!それとこっちはシャトーブリアンのステーキだよォ!お値段は一枚十万円…!けど、クレジットカードと電子マネーも対応してるからねぇ、心配ご無用ォ!」
「な、なんて
「うむ、その意気じゃ!……しかし、どこで変身するか、そこは人目があり過ぎるのう」
「…そ、そうだった。変身解けたら全裸になっちゃうし、こんな所でストリーキングするわけには……あ!そうだ、ブティックのおばちゃん、試着室借りるよっ!」
丈太はそう言って、ちょうど向かいにあったブティック春江の店内へ駆け込んだ。トラ縞柄の女性服ばかり売っていて、いつ見ても客のいない洋品店だが、この時ばかりは助かる状況だ。ちなみに店主のおばちゃんも、ステーキ肉争奪戦に参加しているようなので、店内には誰もいなかった。
「いくぞ……バーニングアップ!変身っ!」
『体脂肪貯蔵率100%……FATエネルギー、フルチャージ』
試着室に入るや否や、丈太は昨日教えられたポーズを取りながら叫びを上げた。合わせて流れるAI音声と共に試着室が赤い光に包まれる。その直後、目にも留まらぬ速さで赤い影が試着室から飛び出していく。その頃、ウシ重人は減っていく肉の在庫にご満悦の様子で、群がる主婦だけでは飽き足らず近くにいた少年にまで声を掛け始めていた。
「モォ~モッモッモ!どんどん売れるねぇ!…おやおや、小さいボク、君はステーキが好きそうな顔をしているねぇ。せっかくだから食べてごらん、ほっぺが落ちちゃうよォ!美味しいからママにたくさん買ってとお願いするんだよォ?」
「…えっ、いいの?わーい、頂きます。パクッ、モグモグ……ペッ!うわぁ~ん、ママァ!このお肉脂身しかなくて美味しくないよぉ~!あと塩コショウ振り過ぎてしょっぱいよぉ~!!」
「な、なんだこのガキ…!?贅沢な!子供はみんな脂身大好きだろォ!?許さんっ、肉の味も解らんようなお前こそ、ステーキにしてやる!」
「待てぇいっ!」
「ハッ!?だ、誰だ!?」
つい先日見たような少年の危機に、ブティックの二階から声が響く。キョロキョロと辺りを見回したウシ重人がそれに気付くと、炎のように赤い影がウシ重人を見下ろしていた。
「俺の力は正義の炎!脂肪と糖が明日への活力!燃やせ、命動かす無限のカロリー!俺は炎のダイエット
「ふ、ファイアカロリーだとっ!?変な格好しおってからに!」
「うっさい、トォッ!」
威勢のいい声と共に、ブティックの窓から飛び降りた赤い影ことファイアカロリーは、無駄に空中で前転しながら美しい着地をしてみせた。ちょっとした曲芸だが、普段はこんなに身軽でない丈太にとって、この無駄な動きが楽しいらしい。かなりテンションが上がっているようだ。
「なんなんだお前は…!?ファイアカロリーだか何だか知らんが、普段から安い惣菜のコロッケばっかり買って全然店の売り上げに貢献しない主婦共に、このウシ重人様が高級ステーキの良さを啓蒙してやろうとしているのだ!コスプレで遊ぶならあっちへいけ!」
「こっ、コスプレじゃないが!?それよりも見ていたぞ!いたいけな子供を脅し、法外な値段のステーキを売りさばく悪の重人め!…いいか!高いお肉で胃もたれする人もいれば、家族で安いコロッケを食べる人もいる!それが食の多様性だ!それを否定する権利はお前にはない!お前の所業を例えあの燦々と燃えて輝く太陽が許しても、俺の正義の炎が許さん!覚悟しろ!」
(丈太君……いや、ファイアカロリーよ、やる気に満ちておるな!)
博士の見立て通り、昨日に比べてファイアカロリーがノリノリに見えるのは間違いではない。彼は昨日、マグロ重人に名乗りを引かれた事が地味にショックだったようで、一晩かけて台詞を考えていたのだ。そうして、深夜にお菓子を食べながらそのまま寝落ちしてしまっていたのである。
こうして、ガチで太るムーヴをしてカロリーを蓄えたファイアカロリーと、ウシ重人の戦いの火蓋が今ここに切って落とされたのであった。
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