第6話 怒れる男
「こんのクソデブが!上曾根が優しくしてやりゃ、付け上がりやがってよぉっ!」
「うっ!ぐぇっ!」
丈太が連れて来られたのは、いつもの体育館裏にある藪の中である。同じクラスの鮫島は、朝の丈太とこよりのやり取りをしっかり見ていたようだ。丈太が彼女に優しく話しかけられていた事に加えて、丈太がそれを喜ぶどころか、少し引いていたのが気に入らないらしい。鮫島から話を聞いた不良グループの他の二人も同様で、これでもかというほど、激しく丈太を殴りつけていた。
「おい、午後の授業もあるんだ。バレたら困るから
「……っていうか、いい加減、トドメ差しちゃった方が良くない?そいつの顔見るの、鬱陶しいんだケド」
暴行に加わらず冷静にそう言っているのは、不良達のリーダーである
こう見えて、この二人は不良達の中にいても成績優秀で、対外的な印象は
「トドメだぁ?殺せってのか!?」
「バカじゃね?サメ。殺人なんかしたら流石に隠せないじゃん。そうじゃなくて、問答無用で学校辞めなきゃいけなくさせろって言ってんの。ちょうど、あそこに鬱陶しいのがもう一人いるし、ちょうどいいっしょ」
そう言ってエミが薄笑いを浮かべて指差したのは、今まさに少し離れた体育倉庫の入口前に座ろうとしている女子生徒の姿だった。遠巻きなのでよく解らないが、ボサボサの長髪に隠れて眼鏡のようなものが見える。それでいて、猫背で座っているのに頭の位置が高く見えるので、かなり体格が良さそうだ。
「お、あれ一年の根暗ブスじゃん。……え?まさかマジでヤらせるのか?」
そう言ったのは、鮫島と一緒に丈太を殴っていた不良の一人、男子生徒の
(な、なんだ…?)
暴行が一旦止んで倒れ込んでいる丈太には、彼らが何を言っているのかよく解らなかった。ただ、途轍もなく嫌な予感がする。そんな丈太を三人に引き起こさせると、エミは表情を歪ませて、丈太の隣に立って笑った。
「炎上野郎、アンタにイイ思いさせてあげる。……あそこに座ってるブス、犯してきなよ。そうしたら、もう二度とイジメないであげるから。どうせアンタ童貞でしょ?女の子とヤレるチャンスなんか他にないんだからさ、ヤっちゃいなよ」
「なっ…?!なん、だって…?」
あまりにも悪意に満ちた持ち掛けをされ、丈太は思わず言葉を失った。そんな丈太を誘惑するように、エミは更に言葉を続ける。
「何驚いてんの?ヤリ得じゃん。あんなのでも穴はついてんだから、ヤッたらそこそこ気持ちいよ?気持ちくなれて、もうイジメられなくなるってんだからさ、何もデメリットないじゃん。あの子は知り合いでも何でもないんでしょ?だったら、ヤらない選択肢なんてないっしょ」
「じょっ、冗談じゃない!そんなこと、出来る訳ないじゃないか!?」
いくら自分が助かる為と言っても、見ず知らずの女子…しかも妹と同い年の下級生を襲うなど到底許せることではない。そんな事をするくらいなら、死んだ方がマシである。既に一回死んでいる分、丈太は少し自分の命が軽くなっていた。
流石に暴れて抵抗する丈太だったが、三人がかりで抑えられていては手も足も出ない。しかし、どう考えても、あの少女に危害を加えることなど出来るはずもないのだ、彼らの要求に従う事など絶対にしたくなかった。
(どうする…?こうなったら、変身して……!)
そこまで考えて、丈太はハッと息を呑んだ。仮に変身して戦えば、間違いなく彼らを殺してしまうだろう。マグロ重人との戦いは冗談のようなものでしかなかったが、あの時感じた自分の力は、人間のそれを大きく上回っていたはずだ。人を守る為であっても、人を殺す覚悟などない丈太には、やはりそんな事は出来そうにない。
だが、このまま見過ごすわけにもいかない話だ。どうすればいいのか、丈太は必死に考えながら、何とかしてこの場を逃げようともがいている。
「ってか、何イイ子ちゃんぶってんの?ムカつくんだけど。アンタは大人しくアタシらの言う事を聞いて、猿みたいに腰振ってくりゃいいんだよ!どうせあんな奴、襲われたって誰にも言い出せやしないんだから、余計な事気にしないでヤればいいのに、使えないデブ!」
「お、俺はどうなってもいい…けど、無関係な子を巻き込むのは止めてくれ!あの子が何をしたって言うんだ?!」
「うるせぇ!アイツに気付かれるだろ、大声出すんじゃねーよ!クソデブっ!」
丈太が叫ぶと、すかさず鮫島がその顔を殴りつけて丈太の言葉を遮ろうとする。しかし、ここで暴力に屈すれば全てが終わりだ。丈太は殴られてもキッと睨みつけて、抵抗の意志を示してみせた。
「ぐぅ…!た、例え何をされたって、他人を傷つけるなんて俺には出来ない!」
「こ、この野郎…っ!調子に乗ってんじゃ……ぎゃぁっ!!?」
いつもなら逆らおうとなどしない丈太が反意を見せたことに、まず怒りを露わにしたのは鮫島であった。それまでのように手加減をせず、丈太を殴りつけようと拳を振り上げたその時、突如、丈太の腕に巻かれていたスマートウォッチから電撃が流れて鮫島の身体を襲った。
「サメ!?」
――まったく、イマドキの若い者はあくどいのう。……やって良い事と悪い事の区別もつかんようじゃな。
「その声…博士!?」
「だ、誰だっ!?テメェ、誰かと通話してやがったのか!マズいな…聞かれたか?!」
「ちっ…!おい、ずらかるぞ。……炎上野郎、このままただで済むと思うなよ?」
離れて様子を見ていた大翔はすぐに立ち上がり、全員に指示を出して足早に去っていった。表向き優等生である彼には、醜聞が外に漏れることほど厄介な事はないらしい。電流で痺れている鮫島を除き、エミや他の二人も慌ててその場から逃げていく。丈太はホッと胸を撫で下ろして、去っていく彼らの後ろ姿を見つめていた。
「博士、危ない所をありがとう。まさか、アイツらあんなことを言い出すなんて……」
「なぁに、気にすることはない。それより、こっちこそ黙っていてすまんかったのう。……実は朝から黙って君の事をモニターさせてもらっていたんじゃよ、君はずいぶん、追い詰められた生活をしているようじゃったからな」
「博士……」
身近な大人に、イジメられている事など言い出せずにいた丈太は、栄博士が自分の事を心配してくれていた事に感謝こそすれ咎める気にはなれなかった。彼にとっては初めて、親身になってくれる大人だったのだ。そんなことよりも気にするべきなのは、標的にされていたあの下級生の方だろう。丈太達の諍いの声が聞こえていたのか、いつの間にかあの下級生はいなくなっていた。
「あの子、狙われているんだろうか。どうして…」
「丈太君、イジメをやる連中というのはな、些細なきっかけで始めるものなんじゃ。それには、対処のしようがあるものとないものもある。自分に非があるなどと気に病んではいかんぞ」
「ああ、解ってるよ、博士」
丈太はまさに、その謂れのないイジメを今現実に受けている人間の一人だ。博士の言いたい事はよく理解している。それでも、何かしらの原因が解れば、抵抗する糸口は見えるはずだ。丈太は自分の事はさておいて、あの下級生の少女が狙われないように警戒しようと考えるのだった。
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