第36話 愕然!親子の本音
各自風呂と夕食を終え、いよいよ、豪一郎と百葉からの恐るべき尋問会が間近に迫っていた。
ちなみに炎堂家では、揃って食事をすることがほとんどない。丈太を除く全員がアスリートであるせいか、食事は各々好きなように摂るのが常である。例えば妹の蓮華は、朝食を野菜と果物にヨーグルトなどを混ぜたスムージーで済ませ、夕食はプロテインと茹で野菜が中心というボディービルダー染みた食生活であるし、反対に剛毅は身体をある程度大きくする為にスタミナ食がメインの外食で済ませる事が専らだ。
豪一郎や百葉も同じタイプだが、豪一郎の場合は門下生と食事に行く事がほとんどで、百葉はそもそもほぼ家に居ない。その為、この家の台所はほぼ丈太専用である。
「うん、料理の腕は上がったみたいだね。これだけ美味しけりゃ大したもんだよ」
「あ、ありがとう……?」
そんな彼らは何故か今日に限っては、全員揃って食卓に着いていた。豪一郎と百葉だけでなく、いつもならば部活の練習で、この時間は家に居ないはずの剛毅と蓮華もいて、丈太の作った料理を食べたのだ。丈太の心は、巷で人気の青いハチワレ猫のように、なんで?で一杯である。
もちろんマズいと言われるよりは褒められた方が気分はいいが、そんな気分の良さなど、これまでの人生で数えるほどしかない、全員揃った食卓を今日に限って経験する不気味さで吹き飛んでしまっていた。丈太はこの後何が起こるのか、嫌な予感がして仕方がないようだ。
「それで?話す気になったか?」
豪一郎が腕を組みながら、目を伏せて呟いた。あの恐ろしい視線を向けられないだけマシだが、それでも言葉の端々からは絶対に話をさせようという意志が感じられるようだ。丈太は少し言い淀みながら、話を逸らした。
「あ、あー……それはそうと、き、今日はどうして蓮華と剛毅もいるんだ?」
「何よ、私が家に居ちゃいけないの?そうよね、剛毅と違って、私は隠し事に協力なんかしないものね」
「いや、別にそういうツモリじゃ……」
蓮華は少し拗ねたような、しかし、いつもより冷たい態度で丈太に嫌味を言い放つ。確かに、あの時剛毅にだけ、豪一郎に黙っていてくれと頼んだのは事実だが、それは蓮華が会話すらしてくれない様子だったからである。とはいえ、それを告げれば、更に蓮華の態度が硬化しそうなのでそこは黙っておくことにした。
「まあまあ、蓮華も落ち着きな。男ってのはね、女に対して隠し事をしたくなる生き物なんだよ。父さんだってそうさ」
「勝手に俺を引き合いに出すな…!俺はお前に隠し事などしていない」
何やら流れ弾で豪一郎にとばっちりがいったようだが、本当の所はどうだか解らない。丈太から見て夫婦仲は良い方だと思うが、二人の力関係は謎だ。
はは…と力無く愛想笑いをしていると、百葉はニッコリと笑って話を続けた。この笑顔、豪一郎とはまた違った恐怖を感じる凄味がある。
「で、丈太は何を隠してるんだい?まさかとは思うけど……どこかの娘さんに手を出した、なんて話じゃないだろうね?」
「そ、そんなことする訳ないだろっ!?ちょっと命懸けで戦わなきゃいけない相手が出来ただけで……はっ!?」
遂にとんでもない誤解が出てきて、丈太は全力で否定する。否定ついでに余計なことまで喋ってしまったようだ。
「命懸けで戦わなきゃいけないってのが、ちょっと、ねぇ……こりゃあ、きちんを話を聞かせてもらわないといけないね。アンタ、何も知らなかったのかい?」
「……俺も初耳だ。炎堂家の人間は、常に戦いの中に身を置くのが
しまった――と思った時にはもう遅い。覆水盆に返らずとはよく言ったものである。いよいよ進退窮まった丈太は、百葉と豪一郎だけでなく、剛毅と蓮華からも圧をかけられて渋々全てを話す事になってしまったのだった。
それは、大翔を始めとする不良グループによる丈太へのいじめから始まり、それが元で希死念慮に憑りつかれていた事。その精神状態からか栄博士の孫である陽菜を、文字通り身を挺して救い命を落としたこと……そうしてファイアカロリーとなり、重人達と戦うことになった顛末まで全てを洗いざらい吐かされた。特に気が重かったのは、やはりいじめられていた事を告白することである。
はっきり言って、それは炎堂家の汚点だ。炎堂家に生まれた者は、強くなくてはならない。武術ではなくダンスの道を選んでいる蓮華であっても、幼少期には炎堂流の基礎を教え込まれていて、今でもそこらの同世代男子には負けない腕っぷしがある。そうでなくては、炎堂流の価値を損なうことになってしまうからだ。戦い方のたの字も知らぬような相手に負けることは、一族が連綿と受け継ぎ、育ててきた炎堂流に泥を塗る事になる。そんな事は絶対に許されない、それは丈太の心の中でも解っていることだった。
だからこそ、運動がからっきしで、戦いはおろかスポーツとして身体を動かすことさえ不得意な丈太は、家族から蔑まれ疎まれているのだと思っていた。自分が話したいじめられていたという事実は、その弱さを打ち明けることである。これでますます、家の中に居場所がなくなることだろう。
丈太が話を終えると、全員の表情が曇り切っていた。ずっと黙っていた剛毅は、イライラを抑えきれず貧乏揺すりが止まらないようだし、百葉と豪一郎は見た事がないほどの青筋を立てて怒りに震えている。蓮華だけは表情が変わっていないが、纏う空気が非常に冷たく、猛烈な勢いで一心不乱にスマホを操作していた。
(ああ、言っちゃったよ。ヤバイな。あいつら全員倒すまで家に帰って来るなとか言われたらどうしようか……いや、それでもいい。それでもいいから、これ以上、見放されるのだけは嫌だ…!)
「おい、丈太…!」
「ハ、はい!」
いきなり豪一郎に名を呼ばれ、丈太は思わず上擦った声が出てしまった。死刑宣告を受ける囚人の気持ちはこんなだろうかと現実逃避しかけていると、豪一郎は椅子を吹っ飛ばすような勢いで立ち上がり、丈太の肩を掴んだ。
「身体は大丈夫なのか!?」
「へっ?あ、ああ…身体は別に、大丈夫だよ。怪我しても割とすぐ治っちゃうようになったんだ。元々頑丈だったしね」
「そうか。しかし、大怪我は何度もしているんだろう?」
「いやまぁ、多少は……っていうか、怒られるかと思ってたよ。いじめられるなんて、炎堂家の恥だって」
丈太が大きな体を丸めて呟くと、他の家族は皆一様に、ポカンとした顔で丈太を見つめていた。家族のそんな表情を初めて見た丈太は、化け物でも見たかのように一歩引いて驚いている。
「えっ、何その反応?怖いんだけど…」
「どこの世界にいじめられている子供を責める親がいる?……お前はそんな事を気にして黙っていたのか?」
「いや、だって…皆、その……」
冷たい目で見られていたから、とは流石に言い出しにくく、丈太は言葉に詰まってしまった。そんな丈太の表情から察したのか、今度は百葉が立ち上がって丈太を優しく抱きしめる。思えば、母に抱き締められたのはいつ以来だろう?年子で双子の剛毅と蓮華が生まれた事もあってか、丈太はこういった愛情表現を受けた覚えがない。それだけ父と母に余裕がなかったのと、丈太は元々素直で我儘を言う事もなかったので、自分から
「……すまなかったね、丈太。私も
「うそだろ…?そんな」
状況を飲み込めずに困惑する丈太に向かって、今度はそれまで黙っていた剛毅が声を上げた。むすっとした顔は何か不満そうだが、怒っている訳でもなさそうだ。
「言っておくが、俺も蓮華も、兄貴の事を嫌った事など一度もないからな。むしろ、俺達は兄貴を守りたくて強くなろうとしてきたんだ」
「ええっ!?」
「なんでそんなに驚くの?いっつもお兄ちゃんは私を見てオドオドしてたけど、そんな風に思われてたんだ。……ショック過ぎるんですけど」
「ご、ごめん…!」
スマホを弄っていた蓮華が文句を言うと、丈太は平謝りで頭を下げた。まさか今まで自分が思っていたのと真逆の思いを家族が秘めていたとは想定外にも程がある話だ。しかし、よくよく考えてみれば、お互いに腹を割って話した事などなかったので、当然かも知れない。家族だから、勝手に解ったつもりでいたことが、悪い方向に流れてしまったという事だろう。
「…まぁいいけど。とりあえず、そのいじめやった奴らの名前と住所と連絡先教えて。拡散して社会的に殺すから」
「ん?」
「じゃあ、俺はお礼参りに行くとしよう。なに、ちょっと痛めつけるくらいならいくらでも揉み消せるさ。次の大会に向けてちょうどいいサンドバッグになるだろう」
「いやいやいやいやいや!ちょっと待って!?二人共、何言ってんの?!」
「そうだぞ、お前達が復讐などで手を汚す必要はない。俺と百葉がいれば一瞬で片がつく」
「だねぇ。私が伊達にメスゴジラなんて呼ばれてないってことを教えてやるいい機会だね!」
「ちょっと待ってぇー!?違う意味で怖いよ、うちの家族!皆こんなんだったの!?落ち着いてくれよ、そういうの別にいいからぁ!」
今まで知らなかった家族の暖かさと闇を知り、丈太は全身全霊で制止する羽目に陥った。この一家にとっては、丈太が変身ヒーローになってしまった事など、些末な事であるようだ。今まで知らなかった家族の一面を知り、丈太は別の意味で頭を抱える事になるのだった。
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