第35話 特訓!パワーアップへの道程

「と、父さん。俺も稽古に参加して、いいかな?」


「……何?」


 門下生達の怒鳴るような叫びが響く道場で、父である豪一郎に、丈太は声をかけた。随分と恐々とした問いかけなのは、親子関係が上手くいっていない証拠と言えるかも知れない。それは既に、父の機嫌を損ねているからでもあるのだが。


 あの強敵、ザギンカリーとの戦いの後、戻らない丈太を心配して栄博士が助けに来てくれたのだが、結局、その日は家に帰ることが出来なかった。


 変身後の痩せた身体を家族に見せる訳にはいかなかったし、何より、ザギンカリーの猛撃によって丈太は肋骨の半分以上が折れ砕けていたのだ。いくら、丈太が人間を超えた再生回復能力を持っているとしても、とても数時間で治る怪我ではなかった。あの日は友人の家に泊まるからと頼み込み、栄博士の研究室に泊まる羽目になったのだった。


「稽古がしたいと言うのは構わんが、一体、どういう風の吹き回しだ?つい先日も、急に友人の家に泊まらせてくれとワガママを抜かしたばかりだろう。何を隠している?」


 豪一郎の射抜くような鋭い眼光が丈太に向けられ、彼は思わず後ずさった。正直に話したい所ではあるが、まさか自分が変身ヒーローになって重人という怪物と命懸けで戦っているなどと言って大丈夫なものだろうか?はっきり言って、自分が親の立場なら丈太の頭を心配するだろう。それほど突拍子もない事をしているのである。


 (ど、どうしよ……言っても理解してもらえそうにないんだけど……かと言って、今のままじゃあのザギンカリーって奴には勝てそうもないし…)


 丈太にも理由は解らないが、どういう訳かザギンカリーは丈太にトドメを刺さず、どこかへと消えてしまった。しかし、あれで終わりという訳ではないはずだ。いずれ再び、あの男は丈太の前に立つだろう。その時、今のままでは確実にやられる……丈太はそう確信していた。だからこそ、少しでも豪一郎に師事し、実力を高めておきたかったのである。

 

「大体、最近のお前はおかしいことだらけだ。お前は生まれつき運動が致命的にダメだったというのに、何故急にあれほどの動きが出来るようになったのだ?まるで別人のようではないか。……丁度いい機会だ、この際、全てきっちり話してもらうぞ」


(あ、これ全部話さないとダメなヤツだわ…目がマジだもん。恐っ)


 豪一郎は、今の丈太と何者かが入れ替わっていると疑っているような、険しい目つきになっていた。とはいえ、親であれば至極当然の反応だろう。それまでずっとダメだった子供が、ある日を境に変わったら……それを喜ぶ反面、心配にもなるはずだ。ただ、丈太の中の家族は、彼を心配するようなタイプの人達ではない。出来ない自分を冷たく見据え、黙って去っていく…それが、丈太にとっての家族であった。


 その時、ドシドシと音を立てて、何者かが歩いて来る音がした。それまで声を張り上げて稽古を続けていた門下生達はその足音が聞こえた瞬間、ピタリと動きを止めて道場の扉をじっと見つめている。それは、丈太や豪一郎も同じだ。丈太に至っては冷や汗を通り越して顔を真っ青にし、カチカチと奥歯を震わせている。その足音が近づくにつれて、徐々にプレッシャーが強くなり、やがてそれが最高潮に達した瞬間、道場の大きな扉がガラッと勢いよく開いた。


「ただいまー!皆、元気にしてたかい?」


「押忍ッ!!お疲れ様です、お母様マザーッッ!」


 それは遠征に出ていた丈太達の母であり、女子格闘技界最強の現役格闘家……『子持ちメスゴジラ』の異名を持つ炎堂百葉えんどうももはその人である。彼女は門下生達から『お母様マザー』と呼ばれており(自分からそう呼ばせているのだが)、彼女自身、門下生達を実の我が子のように大事に思っているようだ。礼をする一人一人の顔を満足そうに眺めた後、ゆっくりと進んで、丈太と豪一郎の元にやってきた。


「アンタ……」


「百葉……」


 ごくり、と誰かが息を呑む音がしたその瞬間、お互いの顔の横で何かが爆発したように空気が弾けた。二人共に、とんでもない速さで拳を繰り出し、互いの顔面を殴ろうとしたのである。同時に二人共それを防ぎ、その衝撃で空気が弾けたという訳だ。それを目の当たりにした門下生達の中から、「おお…!」という静かな歓声が上がる。この夫婦は、いつもこうである。出会い頭にお互いの顔面を殴ろうとするのは、武道家と格闘家という間柄故か、互いの力が弱っていないかを確かめる為であるらしい。これが、この夫婦の愛情表現なのだ。


「あ、あわわ…ああ……!」


 そして、一番その被害に遭って来たのは、他でもない丈太であった。何しろ丈太が生まれて間もない頃から、二人が期間を空けて再会すると殴り合いが始まるのだ。正常な感覚を持つ子供なら、それがどれだけ恐ろしく、異常な事なのかを感じるものだろう。それでもなくとも、運動が苦手だった丈太はその感覚についていけないのだから仕方ない。このやり取りに違和感を持っていないのは、その脳筋気質を完璧に受け継いでいる剛毅と蓮華だけである。


「おや?丈太じゃないか。珍しいね、お前が道場にいるなんて。一ヵ月振りに会ってみれば、少しは何か変わったのかい?」


「お…おかえり、母さん。別に、そんなことは……ないんだけど」


 嘘である。つい今しがた、丈太の心境の変化、並びに苦手だった運動が出来るようになった変化を問い詰められたばかりなのだ。しかし、丈太は母のプレッシャーに圧され、咄嗟に嘘を吐いてしまったのだった。

 

「ちょうどいい、百葉も交えて聞かせてもらうとしよう。言っておくが、俺達父と母を前にして嘘や隠し事が出来るとは思わんことだ。……百葉、疲れているだろう?ゆっくり休んでくれ。その後で、丈太について話がある。大事なことだ」


「へぇ……アンタがそこまで言うからには、確かに大変な事みたいだね。解ったよ、まずは風呂に入ってからだね。丈太、?」


「アッ、ハイ……」


 まさに蛇に睨まれた蛙…いや、蛇に捕まって飲まれる寸前の蛙のようだ。この二人が揃った時、間違いなく丈太は太刀打ちなど出来ないことを知っている。今までに戦ったどの重人よりも恐ろしいと、丈太は観念して天を仰ぐのであった。

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