第38話 習得!新たなる力!
「熱に強い?それって、なんか役に立つの?」
極意と言う割には、いまいち強さを感じられない能力だ。丈太はその力が何の役に立つのか解らないようである。そんな丈太の問いに、豪一郎は頷きながら答えた。
「お前の疑問はもっともだ。俺自身、先代…親父から話を聞いた時は同じように思ったからな。……だがそもそも、熱というものは、大きな力を発揮する際に必ず重要になってくるものだ。それは解るな?」
「それはまあ、うん」
「普通の人間は、体温の上昇にせいぜい三度程度しか耐えられん。四~五度も上がれば、ほぼ身動きは取れんだろうし、それ以上ともなれば内臓が耐えられずあの世行きだ。だが」
豪一郎は右手の人差し指を立て、どこか誇らしげに言葉を続けた。説明するのがそんなに楽しいのだろうか。
「炎堂家の人間はな、その上限が人より高いのさ。普通の人間よりも高い体温に耐えられる分、より長い時間身体を動かし続けられるし、また大きな力を生み出すことが出来る。…自分の意志の力でな。それが極意だ。」
「そ、そんな事が出来るのか…!?」
それは正に炎と熱を力とするファイアカロリーの力にぴったりなものだ。確かに豪一郎が呟いた通り、不思議な縁を感じさせるものがある。そんな丈太の反応に気をよくしたのか、豪一郎はまたニヤリと笑って頷いていた。どうも昨夜の話し合い以降、豪一郎の機嫌がいい気がする。丈太が物心ついてから、こんなにもにこやかに笑う父の姿を見た覚えがない。それは昨晩、母の百葉が言っていた「丈太にどう接していいのか解らなかった」という事に起因しているのだろう。出来る人間には出来ない人間の気持ちが解らない…というのが世の常だが、そのせいで関係が上手く築けないのは、どちらの側からしてもそうなのかもしれない。
「出来る。我らが炎堂の名は、古くは炎の胴……即ち、
「じゃあ、さっきから俺の攻撃が通じないのは……」
「それはお前が未熟だから、簡単に捌けただけだ」
「あっ、そう……」
身も蓋もない結論を叩きつけられ、ファイアカロリーはすっかり肩を落としてしまった。しかし、父の目から見て未熟だというのなら、これからまだ伸びしろがあるという証明になるだろう。せめて前向きに考えようと、気を取り直して話の続きをすることにした。
「その極意って言うのは、どうすればいいのさ?そもそも、自分の意志で体温を上げるなんて、やった事ないんだけど」
「体温を上げる方法は簡単だ。体内でアドレナリンが放出されれば、人は興奮状態になって体温の上昇が引き起こされる。その感覚を自分で掴むのが極意なのだからな」
「そんな無茶な!?そんな事、出来るわけないじゃないか!」
「安心しろ、その為の素養は既にお前の中にある。……これを飲め」
そう言って、豪一郎が差し出したのは瓢箪のような徳利と御猪口である。実は初めから視界に入っていて、何故道場にそんなものを持ち込んだのかと疑問に思っていた所だ。ファイアカロリーが差し出されたそれに恐る恐る顔を近づけてみれば、何ともキツイ匂いがする。よくよく思い返してみれば、それは正月に必ず盃に一杯飲まされるお屠蘇のようだった。
「これって……お
「これはな、我が家に伝わる特製の屠蘇だ。世間一般に広まっている屠蘇とは違って、アルコールは入っていない。だが、これを年に一回、十八歳になるまで飲み続ける事で、己の中に流れる血の流れを感知し、また神経を研ぎ澄ませてアドレナリンの流れすらコントロールできるようになる。……はっきり言ってほぼ毒に等しい、劇薬だ」
「そんなんだったの!?俺、毎年正月に毒を飲まされてたのか……」
「そう気にするな。年に一度、盃に一杯だけならこれはなんら身体に悪影響を及ぼさん。その様にできているからな。それに、うちは代々皆そうやってきたんだぞ」
いくら家族全員がそうであったとしても、わざわざ毒を飲まされていたことに変わりはないだろうと思ったが、敢えて言わずに飲み込んだ。『余所は余所、うちはうち』という言葉をこんなに物騒な形で実感したことはない。丈太は変身を解き、改めてお猪口を口元まで近づけた。
「なんでだろ……毎年飲んでたはずなのに、毒だって聞いてから物凄く飲みたくないんだけど…」
「毒ではない、ほぼ毒のようなもの、だ」
「それを毒って言うんだよ!?違法薬物売る人みたいなこと言わないでくれよ!……ふと思ったんだけど、俺今年の頭にこれを飲んでから、まだ一年経ってないよね?大丈夫なの?」
丈太が疑問を投げかけると、豪一郎は解りやすく目を逸らし、何も答えようとしなかった。よく見ると額には汗が滲んでいて、猛烈に嫌な予感がする。
「ちょっと!父さん、大丈夫なんだよね?!」
「……ああ、大丈夫だぞ」
「じゃあなんでこっち見ないんだよ…!?おかしいだろ、その反応!絶対ヤバイヤツじゃん!」
「大丈夫だって言ってるだろう、心配するな。俺も若い頃にうっかり二杯飲んだことがあるが、三日ほど入院しただけで済んだからな」
「全っ然大丈夫じゃないし!?」
聞けば聞くほど不安になる豪一郎の大丈夫……そのやり取りを五回ほど繰り返した後、丈太はようやく覚悟を決めて
「よ、よし……飲むぞ。飲んでやる…!考えてみれば、今のままじゃザギンカリーにやられてお終いなんだ。なら、やれることやってから死んでやる!」
「死ぬ前提にするな…!毒じゃないんだ、ほぼ毒だぞ」
「もういいよ、そのくだり!?……よし!えいっ!んぐ、んぐ……っ!?」
屠蘇が喉を通り胃に落ちた瞬間、丈太の身体全体に雷が落ちたような衝撃が走った。しかも胃の中だけでなく、口の中や食道まで、屠蘇が触れて通った場所が焼け付くように熱い。その熱はやがて全身へと回り、血液が燃え滾るような熱量に変わっていくのが解る。これまで毎年飲んできた屠蘇のはずが、まるで別物のように身体を侵食し、暴れ回っているようだった。
「う、うあああああああっ!あ、熱い!身体が…身体が焼けるみたいに…っ!?熱い、ああああっ!」
「堪えろ、丈太!気をしっかりもて!」
今の丈太の耳には、そんな豪一郎の声すらも届いていない。ぐらぐらと血の湧き立つ音が身体の中から聞こえていて、かき消されてしまっているようだ。それでいて、頭の芯は冷えているような、不思議な感覚が丈太を支配している。その後一昼夜、丈太の絶叫が道場から途絶える事はなかったという。
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