第39話 壮絶!南国からの刺客


 「欧田!貴様、どういうツモリだ!?」


 広々とした通路を歩く欧田華麗おうたかれい…ザギンカリーを呼び止めたのは、飯場小麦その人である。ここは、甘味飽食が所有するビルのフロアであり、いつも彼女達が飽食に謁見する部屋へと続く通路だ。綺麗に清掃され、磨き上げられた床や壁は非常に無機質で、冷たい印象を感じさせる。だが、そこを行く二人は非常に熱量の高い様子だ。

 時間はザギンカリーがファイアカロリーと戦い、引き分けてから二日目のことである。

 

「どう、とは?小麦よ、何度も言っているが質問はもっと明瞭にしろ。何が聞きたいのかわからん」


「明瞭もクソももあるか!貴様、あのファイアカロリーと戦ったのだろう?何故トドメを刺さなかったのだ!?調査員からの報告では、あの夜、現場からファイアカロリーと思しき人物の身柄を運び出す老人の姿が確認されているのだぞ!説明しろ!」


「それについては説明したはずだ。俺は確かにファイアカロリーに手傷を負わせたが、思わぬ反撃を受けて痛み分けに終わった、とな。安心しろ、ちょうど手頃な重人も出来上がったのでな、そいつをぶつければ必ず勝てるさ。飽食様からも許可は得ている、黙って見ていろ」


「む、むぅ……それは…!」


 飽食の許可が下りていると聞かされれば、もはや小麦にそれ以上何かを言う事はできない。押し黙ってしまった小麦を眺めながら、欧田は胸の中で呟いた。


 (だが、ファイアカロリー……奴は使えるかもしれん。もう少し泳がせる必要があるな。の為にも)


 そんな欧田の腹積もりなど知る由もなく、小麦は不満そうに口をとがらせている。やや小柄で童顔な彼女は、そうした様も見ようによっては可愛げがあるのだが、その子供染みた態度が、欧田は嫌いだった。


「……それで、どんな重人を使うのだ?」


、とてもな。ファイアカロリーのパワーはよく解った、奴ならば勝てるはずだ」


「硬い?それは、つまり……」


「ちょうどうちの店でもをやっていてな、偶然だが、それに合った重人になるだろう。楽しみにしておけ」


 欧田はニヤリと不敵な笑みを浮かべている。小麦は昔から欧田のその笑い方が苦手で、ゾッと鳥肌を立てて身震いしていた。二人の仲が悪いのはちょっとした反りの合わなさもあるようだ。こうして、新たな敵が丈太の元へ送り込まれようとしているのだった。



 

 



 一方、丈太が豪一郎から、屠蘇ほぼ毒のようなものを飲まされた翌朝。時間にして16時間近くもの間、道場で苦しみ続けていた丈太は、まさに憑き物が落ちたかのように目を覚まし、そこから一心不乱に自室で食事を貪っていた。何せ昨日は道場で一度変身をして、蓄えていた体脂肪を消費したままだったのだ。戦っていないのでFATエネルギーは使っていないが、変身するだけで体脂肪はFATエネルギーに変換されてしまうので、そのままの状態でいるのは身体にとってもかなりの負担である。


「凄い……」


「え?……ああ、これくらいは普通だよ。父さんも母さんも、剛毅だってこの位は食べるだろう?」


 目を覚ました丈太の看病をしてくれていたのは蓮華であった。母の百葉は、丈太に無茶をさせたと豪一郎に怒りをぶつけ、丈太を自室のベッドへ移動させてから、ずっと豪一郎にお説教中である。身体能力はさておき、滅多に家に居ない百葉でも、家庭内の権力は圧倒的に上なのは何とも面白い傾向であった。


 人の看病などした事がないという蓮華は、加減が解らなかったので鍋一杯にお粥を作ったのだが、それを丈太は一気に平らげてみせた所である。だが、丈太の言う通りこの程度の量ならば、運動する人間ならば問題なく食べられる量だ。普通はお粥だけだと飽きるものだが、丈太は飢餓状態にあったので、飽きることなど考えもしていなかった。

 

「ううん、食事の量じゃなくてさ。私、お兄ちゃんがこんなに痩せてるの、初めて見たから」


「あ、そっちか……そうなんだよ、ファイアカロリーに変身するとね、いつもこうなんだ。まぁ、食事をして何時間がすれば元の体型に戻れるけど」


 まるで太っている方がいいと言いたそうな丈太だが、彼自身、痩せた自分の姿というのはあまり感覚が慣れないものらしい。世のダイエットに悩む全ての人々が聞けば、猛抗議を喰らう発言だろう。そう考えれば、元々栄博士が開発したという生体ナノマシンが、ダイエットサポートシステムだったというのは理解しやすい話だ。この技術が民間レベルで活用されれば、この世から多くの成人病や体型に悩む人々がいなくなるかもしれない。ただしそれは、現在そう言った人達に対応するサービスを提供している職業の人達からすれば、死活問題になるだろう。ヨネ軍がこの技術を管理し、民間へ降ろさせなかったのも、やむを得ない判断であったと言えるだろう。


「蓮華は俺が太ってるより、痩せてる方がいいのかもしれないけどね」


「私は別に、どっちだっていいよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんだし……って、何言わせるのよ!?バカ兄ッ!」


「ちょっ!?照れ隠しでも物投げないで!お粥が布団に付くと洗濯が……わぶっ!?」


 よほど恥ずかしかったのだろう。蓮華は顔を真っ赤にして、熱々に熱せられたお粥を丈太に投げつけて部屋を飛び出していった。ああいう解り易い態度を取ってくれるなら可愛いものだ。今までのように絶対零度の視線を向けられるよりはよほどいい。しかし、それよりも、顔面で受け止めたお粥の熱を丈太は全く意に介していないことが、丈太自身空恐ろしいものだった。


「……凄いな。熱い事は熱いけど、変身してなくてもこれで火傷もしてないのか。……いや、おかしくない?父さんの話だと強くなるのは身体の内面の話だったんじゃ…いいのかな?これで」


 丈太が手にした新たな力……体内のアドレナリンを自らの意志で分泌させ、体温を向上させるという極意には、まだまだ秘密がありそうだ。それについて考えようとしたが、どうにも強い眠気が襲ってくる。そもそも連休という事もあって、まだ起きるには少し早い時間である。丈太はお粥を片付けると、改めてベッドの中へ潜り込んだ。これで寝て起きた頃には、元の体型に戻っていることだろう。


「食べて寝て……これが戦う準備になるんだから……最高だよな…………ぐぅ」


 あっという間に眠りに落ちた丈太は、その夢の中で新たな敵の襲来と、冷たい冷気を纏った女の姿を見た。それが何を意味しているのかは、まだ誰にも解らない。

 

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