第33話 宿敵!スパイス香る戦士

「そうか、里田氏は軽傷で済んだか、よかったのう」


「うん、ホッとしたよ」


 サトイモ重人との死闘を終えて数日後、丈太は里田老人のお見舞い帰りに栄博士の元に立ち寄っていた。これまでの重人との戦いでは、素体となった人間に犠牲者は出ていないものの、今回の里田氏は高齢の男性である。いかにファイアカロリーの力がMBNを焼き尽くす方向に強く消費されると言っても、物理的な破壊力は生じるのだ。いつも必ず無傷で終わるとは限らないだろう。そんな気掛かりがあったのだが、幸い里田老人は軽い火傷を負うだけで、命に別状はなかったようだ。ただ、やはり本人は重人であった事など全く覚えていないようなので、ハイカロリーの尻尾を掴む事は難しそうだった。


「…しかし、今回は辛い戦いじゃったが、収穫もあった。MBN入りの芋煮がかなり大量に残っておったからな、これでMBN除去薬の研究が進められるわい」


「よかった。割とたくさんの人が食べてたみたいだから、肥満化する人も多いと思うんだよね。実際、通りがかった病院の前は、どこも太った人で一杯だったし」


 実際の所、今回の一件以降、学校を休む生徒がまた増加していることからもその影響が広範囲に渡っている事が確認できる。栄博士の調査によると、MBN入りの食物を摂取しても、太り易い人間とそうでない人間がいるようだが、それが何度も重なると肥満化してしまう事もあるという。いくら抵抗力があると言っても限度があるのだ。

 その意味でも、一刻も早く体内に入ってしまったMBNを除去する薬の完成が待たれる所だろう。


「……あのさ、栄博士」


「うん?」


「俺、もっと強くなりたい。いや、強くならなきゃいけないって、今度の事で思ったよ。こんなに身近な所で、重人になっちゃう人がいるなんて思わなかった。もしかしたら、今度は家族が狙われるかもしれないし……今までは半分冗談みたいな敵ばっかりだったから、油断してたんだと思う。でも、それじゃいけないんだ。あいつらは、ハイカロリーは危険な相手だって、今更だけどようやく解った気がする」


「そうか。……じゃが、無理をしてはいかんぞ。こんな危険な道に引き込んでしまった儂が言うのもなんだが、君はまだ若い。本来、楽しく安全な青春を送っているのが普通な年頃なんじゃからな」


「ああ、解ってる」


 この時から、丈太の心に今までとは違う何かが宿り始めていたようだ。後ろ向きでしかなかった丈太にとって、それはとても前向きな、強い意志を感じさせる覚悟であった。その丈太の意志を確かめるように、突如として警報音が研究室に鳴り響く。


 ――ピーッ!ピーッ!


「あ、この音は……重人の反応か!まさか、またこの近くに重人が!?」


「むぅ…これは、どういう事じゃ……?」


 警戒する丈太の横で、栄博士は機器を確認して呻くように呟いた。博士が何を気にしているのか解らない丈太は博士の様子を訝しみ、首をかしげていた。


「博士、どうしたのさ?重人が出たんじゃないの?」


「ああ、これは確かに、重人の存在を示す警報なんじゃが……重人が出たのはこの辺りではないんじゃ。少し離れた…地図で見ると、市外の工場跡じゃな。一体何故、こんな人気のない場所に重人が…いや、そもそもこんな遠くに居ても警報が鳴るということは、相当強力なMBN反応だということになる。こいつはきっと君を…ファイアカロリーを誘っておるんじゃろう」


「そ、そんな場所に…それに、強力な反応って……今までの奴らより強いってこと?」


「考えたくないが、恐らく……」


 栄博士の予想に、丈太は思わず身震いがした。博士の見立て通りなら、これまでに戦った重人よりも、遥かに強力な敵が待ち構えていることになる。だが、強くなると決めた丈太の心はそれだけでは折れなかった。強くなろうと決めたからには、例え罠であろうとも、逃げる選択肢は丈太にはないのだ。


「俺、行ってくるよ!どういうツモリか解んないけど、わざわざこっちを呼び出してくるんなら、受けて立たなきゃ!」


「な……?!よせ、丈太君!罠じゃっ!あっ、こ…腰が……っ!?」


 危険な相手だというのはこれ以上ないほどわかり切っているが、さりとて危険だからこそ捨て置くわけにもいかない。さながらこの敵は示威目的の囮のようなものだ。しかし、逆に言えばそれだけの自信があるからこそ、敵はそういった行動に出られるのである。


 (危ないだろうけど、博士や牛圓さんに助けてもらってばかリじゃ、成長できないんだ!)


「ちょ……丈太君、待ってくれ。腰が……!動けん…誰か……!?」

 

 丈太の場合、走るスピードこそ決して速くはないが、一度走り出せばその体重質量のせいでそう簡単には止められない。ましてや、年齢からくる腰痛が最近酷い栄博士では尚更だ。ゆっくり走っていく丈太の背中を、栄博士は腰の痛みに耐えながら見送るのだった。


 




 ――三十分後。


 丈太が到着したのは市街の外れに位置する廃工場の一角であった。この辺りは、二十年程前まで街の経済を支える重要な工場が建ち並ぶ区域だったのだが、大規模な都市計画によって街全体の形が大きく様変わりし、かつては勢いのあった企業の工場や社屋は軒並み移転していってしまった。ここは、都市計画上最後に残った、開発を待つ区域なのである。


 「ここか。それにしてもなんだろう?この匂い……カレー?」


 立ち入り禁止と書かれたフェンスは、お誂え向きに人一人分スペースが空いていて、そこから中へ入れるようだ。ただ、気になるのは丈太が呟いた通り、そのカレー臭である。既に廃棄されて久しいこの廃工場で、カレーの匂いがするというのは余りにも不自然だ。となれば、ここにいるのは自ずとその匂いに類するものだという想像は容易い。


「よぉし…!バーニングアップ!変身!」


 変身の名乗りと共にポーズを決め、丈太はファイアカロリーへと変身すると、フェンスを潜って工場内部に侵入した。大型の機材が出入りできるように作られた大きな引き戸を開くと、工場の内部は暗闇に包まれていたが、代わりにカレーの臭いは更に強まってくる。ファイアカロリーは強い覚悟と共に、その奥へと足を踏み入れていった。


 だだっ広く、何もない工場の奥へ来た時だ。突如、工場全体に光が点され、いくつもの香辛料の香りが辺りに立ち込め始めた。そして、どこからともなくパンパンと、乾いた拍手の音が響く。


「誰だっ!?」


「クックック、良くぞ来てくれた。貴様がファイアカロリーで間違いないな?」

 

「そ、そうだ!お前は一体、何者だ!?」


 声の主は、工場の二階部分にある通路からファイアカロリーを見下ろしていたが、問いかけを受けてひらりと手すりを飛び越え、ファイアカロリーの前へと着地した。その姿は、今までに出会ったどの重人とも違って、ファイアカロリーのような人間に近いフォルムをしている。


 胸から肩にかけては黄金のアーマーを装着し、その下には黒っぽいスーツを着ているように見える。しかし、何より独特だったのは、その頭部である。重人達の多くは、頭の形がそれぞれのモチーフとなった食べ物や生き物に近い形状であったが、目の前の男は違う。漆黒の髑髏に、稲光を模したような金色のラインが入っていて何とも厳めしい頭部だ。瞳の部分は黒く落ち窪んでいるようだが、その奥にはギラついた眼光が見て取れる。その威圧感だけで、ファイアカロリーは気圧されてしまいそうな迫力を感じていた。


「我が名は、重人ザギンカリー。銀座ザギンシース―寿司とはいかんが……まぁ、せっかく来てくれたのだ、しっかりとおもてなししようではないか」


「なんでだろ、何故か物凄く危ない名前に聞こえるぞ……!?」


 ファイアカロリーの前に立つザギンカリー、その表情は髑髏の顔面から窺い知ることは出来ない。しかし、その絶対の自信から、ファイアカロリーはこれから始まる激戦の予感に身を震わせるのだった。

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