第17話 噂の赤い男

 ――ビーッ!ビーッ!


「え?何の音!?」


 唐突に鳴り響く警報のような音に、丈太は驚いて目を見開いた。思いもよらぬ警報音というのは、人間誰しも驚くものだ。唐突に鳴るJアラートにビックリする人が多いのも頷ける。


「む!どうやらこの近くに重人が現れたようじゃな……かなり近いぞ、数百メートルほどの距離じゃ」


「こ、こんな所に!?住宅街なのに、どうして……」


 丈太が驚くのも無理はない。これまでに出会った二人の重人は、いずれも商店街やショッピングモールなど、人の多い場所に現れては、そこに居た人々を狙っていたようだった。しかし、栄博士の家から数百メートル圏内には、特に商店などはない。精々あっても公園くらいのもので、しかもこんな夕方ともなればさほど住民が居る訳でもないはずだ。敵の狙いが解らないのは、厄介である。


「うーむ、理由はともかく、重人は一刻も早く倒さねばならん。もうすぐ帰宅時間じゃからな、世の中のお父さん方が肥満にされたら厄介じゃぞ」


 栄博士の言葉を聞き、丈太はハッと気づかされた。時計を見れば、そろそろ剛毅や蓮華が帰宅する時間である。あの二人は目標とする大会も近いので、もし重人の手にかかってしまったら大変だ。不肖の兄ではあるが、身内に危機が及びそうなことは迅速に解決したい所である。


「解った、すぐ行って倒してくるよ!ここから近いなら、ここで変身していけばいいよね。……バーニングアップ、変身っ!」


 丈太の身体が赤い光に包まれ、ファイアカロリーへと変化する。これで都合三度目の変身だが、どうやら身体が変化に慣れてきたらしく、変身にかかる時間はかなり短縮されていた。


「丈太君、いや、ファイアカロリーよ。先程の調整では、生体ナノマシンの量を増加させただけでなく、FATエネルギーの効率もアップしておるはずじゃ。パワー自体がアップした訳ではないが、ハイパーカロリースマッシュ一発でエネルギー切れを起こす事はないから、安心して戦ってよいぞ!」


「ありがとう博士!行ってくる!」


 ファイアカロリーは勢いよく研究室を飛び出し、玄関ドアを吹き飛ばして外へ駆け出していった。栄博士は天を仰いで、リフォーム業者を手配しようと心に誓うのだった。




「あ、ああ……ば、化け物……!」


 一方、明香里と陽菜は、間近に立つ不気味な怪物を前にして腰を抜かし、座り込んでしまっていた。その傍には、帰宅途中の近隣住民も何人かいて道路の隅に追い詰められている。彼女達を追い詰めている怪物…重人は、何やらハイテンションで不気味な踊りをしているようだ。


「らん、らんらららんらんらーん♪らん、ランブーターン♪ららん、らんらららんらんらーん、らららんランブーターン♪」


 どこかで聞いたようなメロディを口ずさみ、重人は楽し気に踊っている。その姿はあまりに奇妙で、恐ろしいものだ。そして、重人は人質のように集めた住民達の中から、一人の少年に声を掛けた。


「クックック…おい、少年。俺様の名前を言ってみろ!解るかなぁ、わっかんねーだろーなぁ~?」


「うわぁ~ん!ママァー!このおじさんの言ってること、昭和すぎて訳わかんないよぉ~!あと、滅茶苦茶頭がキモいよぉ~!」


「だ、誰がおじさんだっ!?俺様はまだ二十代だぞ!許さん、このガキ、昭和流の躾をしてやる!具体的に言うとゲンコツだ!」


「待てぃっ!」


「ぬ?!何者だ!」


「俺の力は正義の炎!脂肪と糖が明日への活力!燃やせ、命動かす無限のカロリー!俺は炎のダイエット戦士ファイター……ファイアカロリー、見・参!幼気いたいけな子供や、買い物帰りの女子……さらに仕事帰りで疲れた人々を苦しめる重人め、お前の悪行をあの燃え盛る太陽が許しても、俺のこの燃える体脂肪が許さないぞ!」

 

 近くの家の屋根の上から、ファイアカロリーが名乗りを上げる。夕焼けの太陽の光が逆光になっていて、下からだとその姿はハッキリと見えないが、その場にいた誰もがまた変なのが出てきたと言いたげな、ポカンとした表情でファイアカロリーを見上げていた。


「ファイアカロリー…!?そうか、お前がウシ重人やマグロ重人を倒した奴だな!?いい所にやって来たじゃないか。この俺様、ランブータン重人様がお前を葬ってやろう!」


「え?なんだって?らんぶーた?なにそれ?……っていうか、何だよその頭、トゲトゲがあっちこっち無秩序に生えてるぞ。スッゴイキモいな……」


「らんぶーたではない、だ!大体なんだ貴様、ヒーローの癖にルッキズムか?!このガキといい、重人の見た目をバカにしちゃいけないと教わらなかったのか!」


 ファイアカロリーの言う通り、ランブータン重人と名乗るその重人は、果実のような丸い頭から無数の細長い棘がおびただしいほどに生えていた。その頭の中央部分、棘の奥には二つの目玉があって、見た目は完全に妖怪か怪異である。今までは牛やマグロと、比較的親しみやすい見た目ではあったのだが、ランブータン重人はそう言った要素が全くない。正直、子供達のトラウマになりそうな外見だ。そんなやり取りの合間に、ファイアカロリーは屋根の上からランブータン重人の前に移動したが、正直な所を言えば、近寄りがたい相手である。


「いや、教わるも何も、そもそも重人の存在なんてほとんど皆知らないじゃん……調子狂うなぁ」


「ええい黙れ!俺様は世界中の人間を太らせ、果物の旨さを知らしめる為に誕生したのだ!いいか!現代人は果物を食べなさすぎる。やれ、剝くのが面倒くさいだの、味に個体差があってハズレを引くのが嫌だのと……!クリームが甘かったら果物で酸味を取るのは当たり前だろうが!ワガママなのだ、お前達は!」


「何の話?何か私怨が混じってる気がする。大体、何なんだよ、ランブータンって……」


 ――ウィチペディアからの情報です。ランブータンは、東南アジア原産のムクロジ科の果物で、ライチと近縁の果実です。優しい甘さと爽やかな酸味が特徴とされています。


「……あ、そうなんだ。ライチか、食べた事ないな、ライチって。ジュースなら飲んだ事あるけど」

 

 丈太の問いかけにSAKAEウォッチが反応し、答えた。どうやらファイアカロリーの性能調整と共に、SAKAEウォッチもバージョンアップしているらしい。とはいえ、別にそう言う事が聞きたかった訳でもないので、何とも言えない情報である。


「貴様、ライチすら食べた事がないだと!?許すまじ日本人のフルーツ離れ…っ!ならば貴様に、特別公演を聞かせてやる!ランブータンの歌、オーケストラバージョンだ!行くぞっ!」


 勝手に怒り出したランブータン重人が燕尾服を開くと、そこには大小さまざまな薄いスピーカーのようなものがびっしりとくっついていた。その頭も相まって非常に不気味な絵面である。ファイアカロリーは思わず後退りをして、ランブータン重人から距離を取ってしまった。


「う…俺、集合体恐怖症なのかな…?あの頭もそうだけど、すっごく気持ち悪いんだけど…!?」


「さぁ、食らえファイアカロリー!らん、らんらららんらんらん、らんランブータン♪ららん、らんらららんらんらん、らららんランブータン♪」


「いやそれ、じ、ジブ…?ってうわっ、うるさっ!」


「きゃあああ!」


 それは圧倒的な音の奔流であった。先程の鼻歌とは打って変わって、本当にオーケストラのような楽隊がランブータン重人の歌をアシストしている。燕尾服のスピーカーがそれらを増幅し、暴力的なまでの大音量というだけではなく、実際に破壊力を伴ってファイアカロリーを襲って来るのだ。コンクリートの塀にひびが入り、近所の家からは次々に窓ガラスの割れる音がする。

 あまりの衝撃に、ファイアカロリーは数メートル吹き飛ばされてしまった。ランブータン重人の背後に居て、直接それを受けていない明香里達でさえも悲鳴を上げ、耳を塞いでいた。


「ううっ!な、なんてパワーなんだ……変身してなかったら鼓膜が破れるどころじゃすまないぞ……!?後、色々敵に回しちゃいけない所から怒られる気がする!」


 ――ファイアカロリー、気をつけろ!奴の歌声は文字通りの音波兵器じゃ、いくら変身していると言えど、そう何度も受ければ無事ではすまんぞ!


「そ、そんな事言われたって…!」


 冗談では済まない栄博士の警告に、ファイアカロリーは動揺を隠せない。そんなファイアカロリーの様子を見たランブータン重人は勝ち誇ったように笑う。


「らんららんら!見たか、これがランブータンのパワーだ!マイナーな果物だと思って油断したのが貴様の敗因よ!」


「いや、果物が音波兵器使うなんてマイナーとか以前の問題だろ!?そんなの解るわけないじゃないか!」


「黙らっしゃい!」


 ファイアカロリーのツッコミにランブータン重人は聞く耳を持たないつもりだ。そもそも耳がどこにあるのか、もっと言えば本当に耳があるのかさえ疑わしいデザインであるのだが。


「さぁ、ファイアカロリー、今度こそトドメをさしてやろう!最大出力でなぁ!」


「な…!?ま、まだ上の威力があるのか!?何て奴だ……!」


 ランブータン重人が再び燕尾服の前を開き、攻撃の準備をする。もはや一刻の猶予もなく、ファイアカロリーは最大のピンチを迎えていた。

 

 (もう一度あの技を喰らったら、冗談抜きで頭が割れちゃいそうだ…!それでなくても、近所の家にだって凄い被害が出てる……どうする?さっきの攻撃で距離も出来てしまったし、ここからじゃハイパーカロリースマッシュを打てる距離まで近づいてる暇も……そうだ!)


「こうなりゃ一か八かだ!ワードはもう先に登録してある…行くぞ!」


「ふん!何をする気か知らんがこれで終わりだ!最大出力、ランブータンの歌ァァァッ!らん、らんらららんらんらん、ランランブーターン♪」


 その歌が始まる寸前、ファイアカロリーは大きく両手を上げて頭上でクロスさせると、勢いよく両肘を曲げて腰まで一気に腕を引き下ろした。すると、ファイアカロリーの全身が猛烈な光を放ち、その光が両足に集中していく。


「おおおおっ!オーバー!メルト!キィィィィック!」


 その叫びと同時に、ファイアカロリーは強く一歩を踏み出して、頭上へ高く跳んだ。その頂点に達する瞬間、ファイアカロリーの背中から、ロケットエンジンのような炎が噴き出して爆発的な加速がもたらされた。空中で加速したファイアカロリーは、渾身の力で投げられた槍のような鋭さを持って、ランブータン重人目掛けて突撃する。

 ランブータン重人の技、ランブータンの歌は一種の指向性を持った音波攻撃だ。その威力を最大限に高める為には、音の向かう先を一点に集中せねばならない。つまり、狙った場所以外には効果が薄くなるという欠点があった。ファイアカロリーがそこまで読んでいた訳ではないのだが、彼は偶然にも高速で空中へ跳んだ為に、ランブータンの歌の攻撃範囲から外れる事が出来たのである。


「ら、らん!?」(あ、これ死んだわ)


「でやああああっ!」


「ギャアアアッ、ば、バァーニィィィィングッ!!」


 ファイアカロリーの新技、オーバーメルトキックが直撃し、ランブータン重人は炎に包まれて爆散した。体の内外に増殖した悪性生体ナノマシン……通称MBNを焼き尽くされた重人は、これまで通り元の人間に戻ったようだ。ただ、オーバーメルトキックが相当な破壊力だった為か、道路のアスファルトは溶け砕けていて、とても素体となった人が無傷には見えない。とりあえず生きてはいるようだが。


「ぶっつけ本番だったけど、上手くいったぞ……!あ、捕まってた人達は!?」


「あ、ああ……な、何…?なんなのよこれ…」


 へたり込んだまま陽菜を抱き、呆然とする明香里に近づくファイアカロリー。しかしそこで、三度目の不運が訪れた。


「大丈夫ですか!……あっ!?」


 ――残エネルギー2%、生命維持の為、変身を解除します。


 ちょうど明香里の目の前に来た所で、ファイアカロリーの変身が解け、全裸の丈太が彼女の前へ立つ事になった。今まさに明香里を助け起こそうと手を差し伸べかけていた為、色々と隠せないものが露わになってしまっている。


「っ!?も……だめ……」


「げぇっ!?よ、よりによって今ぁっ!?あ、あわわ!もうヤダよこれーーーーっ!」


 至近距離で丈太の全裸を見てしまった明香里は、ショックの余り意識を失った。丈太は涙ながらに股間を隠してその場を逃げ去り、これ以降、重人の存在と謎の全裸男の噂が、徐々に広まり始めるのであった。

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