第二部 重人大攻勢編
第18話 暗躍!次なる魔の手
「おはよー。ねぇねぇ明香里、聞いた?あの話」
あくる日の朝、教室に着いた明香里を待ち受けていたかのように、開口一番で話しかけてきたのは、友人の
「おはよ。いきなり話ってなによ?」
「最近さ、重人とか名乗って暴れてるヤツがいるんだって。それでさ、その重人ってのを倒して回ってる赤い変質者もいるらしいよ」
「……あー、それね。うん…知ってる」
知っているというか、バッチリこの目で見た、と明香里が言い難いのは、あのファイアカロリーと名乗る赤い男の全裸を至近距離で見てしまったせいだろう。父親を亡くしてから、男性というものに近寄りがたい印象を持っていた明香里は、当然ながら生の男性の裸を見たのは父親を除けば彼が初めてである。祖父の栄養源は、別棟の離れで暮らしているのでお風呂などでかち合うこともないし、母に再婚相手がいる様子もない。明香里自身も、今の所男性に興味はないのだ。
(あの変態、ファイアカロリーって言ったっけ。あたし達を助けてくれたんだよね?でも、裸を見せつけてくるような奴だし……それに…)
あれからどうにもファイアカロリーの裸が頭から離れず、頭を悩ませている明香里だったが、どうしても気になる事があるようだ。
「あら、おはよう。炎堂君」
「あ、ああ。……おはよう、上曽根、さん」
教室に入るや否や、こよりに挨拶をされて、ぎこちなく頭を下げているのは丈太である。最近は少し顔つきが変わってきたように思えるが、あんな性犯罪者紛いのクラスメイトにどうして優しくするのか、明香里はこよりのそんな態度が気に入らない様子だ。ただ、以前ほど丈太を毛嫌いする気持ちが強くないのも事実である。
「炎上野郎、最近調子に乗ってるよね。こよりも優しくなんかしなきゃいいのに」
「……そうね」
(でも、あの時聞いたファイアカロリーって奴の声、
そう、明香里が気になっていたのは、丈太の声であった。クラスではこよりしか丈太に話しかけるものが居ない為、あまり注意して聞いた事はなかったが、こうやって耳を傾けて聞いてみると丈太の声はファイアカロリーの声に似ていた気がする。そもそも妹の陽菜が漏らしていたように、丈太の声は明香里達の父である養士にそっくりなのだ。しかしながら、あの時見た裸の姿は、非常に均整の取れた逞しく立派な身体だったはずだ。間違っても丈太のような脂肪だらけのだらしがない贅肉100%なボディではなかったと思う。
「バカらし。……考えるだけ無駄か」
「え?明香里、何か言った?」
「んーん、なんでもないよ。ね、それより今度の課外学習だけどさ。……」
そう言って、明香里はファイアカロリーと名乗る男の裸を頭から打ち消すように、朝芽へ笑顔を向けた。今はもっと違う楽しい話をしたい、そう思う彼女の表情は歳相応の少女のものである。
――日本のどこか、巨大なビルの一室。
相変わらず白いスーツに身を包み、甘味飽食がスイーツを味わっている。今日の甘味は、超有名和菓子店謹製の羊羹である。
「うむ。やはり羊羹は、とめ屋に限るな。うちの職人達にも見習わせたい所だが、これも長年受け継がれ磨き上げられてきた歴史のなせる業となれば、不粋な横槍は美しくないというものか。……それで、ギャルソン、報告とは?」
「は、先日送り出したランブータン重人についてですが、どうやら一般人への洗脳を施す前に撃破されたようで、重人の存在が噂になり始めているようです」
「……ちっ、まだこの国で我々の存在を明かすには早いというのにか。管理者は奴だろう、奴はどうした?」
「もうすぐこちらに来るはずですが……ああ、噂をすれば、ですな」
「飽食様、飯場小麦…参りましてございます」
「来たか、小麦。……貴様、また重人を撃破されたようだな?」
羊羹を切るその手が止まり、飽食の鋭い視線が小麦を射抜く。甘いものに目がない男だが、その視線の威迫は決して甘くないようだ。その圧力に晒された小麦は、平身低頭といった有り様である。
「はっ!も、申し訳ございません。お許しください、飽食様…!まさか、レッドマンのいないこの国で、重人に対抗しうる存在がいるとは思いもよらず……」
「言い訳はどうでもいい。貴様はこのハイカロリーの幹部として、しっかりと結果を残して貰わねばならんのだ。いつまでも無能を晒していては、貴様の店に回す資金の事も考えることになるぞ?」
「そ、それだけはご勘弁をっ!次の…次の重人こそは、あのファイアカロリーと名乗る戦士を退治し、肥満となる人間を増やしてご覧にいれます!」
飯場小麦…丈太の住む町でとんでもなくマズいパンを作っては売る謎の店の主人である彼女は、こう見えて、ハイカロリーの重人達を指揮する幹部の一人であった。彼女はハイカロリーに忠誠を誓う見返りに、全く売れていない自分の店の運転資金を提供されており、それによってあの客のいない店を維持していたのだ。
必死に声を上げる小麦を一瞥し、飽食は片肘を付きながら羊羹を摘まみ、己の口に放り込んだ。
「ふん、そこまで言うからには自信はあるのだろうな?期待しているぞ」
「ははっ!」
深く首を垂れて、小麦は昏い笑みを浮かべている。次なる重人の魔の手は、既に丈太達のすぐ傍まで迫っている事に誰もまだ知る由もない。
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