第22話 仰天!カニ重人の爪痕

「いやぁ、危なかったなぁ…一時はどうなる事かと思ったよ。牛圓さんには、ちゃんとお礼を言わなきゃな」


 カニ重人との戦いから一夜明け、丈太は自宅のベッドで朝日を浴びながらスッキリとした目覚めの中にいた。


 戦いの後、丈太は意識を失ってしまったが、栄博士が予め持たせていた緊急用の超高カロリー輸液を藍に使わせ、どうにか丈太は死なずに済んだのだ。それでも、数時間の休眠が必要だったので、博士は藍に頼んで施設内の目立たない場所へ丈太を移し、そこで休息を取る事が出来たのだった。ちなみに超高カロリー輸液のお陰で、わずか数十分寝ている間に丈太の体型は元に戻っていた。それにより、家に帰る頃には誰にも不審がられる事はなく済んだのだ。


 ちなみに丈太がカニ重人を倒した事で、他の生徒や教師達は催眠が解けたようだったが、彼らもまたバタバタと倒れてしまっていた。急な催眠解除は脳への負担が大きいせいだろう、結局、今回は食中毒事件ということで決着がついた事も含めて、ラッキーだったと言っていい。


「うぅむ。まだまだ生体ナノマシンの改良が必要じゃのう……ああもエネルギーを消費してしまうとは。今後も強力な重人が出て来るじゃろうから、考えねばならんな」


「っていうか、博士も人が悪いよね。超高カロリー輸液あんな便利なモノがあるなら、早めに教えてくれればよかったのに…」


「……いやまぁ、は本当に緊急用じゃからな、正直身体への負担が大きいんじゃよ。一度に約二千キロカロリー前後を摂取できるアイテムなんじゃが、丈太君の場合、それを三千倍吸収してしまうから……まぁ、実際はそれよりもうちょっと少ないと思うが」


「え、と……二千の三千倍だから……ろ、六百万!?死んじゃうよ、そんなの!?マジで俺の身体どうなってんの!?」


「だから緊急用なんじゃって……」


 どうやらとんでもないものを打たれてしまったようで、丈太は唖然としている。普通の人間が六百万キロカロリーも摂取すれば、間違いなく死んでしまう事だろう。そもそも栄養を三千倍取り込むという遺伝子改造自体がトンデモなのだ。丈太は本当に危機に瀕していたのだと状況を把握し、ブドウ糖の飴でも常備して置くことを心に決めた。


 その後、学校へ着くと、登校しているクラスメイトの数がずいぶんまばらな事に気付いた。何があったのか聞きたい所だが、話をしてくれる相手がいないのでどうしようもない。そして、朝のHRギリギリの時間に教室へ入ってきたのは、見た事もないほど太った男子生徒である。


 (あれ?うちのクラスにあんな男子いたっけな……っていうか、俺より太ってる、ような…)


 皆の視線を感じたのだろう、その男子生徒は自分を見つめるクラスメイト達を睨みつけ、よほど歩くのが辛いのかふうふうと息を切らせていた。丈太ほど身長が無いその生徒だが、明らかに丈太を上回る体格に見える。恐らく、百二十キロ以上はあるだろう。よくあんなサイズの制服が手に入ったものだ。

 男子生徒は何か言いたそうだったが、直後に担任の教師が入ってきたので、何も言う事なく席に着いた。その席は、間違いなく、丈太をいじめていた不良グループの一人、鮫島だ。

 丈太は彼の変貌ぶりに言葉を失ったが、同情はしない。鮫島がこれなら、他の連中はどうなったのだろう?そちらの方が気になるようである。

 

「えー、昨日のマリンパークでの食中毒事件を受けて、今日は欠席が多いようだ。先生達の中でも休みが多いので、授業はほとんど自習となる。もし体調が悪い者がいたら、すぐに先生に言うように……」


 担任教師の言葉にも、どこか力がないように聞こえる。彼もあのカニを食べたはずなので、どこか身体に不調が出ているのかもしれない。怪しい薬以上の中毒性があるとカニ重人が豪語していたのだ。それが事実なら、皆相当に苦しいだろう。これがハイカロリーの目論む悪事の先にあるものなのかと、丈太は今更ながらに、肝を冷やすのだった。





 一方その頃、日本のどこかのビルではいつものように甘味飽食が、甘味を食べながらカニ重人の戦果報告を受けている所であった。今日食べているのはクレープである。クレープと言えば庶民の食べ歩きスイーツの定番ではあるが、今彼に提供されているのは高級感あふれる銀のスタンドに立てられた、非常に贅沢そうな一品であった。


「ふむ。今日のクレープは良い出来だ、しっかりと生地自体にも甘さを残しつつ、クリームとチョコレートの甘さが際立っている。……果物が入っていないのは頂けないが、まぁ、いいだろう」


 普通であればチョコバナナクレープなのだろうが、飽食が食べているのはチョコレートと生クリームだけのシンプル過ぎるクレープだ。それだけに、作り手の腕前がかなり反映される代物である。滑らかに仕上げられた上質なクリームとチョコレート、それを包む生地も非常に繊細に作られており、クリームに負けない滑らかな口当たりを実現している。ちなみにバナナの糖度は平均15度なので、そのまま出しても飽食は気にせず食べるだろう。超甘党な彼が、ただのバナナを美味しいというかどうかは別だが。


「新しいパティシエは、飽食様の好みを最大限に理解しておりますので、ご安心下さい。材料はどれも、一級品でございます」


 給仕役ギャルソンの男が、恭しく頭を下げると、その美しいロマンスグレーな髪が揺れた。彼は幼い頃から飽食に仕えている一族の男性である。甘味飽食という男が最も信頼し、側に置いているだけあって、相当な傑物でもあった。


「うむ、これは系列店のメニューに加えてよし。高級志向の甘党にはそれなりの値段で売れるだろうからな。……さて、それで、カニ重人…だったか?」


 飽食の視線の先には、飯場小麦が以前と同じように跪いて首を垂れていた。下を向いているので、その表情を窺い知ることは出来ないが、やはり緊張しているようである。


「は!戦闘の資料は、そちらに……!」


「ふむ。……なるほど、ファイアカロリーに一定のダメージを与え、かつ、それなりの生徒を肥満化させることに成功したと。そうか」


 給仕役ギャルソンの男から受け取った資料に素早く目を通し、飽食は目を瞑った。一定の戦果はあったようだが、結局の所、カニ重人はファイアカロリーに撃破されてしまっている。その結果に対してどういう評価をするか、考えているようだ。

 

 そして、たっぷりの時間が空いた後、ゆっくりと目を開けた飽食は優しい声色で語り掛けた。


「よかろう。結果は残念だったが、この調子で重人を用意するがいい。次のコマは、もう考えてあるのだろう?」

 

「ははっ!次なる重人は素体にいい人間が用意できましたので……奴ならば、きっとファイアカロリーを葬ってくれることでしょう!」


「それは楽しみだ。良い報告を期待しているぞ」


「ああ、飽食様……!お任せを!」


 小麦は感動したように声を震わせ、力強く答えた。甘味飽食は、その名の通り、甘い飴と鞭を使い分ける男なのである。

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