第44話 奈落!闇に落ちた大翔

「まさか、パイナップル重人が敗れるとはな。しかも、やったのは新たなダイエット戦士か。計画の見直しが必要になるな」


 飽食がいつものビルのフロアで、一人呟く。その傍らにはギャルソンの老人だけがいて、後は他のメイドや執事達まで一人もいない。幹部である小麦や、欧田さえいないのはこれが非公式な場だという証だろう。

 頭の痛い問題を抱える事になったと言わんばかりに、飽食が俯く。そんな彼に、ギャルソンの老人が薄いファイルを手渡した。どうやら、何らかの報告の為にこの場にいるようだ。


「これは?」


「先日の、ザギンカリーとファイアカロリーの戦いの後、ファイアカロリーを救出に来たと思われる人物の写真です。残念ながら夜間でしたので、他の写真は写りが悪く、まともに撮れたのはその一枚のみでした」


「ふむ。……待て、この人物は……!?バカな、ではあの方がファイアカロリーの支援者だというのか!?そんなことが……」


 ギャルソンの老人は静かに頷き、何も答えなかった。その写真に写っていたのは紛れもなく栄博士である。飽食は彼がファイアカロリーの支援者だと知り、酷く動揺しているようだ。一体、栄博士と彼らの間にはどんな関係があるのだろう。ただならぬ飽食の戸惑い様が、彼らとの関係の深さを物語っている。



 

 その頃、欧田は自らの経営するカレーショップ一号店の店舗地下にいた。その目前には巨大な円筒形のガラス製の培養カプセルがあり、それらは様々な機械に繋がれている。ガラスの内部は、薄い黄緑色をした液体で満たされていて、その中には一人の男性が入れられていた。


「……」


 正確に続くいくつもの機械音と、液体の流れる音がする。そんな中で、欧田が膨大なデータに目を通しながら、機械を操作する音も混じって、それはある種、規則的なリズムを奏でているようだった。そこへ、音もなく一人の女性が現れた。…それは同じく飽食に仕えるハイカロリーの幹部、飯場小麦だ。驚かせようというつもりではないようだが、明らかに背後から忍び寄としている。しかし近づく小麦を欧田が振り向く事もなく看破した。


「小麦か、何の用だ」


「……気付いていたのか、つまらないヤツだ。何、自信たっぷりに用意した重人が倒されて、落ち込んでいる貴様の顔を眺めてやろうと思ったまでよ」


「それはすまなかった。生憎と、想定外の事態が次々に起きたものでな、落ち込む暇などないのさ」


 視線をこちらに向けようともせず、欧田は何かに集中しきっている。思った通りに事が運ばないと悟ったのか、小麦はふぅと溜息を吐いて欧田の隣に立った。


「この男は?まだ少年のように見えるが……次の素体か?」


「ああ、聞いたら驚くぞ。コイツ、どうやらファイアカロリーの関係者のようだ」


「何!?奴の正体を知っている奴なのか!?何故もっと早く報告してこないんだ!」


「早急に手を入れねばならんようなのでな、報告は後回しにした。どうやら、ファイアカロリーとは因縁があるらしい。奴の事を、よほど憎んでいるようだ。……これだけ降の感情を溜め込んでいれば、いい重人になるぞ。中々、見どころがありそうだ」


 そう言って、欧田はその少年……間ヶ部大翔まかべはるととの出会いを思い出す。それは、二日前、パイナップル重人が新たな戦士、アイスカロリーに敗れて撤退しようとしていた矢先のことであった。





 (アイスカロリー…新たなダイエット戦士か。これは想定外だ、ここは一度、退くしかないな)


 欧田は突如現れたアイスカロリーを遠巻きに眺めつつ、群衆に紛れてその場を立ち去ろうとしていた。彼は、万が一パイナップル重人がファイアカロリーに負けた時の為のバックアップ役である。ファイアカロリーの狂戦士化……栄博士曰く『バニシング・フォーム』と命名されたパワーアップ形態は欧田にも予想外だったが、それが無かったとしても、彼は慎重に慎重を重ねて、自らが最後のトドメに出るつもりであったようだ。

 ファイアカロリーを生け捕りにしようと考えていたようなので、むしろファイアカロリーがパイナップル重人を倒して、力を使い果たしてくれるのが最良だと踏んでいたのかもしれない。しかし、蓋を開けてみれば、ファイアカロリーは強力なパワーアップを果たしており、またアイスカロリーを名乗る新たな戦士まで現れてしまった。ザギンカリーとしての力があれば、例え二対一であっても戦える自信はあるが、未知の力を持つアイスカロリーを低く見積もるほど、欧田は不用心な男ではない。こういった計算が崩れた際には、一度状況を見極める為に撤退することを躊躇なく選べる、そういう男である。


 だが、そんな欧田をじっと見つめ、声を掛けてきた男がいた。それが大翔である。彼はココナッツ重人との戦いが始まった時から、逃げ惑う人々の中でも冷静に戦いを見守る欧田の姿を捉えていた。しかも、その欧田の連れていた男が、パイナップル重人へと姿を変えたのだ。これは明らかに、欧田が主犯か、何かの詳しい事情を知っているに違いない。そう思ったようだ。


「お、おい!待て!待ってくれ!」


「ん?」


「アンタ……あの化け物の事を知って…いや、仲間なんだろう?あいつらの」


「…何の事だか解らんな。言いがかりは止めてもらおう」


「とぼけるな、俺は見ていたんだ。アンタの連れがあのパイナップルの化け物に変化するのを……!」


 (コイツ……ここで言い逃れるのは簡単だが、この目が気になるな。何が目的だ?)


 欧田は、大翔の言葉を遮る気にはなれなかった。何故なら、大翔の目を見たその時から、その心の内に宿る昏い感情が読み取れていたからだ。強い重人を生み出すには、MBNを投与された人間の強い感情が不可欠である。それが強い負の感情であればあるほど、重人としての形を得た時により強力になっていくのだ。それを知っているからだろう、欧田は人の感情を読み取る事を得意とするようになっていた。


「そうだとしたらどうする?」


「お、俺を……俺に力をくれ!俺は、炎上野郎…いや、ファイアカロリーとかいう奴の正体を知っている。俺はあいつに負けたくない……!どんな化け物でも、あいつより強い力が欲しいんだ!」


 (炎上野郎が俺達に歯向かうようになったのは、きっとあの力を手に入れたからだったんだ。あんな化け物と戦う力があれば、アイツは俺達にいつでもやり返せる……それをしなかったのは、俺達を力で傷つけるつもりがなかったから。あれだけ痛めつけてきた俺達を気遣って、手加減していやがった…!許せない、あんな炎上野郎なんかに見下されてたまるか!)


 その大翔の言葉には、欧田の想像を遥かに超えたどす黒い闇を抱えているようだった。大翔にとって、丈太は全てにおいて劣った格下の存在である。だが、実際にはいつでも大翔達を捻じ伏せるだけの力を持っていたのに、そうしなかったのだ。そんな丈太の、人を傷つけたくない優しさが、大翔にとってはどうしようもなく屈辱的に感じられたのだろう。今まで多くの人間を見下し、いじめてきた自分は、他人より優秀な上位者である。その自信を砕かれた事が許せない……大翔の逆恨みは、生まれて初めての劣等感となって、丈太への強い憎しみへと変わっていた。




「ファイアカロリーの正体と因縁を持つ少年……さて、どんな姿と力を持つか、楽しみだな」


 欧田はそう呟き、培養カプセルの中で浮かぶ大翔を見て笑みを浮かべている。丈太にとって、最大の因縁を持つ敵が、ここに生まれようとしていた。

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