第43話 動乱!揺れる者達

「う~~~む……」


 栄博士の研究室、手術台に寝かされた丈太の隣で、栄博士は様々なデータを眺めて唸っていた。


 アイスカロリーの登場により、炎耐性を持つ強敵、パイナップル重人を撃破した丈太だったが、その身体に起こった異変は博士の想定を大きく超えるものであったらしい。戦闘後、すぐに丈太は藍の手を借りて博士の家に移動してきた。その後、藍は自宅に連絡して迎えに来てもらい、既に帰宅している。

 丈太は頭を抱えている栄博士の様子に気掛かりを覚え、恐る恐る結果を確認しようとしていた。

 

「な、何だよ博士……俺、そんなにヤバイ状態なの?」


「いや、君の身体に健康上の問題はない。あの変異についても、このデータからおおよその見当はついた。簡単に言えば、君の体内に投与された生体ナノマシンが、異常に自己増殖しておる」


「へ?」


「生体ナノマシンは、元々有機化合物から出来たものじゃから、僅かだが自己増殖を行う可能性は秘めておる。しかし、儂はこれほど大量に増殖するとは思っておらなんだ。…じゃが、これはMBNの持つ特性と同じものじゃな。両者は元が同じものじゃから、当然と言えば当然か」


 博士曰く、MBNは生体ナノマシンを改良して作られたものらしいので、ある程度の同一性があるのはおかしい事ではないだろう。ただ、MBNと言えば、あのおかしな重人達の力の源である。以前、丈太は自分も重人達のようにおかしな存在に変わってしまうのでは?と疑問を抱いた事があったが、その可能性が否定できなくなってきた気がする。


「それ大丈夫なの?!俺、あんな重人みたいになりたくないんだけど!」


「それはない……と言いたいが、ゼロではないかもしれんな。あの時、君が変異した姿…儂はアレをバニシング・フォームと名付けたが、アレはまさに、重人の変身システムと同じものじゃろうからな」


「バニシング・フォーム……」


「直訳すると消失形態という事じゃよ。ファイアカロリー本来の姿から遠ざかった姿という意味でな。本来、君が変身した姿は、儂が遺伝子にデザインしたものを君の体表の皮膚が変化して、その形へと変化したものじゃ。じゃから、その形が変わる事はあり得ないんじゃ」


「え、でも、あの時の俺は何かちょっと違う姿だったって、牛圓さんが……」


「うむ。それが事実であるならば、答えは一つしかないじゃろう。君の体内で増殖した生体ナノマシンが、遺伝子情報をトレースして君の身体を覆い、鎧のように身に纏ったんじゃ。にわかには信じ難い話じゃが…まぁ、重人の変身プロセスはまさにそれじゃからな。恐らく間違いではないはずじゃ。何故そうなったのか……という答えは全く解らんがな」


 栄博士はそう言って、目頭を押さえて唸ってしまった。彼は70代前半の立派(?)な後期高齢者である。数式と追いかけっこをするのは流石に疲れるのだろう。だが、彼の頭を悩ませているのはそれだけではなさそうだ。

 解らない、と言えば、研究室の隣の部屋で正座をしてのんびりお茶を啜っている少女の事もである。涼しい顔でさも当然のように座っているが、何故彼女がここに居るのかもさっぱり解らないままだ。


 丈太と栄博士は、顔を見合わせた後、少女の元へ向かった。なし崩し的に受け入れてしまったが、こちらも解決せねばならない話である。

 

「あー……遠路はるばるようこそ、というべきかの。お茶のおかわりはいるかね?」


「ありがとうございます、ドクター。出来れば、もう少し糖分のあるものをお願いできますか?私も、脂肪を蓄えねばなりませんので」


「脂肪を……って、じゃあ、やっぱり君がアイスカロリー…なのか?」


「だから、先程もそう言ったでしょう。私の名は三依ミヨリ・アイーダ・氷上ヒカミ米軍よねぐん所属の軍人です、と」


「いや、そうなんだけど…俺と大して歳が変わらなさそうだし、とても軍人には見えなくて……」


 そう、目の前にいるこの少女こそ、先程丈太を救い、パイナップル重人を倒したアイスカロリー本人である。体型はスレンダーで、ショートボブに整えられた黒い髪と、ややキツイ目をした冷たい印象は、確かに氷の戦士に相応しいものかもしれない。しかし、この少女が丈太のように丸々と太る姿はどうにも想像がつかない。それを言うなら丈太も、変身後にはスリムになるので普段の姿とは結び付かないのだが。

 

「私はあなたのような二級品とは物が違います。栄えある米軍ヨネぐんの技術の粋を集めて改造された完璧な戦士パーフェクトソルジャー。それがアイスカロリーなのですから」


「に、二級品って……」


 ずいぶんな言われようだが、ファイアカロリーでは全く歯が立たなかったパイナップル重人を、いとも容易く撃破した腕前を見れば強くは出られない。あくまで特性の問題ではあるのだが、結果を残したのはアイスカロリーの方である。

 丈太が苦い顔をして黙ってしまうと、今度は栄博士が口を開いた。


「しかし、何故君が……米軍は儂の提案したファイアカロリーとアイスカロリーの製造よりも、レッドマンの量産を選んだのではなかったか?」


「レッドマンって、ファイアカロリーを量産型にしたやつだっけ?」


「うむ。前にも話したと思うが、ファイアカロリーやアイスカロリーは戦闘能力こそ高いが、その力を十全に発揮するにはかなりの訓練を必要とする。それと、実際に変身する候補者の適正も必要じゃ。米軍の上層部が欲しがったのは、肥満化して戦力の落ちた兵士の活用法じゃったからな。簡単バトルシステムも無しの初期プランでは好まれるはずもなかったはずじゃ。それが一体、何故……」


 栄博士の問いかけに、三依は鞄から一枚の封筒を取り出し、それを机の上に差し出した。英語で宛名などが書いてあるようで、丈太には読めそうにない。


「それに関しては、こちらを。私の上司であるトマス大佐カーネルからです」


「なんと、トマスから!?あやつ大佐とは出世したのう……どれどれ」


 栄博士は一気に懐かしそうな顔をして、その手紙を封を切って中身を読み始めた。初めは機嫌が良さそうだったが、徐々に眉間にしわが寄り始め、博士の顔色が青褪めていく。その百面相のような変わり具合に、隣にいた丈太が思わず不安になるほどだ。

 そして、全てを読み終えた栄博士は、しばらく放心状態のようになった後、小さく呟いた。


「……まさか、そんな事が…」


「は、博士、大丈夫…?どうしたんだよ。一体、何が書いてあったのさ!?」

 

「……近く、米軍から迎えが来る予定です。私が日本へ来たのは、それまでの間ドクターを護衛し、同時に日本にあるというハイカロリーの基地を叩く為でもあります。そう言う訳ですので、ご厄介になりますね」


 博士がショックを受けた理由を知っているであろう三依は、静かに頭を下げてそう言った。蚊帳の外に置かれた丈太だったが、近く訪れる嵐の予感に、胸をざわつかせるのだった。

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