第42話 氷結!氷の戦士アイスカロリー

 その重人は、頭がそのまんまパイナップルそのものである。今までの重人達と同様に、モチーフの食材に目玉が付いているのは不気味だが、それ以外におかしなところはない。強いて言うならば、パイナップルらしく全身がトゲトゲした皮の鎧で覆われていることだ。

 だが、通信でその名を聞いていた栄博士は、その重人の恐ろしさを知っている。その証拠に、パイナップル重人の名を聞いた途端、非常に焦りを見せ始めたのだ。


「何…?今何と言った?パイナップル重人じゃと……!?マズい、丈太君…いや、ファイアカロリー!逃げろ!そいつとだけは戦ってはならん!聞いておるのか?!おい!」


 しかし、ファイアカロリーはその通信を完全に無視していた。エネルギー切れを心配する様子もなく、新たに現れたパイナップル重人を標的として、そちらに視線を向けていた。


「敵……重人は、倒す…!」


「プルルル…!お前に出来るかな?」


 完全に狂戦士化してしまっているファイアカロリーは、そんなパイナップル重人の挑発にいとも容易く乗ってしまう。身動きをする度に、小さな炎を巻き起こしながら、ファイアカロリーは一気にパイナップル重人へ飛び掛かっていった。


「くそぅ!儂の声が聞こえておらんのか…!?しかし、まさか……連中がパイナップル重人を生み出すとは…いずれ現れるやもしれんと思っておったが……恐ろしい事が現実となってしまった。このままでは、ファイアカロリーは勝てん…!」


 炎を纏ったファイアカロリーの拳がパイナップル重人の顔面を捉える。その威力は凄まじく、轟音と共に離れた植え込みで隠れている藍の体までが揺さぶられるほどの衝撃だ。しかし……


「っ!?」


「プルルルル…!どうした?その程度か!」


 パイナップル重人は全くダメージを受けていなかった。それどころか、ファイアカロリーの攻撃に対して一歩も退くことなく反撃してみせたのだ。ファイアカロリーはそれを素早く躱したかに見えたが、かすった胸は大きく裂け、血飛沫が舞った。


「プルルルル!」


「くっ…!」


「せ、先輩…っ!?」


 パイナップル重人の手には、その身体同様に鋭い棘が生えている。どうやらそれがかすって、ファイアカロリーの強化皮膚装甲を切り裂いたらしい。ファイアカロリーは手傷に怯む事無く、続けて攻撃を仕掛けていった。


 右ストレートから、間髪入れずに左の拳を入れ、そこから一回転して右の後ろ回し蹴り。どれもが赤い炎を纏う強力無比な攻撃である。しかしそれらを、パイナップル重人は巧みに防御し、時にはまともに食らいながらも全くダメージを受けているようには見えなかった。そして再び、パイナップル重人の反撃が放たれ、今度はファイアカロリーのボディを完全に捉えていた。


「ぐあっ!?」


「プルルルル!死ねぃっ!」


 鳩尾に近い場所に打ち込まれた為に、一瞬、身体をくの字に曲げてファイアカロリーの動きが止まる。すかさずトドメを刺さんと、ファイアカロリーの下がった頭にパイナップル重人は両手を合わせ組んだ、ダブルスレッジハンマーを繰り出してきた。


「ちぃっ!」


 それが命中する寸前、ファイアカロリーはそのまま逆立ちの要領で手を地面につけ、身体を一直線に伸ばしてその一撃を躱した。その体勢から両足の踵をパイナップル重人の背中に落とすと、そこを基点にして身体を回転させ、パイナップル重人を乗り越えて背後に飛び降りた。息を呑む曲芸のような戦いだが、ファイアカロリーとて完全に攻撃を躱せた訳ではない。その証拠に背中から首の後ろにかけて、パイナップル重人の棘によって、ざっくりと切り裂かれてしまっている。


「プル……器用な真似をする!」


「……次こそ、倒す!」


「ふふ、やるな、ファイアカロリー。しかし、パイナップル重人は貴様の天敵だ。どこまで耐えられるかな?」


 藍とは逆の離れた場所から、欧田華麗は戦いを見守り、笑っている。その表情からは、恐ろしいまでの自信と余裕が見て取れた。


 何故、ここまでパイナップル重人がファイアカロリーの攻撃を受けても無事なのか?その秘密は、モチーフとなっているパイナップルという植物の能力にある。


 つい数か月前の事だが、ネット上にとある動画がアップされ一躍話題となっていた時期がある。その動画とは、一千度に熱した鉄球をパイナップルの皮に押し付けても、パイナップルの皮が燃えないという実験動画であった。その後、その動画に触発された人々が、パイナップルの皮で作った盾を使って、火炎放射器の炎さえ防いだりもしている。

 どうしてパイナップルがここまで火炎に強いのかは諸説あるようだが、生のパイナップルが非常に優れた耐燃性を持っている事は間違いないようだ。ここに居るパイナップル重人は文字通り生きたパイナップルそのものであり、ファイアカロリーが持つ炎属性の攻撃を完全にシャットアウトしているのだ。

 栄博士はその動画を見た事があった為、パイナップル重人と聞いた時点で、ファイアカロリーが苦戦することを予見していたのである。


「我々の重人達がMBNによって覚醒する時、何がモチーフになるかは様々だ。大抵は、その心の奥底に眠っている思想や信条……もっと言えば、趣味嗜好に合わせて形態が決まるが、今までパイナップルをモチーフとして覚醒した奴はいなかった。ククク、奴こそファイアカロリー撃退に最も適した戦士という訳だ。出来れば生かして捕らえたい所だがな」


 欧田が一人勝ち誇り、不敵に笑う。ファイアカロリー最大の武器である炎と熱が通じない以上、ファイアカロリーに勝ち目がないのは当然だろう。ましてや、今のファイアカロリーは正気を失い、前のめりに戦うだけの狂戦士バーサーカーになってしまっている。これでは撤退はおろか、策を練ることさえ不可能だ。全てがファイアカロリーを詰ませるに足る、最悪の形で状況が揃いつつあった。


「おおおっ!」


「プルルルルルルッ!無駄だ無駄だっ!」


 ファイアカロリーは狂戦士となりながらも、身に沁みついた戦闘技術だけは忘れていないようだ。自身の攻撃が通用しないことを踏まえ、より強力な一撃に賭けることを選択したようだ。

 そもそも、炎堂流は古流武術である為、基本的に現代格闘技のようなフットワークを重視しない戦法が主流である。小刻みにステップを踏み、大味な一撃必殺ではなくコンビネーションで確実に相手の隙をつき、ダメージを蓄積させていく…それが現代の総合格闘技の基本だ。しかし、炎堂流の場合は全く逆で、彼らには彼らなりのフットワークがあるものの、基本的には静と動をはっきりと分けて戦うのが持ち味なのだ。

 

 ファイアカロリーは構えを取り、今度は拳ではなく廻し蹴りでパイナップル重人の顔面を狙った。実の所、特にファイアカロリーにとって、拳よりも足技の方が威力の高い傾向にある。それは単純に、足腰の筋肉量が上半身よりも多いからだ。彼は普段からあまり鍛えているわけではないのだが、自らの重さによって足腰は上半身よりも自然と鍛えられている。筋トレでは自重による加圧は基本的な要素であるが、日常生活においてもそれは同じだ。常時、百kg以上の体重を維持しているファイアカロリーは、普通に生活しているだけでも、常人よりも足腰に負荷がかかって鍛えられているのだ。


「プルッ!?」


 まるで顔面が弾けとんだかのような衝撃がパイナップル重人を襲い、僅かにパイナップル重人は怯んだように見えた。その隙を逃すまいと、すかさず軸足を変えずに蹴り上げた。顎を蹴り上げられたパイナップル重人の身体が少しだけ浮き上がり、更なる隙が生じる。すると、そこから間髪入れず軸足を変えて、今度は左の後ろ回し蹴りへと移行した。流れるような連続の蹴り技だ。それは見事にパイナップル重人の胸骨に命中し、パイナップル重人を吹き飛ばす。


 誰もがファイアカロリーの勝利を確信したが、その猛攻も有効打にはなっていなかった。逆に膝をついたのは、ファイアカロリーの方だったからだ。


「ううっ……!」


 ――FATエネルギー、出力低下。エネルギーが残り僅かです。変身を解除するか、至急栄養の補給を行って下さい。


 AIの警告音声が響き、ファイアカロリーの身体が元の姿に戻っていく。狂戦士化したおかげなのか、これまでのファイアカロリーとは比べ物にならないほどエネルギー消費が改善されていたとはいえ、既にココナッツ重人を倒す為、ファイアカロリーは二つの必殺技を放っている。普段であれば、それだけでエネルギーが危険水域に陥る所であって、ここまで戦えた事が奇跡に等しいのだ。今は何とか変身状態を維持できているが、警告の通りなら、数分ともたずに変身が解除されてしまうだろう。


「プルルルル……やってくれたなぁ!炎や熱を抜きにした単純なパワーだけで押し込んでくるとは……だが、ここまでだ。やはりお前はここで死ぬのだ!」


「く、くそ……もう、力が……こうなったら牛圓さんだけでも、逃がさないと…」


「ファイアカロリー!君こそ逃げろ、このままではやられてしまうぞ!」


 栄博士の通信がファイアカロリーの耳に響くが、既に逃げるだけの力は残っていない。それでも何とか囮になれば、藍を逃がすくらいの時間は作れる…そう覚悟した時だった。


「情けない。この程度の重人に苦戦するなんて……やっぱり、平和ボケした日本人じゃハイカロリーは倒せないわね」


「プル!だ、誰だ!?」


 どこからともなく女の声がして、皆一斉にその声の主を探す。だがその間に、季節外れの冷たい風が吹き始め、それはやがて極小の嵐となってパイナップル重人を襲った。


「プルルッ!?寒い…こ、凍るっ……これは、一体…!?」


「なっ……あ、あれは!?」


 ファイアカロリーが見上げた先、バスターミナルの二階通路部分に、ファイアカロリーによく似た青いスーツの人物が立っていた。よく見れば細かいデザインが違っていて、別人である事は明らかだ。その人物は氷で出来た杖を持ち、それを振るうと嵐は氷を交えた氷嵐へと変化してパイナップル重人が完全に凍り付いて爆散した。


「ギャアアアアッ!フロォーズーーンッ!!」


「……あっけない。でも、最強のダイエット戦士である私にかかれば、こんなものね。全ての命は凍るもの…凍てつく風は全てを無に帰す。当然の結果だわ」


 青いスーツの人物は、そう呟きながらファイアカロリーの前に降り立った。そして、その杖をファイアカロリーの眼前に突き付けた。


「き、君は……」


「私はヨネ特殊部隊スペシャルフォース所属、通称アイアンベレー隊員の一人。コードネームはアイスカロリーよ。覚えておきなさい、未熟なダイエット戦士さん」


「あ、アイス…カロリー……?」


 こうして、ファイアカロリーとは真逆の力を持つ氷の戦士が、ヨネリカからやってきた。それは、まさしくハイカロリーとの決戦が近い事を十分に予感させるものであった。

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