第13話 脅威の男

「儂が開発したのは、君の身体に投入した生体ナノマシンと、それを管理するシステム…通称『ビリー』じゃ。君が体験した通り、生体ナノマシンは人間の体脂肪を動力としてそれを燃焼させ、より大きなエネルギーを生み出す事ができる。それによって、運動不足の人らが運動しやすいようサポートするのがビリーだったんじゃよ」


「へぇ……あれ?でも、ヨネリカの人達って、まだまだ割と太ってる人多いよね?」


「その通りじゃ。儂が開発したそのシステムに、真っ先に目をつけたのは、他ならぬ米軍ヨネぐんの関係者だったんじゃよ。国民が総肥満化しておると言う事は、世界一の軍事力を誇る米軍ヨネぐんの兵士達も肥満化しておると言う事じゃからな。彼らは儂の研究へ資金提供などの協力をする見返りとして、技術を一般化する前にとある計画への技術提供を持ち掛けてきた。それが、生体ナノマシンによる強化兵士量産計画……『プラン・カロリーベース』じゃ」


「プラン・カロリーベース……」


 俄かには信じ難いその計画に、丈太は思わず息を呑んだ。言われてみれば、ファイアカロリーとなった丈太の力は常人のそれを大きく上回るものであった。そんな力を軍隊が放っておくとは思えない。確かに太っている事が強い力を生むのなら、それは渡りに船と言うべきものだろう。


「……ってことは、ヨネリカには俺みたいなファイアカロリーがたくさんいるってこと?」


「いや、儂が設計し、軍に提案したファイアカロリーは彼らが想定していた強化計画にはそぐわなかったようでな、彼らはレッドマンと独自に名付けた強化兵士を作っておった。米軍ヨネぐんにしてみれば、兵士個人がファイアカロリーほどの力を手にすると、上層部がコントロールしきれなくなると考えたらしい。それに、ファイアカロリーの力は凄まじい反面、それを最大限に活用するには長期間の訓練が必要になるし、兵士個人の力量によって大きく性能が異なってしまう。軍隊というのはそう言った不安定なものを嫌うんじゃよ。……まぁ、それには儂も一理あると考えて作ったのが、かんたんバトルシステムだったんじゃがな」


「ああ、あの格ゲーから丸パクリの…」


 結局、博士が用意した技は一度も使用していないが、コマンドとワードで自ら技を作れるというのは、遊び心をくすぐるとてもいいシステムだと丈太は思う。ゲーマーである丈太は、新たな技を考えてみようかなと漠然と考えているようだ。


「レッドマンはあくまで身体能力の向上のみに力を絞った強化兵士じゃからな、通常の兵士と同じように運用できるし、特別な訓練もいらんのじゃよ。そうして、レッドマンの量産が始まった頃と時を同じくして、奴らが現れたんじゃ」


「奴ら…って、そうか、それがハイカロリーか」


「そうじゃ、やはり人類の総肥満化を目論むと言ってな。ハイカロリーの全貌は儂にも解らんが、奴らの兵士である重人達はどういう訳か、儂の作った生体ナノマシンに酷似した技術を使って改造されておる。儂はあれを悪性生体ナノマシンと呼んでおるのじゃが…長いのでMBNと言い直そうかの。これまでの調べでは、MBNは人体に投与すると、投与された人間の生命力を吸収して爆発的に増殖する事が解っておる。そうして増殖したMBNは全身を覆い尽くし、その人間の精神にもっとも近い形へと安定していく性質を持っておるようじゃ」


「その人の精神に……そうか、思い出したぞ。あのウシ重人を倒した後に出てきた人、どこかで見た事あると思ったんだ、確か商店街にある肉屋のおじさんだった!」


「うむ、それと一昨日、君が最初に戦ったマグロ重人とやらは、どうやら寿司職人だったようじゃな。少し気になって調べてみに所、彼は一ヵ月ほど前に同僚と口論の末、刺傷事件を起こして指名手配されておった。それで自棄になって覚醒剤に手を染め、通り魔事件を起こして、ハイカロリーに目をつけられたんじゃろう。ヨネリカで見たデータでは、重人の素体になるのは犯罪者であるパターンが非常に多かったからな。恐らく、負の感情を溜め込んでいる人間ほどMBNが適合しやすいのじゃろう」


 むむ…と丈太は思わず唸ってしまった。確かに、ウシ重人となっていた肉屋のおじさんは、戦いの最中で安い惣菜ばかりが売れることに憤っていたようだった。しかし、その程度の鬱憤が重人にされるきっかけになるのなら、多くの人々が利用されてもおかしくないだろう。事実、マグロ重人と戦って翌日にはウシ重人が現れたのだ、それは即ち、ハイカロリーという組織の魔の手が、日常のすぐ傍まで迫っている事を示している。


「丈太君、安心したまえ。例えどんな重人が来ようとも、君の力があれば何も心配いらん!ファイアカロリーは儂が心血を注いで作り上げた無敵のヒーローじゃからな、ハッハッハ!」


 栄博士の高笑いと同時に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。話し込んで昼食を終えていなかった丈太は、慌てて手近なパンを口に放り込み、紙パックのミルクコーヒーで流し込もうとした。

 

「ぶはっ!?な、なんだこのパニーニ…か、辛くて苦いっ!そんでもって煎餅みたいに堅いぞ!?…マッズ!」


「それは本当にパンなのかのう……?」


 悶絶する丈太を、栄博士は心配そうに画面の向こうから見つめている。そんな中、丈太はその苦しみから逃れるように、未だ正体の解らないハイカロリーという組織について考え現実逃避を測るのだった。


(ハイカロリー……一体、どんな奴らなんだ?ああ、それにしてもマズい、ちっともマズさから逃げられない。ちくしょう、絶対もうあのパン屋で買い物しないぞっ!)







 ――その頃、日本のどこか、とある大きなビルの内部にて。


 ビル内のフロアを一つ、丸々ぶち抜いて作ったような広すぎる部屋の中で、一人の若い男がティータイムを楽しんでいる。豪奢な一人掛けの椅子と美しい彫刻が施されたテーブルの上には、いちごのショートケーキと紅茶のセットが置かれ、男は鼻歌混じりにそのケーキを味わっていた。その傍らには、それらを用意した給仕役ギャルソンの老人が立ち、室内の両脇にはメイドや執事の恰好をした老若男女を問わない人々が整列している。


「ンッン~♪ん~む……いい味だ。クリームも滑らかで、甘さもちょうど良い。良いミルクと上質な砂糖を使っているな」


「は、国内の牧場でストレスなく育った乳牛から取れる、厳選された最高級の一番搾りミルクと、皇室にも献上された最上級の和三盆を贅沢に使いました」

 

 若い男は、食べているケーキに負けぬほどの純白のスーツに全身を包んでおり、コーディネートのワンポイントを飾る真っ赤なネクタイは、まるでケーキに乗せられたイチゴのようである。ケーキのような装いをした男がいちごのショートケーキを食べる様は、どこか滑稽だ。

 上機嫌な若い男は、そのままケーキの上に乗ったいちごをフォークに刺して口に運ぶと、カッと目を見開いて急に顔をしかめ、そのいちごを床に吐き出した。


「なんだこのイチゴは!?酸味が強すぎる…!いつも言っているだろう?!私は糖度15以下のものは食べぬと!」

 

「も、申し訳ございません!新しいパティシエが、甘さと酸味のバランスを取りたいと申しておりまして……!」


「ええい、黙れ!そのパティシエはクビだ!二度と私の食事に…いや、金輪際、菓子作りに関わらせるな!業界から追放しろ!」


「は、ははっ!」


 苛烈すぎる沙汰を言い渡し、若い男はナプキンで口を拭う。彼の名は甘味飽食かんみほうしょく、数多くの有名スイーツ店を経営し、日本の菓子業界において絶大な影響力を誇る業界の若き風雲児であり、全人類を肥満化せんとする悪の組織『ハイカロリー』の日本における総統括指揮官…つまり、首領である。

 余談だが、日本国内で流通している一般的ないちごは糖度が13程度であり、15を超える品種はごく僅かしか存在しない。それだけでも、この甘味飽食という男がどれだけ無茶な事を言っているのかがお解り頂けるだろう。彼は、規格外の偏食家なのだ。


「忌々しい……!おい、アレを持て!」


 飽食がそう言い付けると、壁際に整列していた人達の中から、すかさず一人のメイドが近寄ってきて、ピンク色の液体を彼の口内に含ませた。


「むぅ……甘いな、は。やはり、イライラした時はこれに限るわ。落ち着いてきたぞ、下がってよい」


 ニトロ、というのはあの爆薬で有名なニトログリセリンである。狭心症や心臓喘息の特効薬としても使用されるニトログリセリンは、化学物質であるが、非常に甘みを持つ物質としても知られている。飽食は、それを普段から常飲するという恐るべき甘味偏執狂であった。

 ニトロを摂取した飽食は、メイドを下がらせるとふーっと深く息を吐き、座ったまま窓の外を眺めた。そして、再びケーキに手を伸ばして甘いクリームを味わっている。


「我らハイカロリーの悲願、全人類肥満化計画……必ず実現してみせよう。その為にはもっと重人を量産せねば、な。…ギャルソン!」


「は!」


「次の素体には先程のパティシエを使え。管理者はに任せる」

 

「ははっ!仰せの通りに!」

 

 給仕役ギャルソンとして側にいた老人が頭を下げ、部屋を後にする。それに続いて、室内にいたメイドや執事達も次々に退室し、フロアは飽食一人きりになっていた。丈太達が戦う組織ハイカロリーは、こうして暗躍を続けていくのだった。

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