第25話 両雄!名前を言ってはいけない奴ら

「はぁっ!はぁっ!や、やっと…着いた…!」


 ショッピングモールの手前で、丈太は息を切らしてしゃがみ込んでいた。明香里から話を聞きつけ、嫌な予感が頭から離れずにここまできたが、本来、丈太は走るのが大の苦手である。ファイアカロリーに変身した状態なら話は別だが、普段の丈太は体重百キロを超える力士体型なのだ。加えて博士に神経バランスを治してもらうまで運動をしてこなかったこともあり、走るのは特に向いていない。


 それでも何とか辿り着いたショッピングモールでは、確かに入口付近で何かを配っているようだった。


「はい!いらっしゃいお客さん!こちらね!なんとね!一部地域のでしか採れない幻のタケノコでね!普通のタケノコと違って秋の今ぐらいの時期が旬なんですよ~!凄いでしょ!?今日はね!サービスだからね!無料でお配りしてるんですよ~!ほらほら!持ってっちゃってくださいね!」


 何とも癖のある喋り方をする角刈り頭の男は、微妙に訛ったイントネーションで両手にタケノコを持ち、店から出ていく人々にタケノコを配っている。日焼けした肌と、スーツの上からでも解るほどに鍛え上げられた肉体は只者ではなさそうだ。

 一方、その隣には、角刈り男とは対照的な色白で気の弱そうな眼鏡をかけた男が立っていて、両手にキノコを持ってやはり道行く人に配っているようだ。何というか、かの有名な妖怪漫画のサラリーマンが、そのまま現実に出てきたような出で立ちである。


「いらっしゃいませ…こちらのキノコはね…キノコの産地としてとても有名な地方のでしか採れない高級キノコなんですよ…香りはトリュフやマツタケより豊潤でね…味は本シメジの上を行く甘い濃厚なキノコ出汁が自慢ですよ…無料でお配りしてますからね…どうぞ…」


「な、なんだろあの人達……すっごく癖が強いな」


 遠目からではあるが、二人がそれぞれ手にしているのは、明香里が買い物袋に入れていたキノコとタケノコのようだ。丈太は二人にはそれ以上近寄らず、じっと物陰からその様子を観察してみたものの、どうにも確証が掴めない。?というのは、今の所、あくまで丈太の勘でしかないのだ。


「なぁ、博士どう思う……?って、ああ、そうか。博士は明香里さん達と晩御飯を食べに行ってるんだよな。俺が自分で判断するしかないか……でもなぁ」


 この所、何となくハイカロリーの重人達のノリに慣れてきた所ではあるが、だからといって変身前の重人の正体を見抜くことなど丈太には不可能だ。せめて、彼らが普通ではない証拠を掴めれば……そう思う丈太の表情には焦りの色が浮かんでいる。


「なんていうか、取り合わせが色々と危険なんだよな。しかも、とかとか…何かを連想させる気満々のワードだし……マジで商品名をバカにしたら洒落にならないよ。それでなくてもあの界隈物騒だしさ。何とは言わないけど」


 丈太の言葉を補足するなら、物騒なのは商品ではなく、それらを熱狂的に支持する者達の諍いである。常に日本随一の論争を巻き起こして止まない彼らを敵に回すのは、暴挙に等しい行為だ。そう言う訳で、丈太は独り言を呟くほどの名を出す事を恐れているのである。

 しかし、このままいつまでも悩んでいても、状況は変わらないだろう。栄博士が戻って来るのを待っていたら、今度は丈太が家に帰れなくなる。門限が設定されているのではないのだが、あまり帰りが遅くなってそれがあの父の耳に入れば、やっとの思いで勝ち取った外出許可が打ち切られる可能性すらあるのだ。


 色々と考えあぐねいだ結果、丈太は真正面から、彼らの懐へ飛び込む事に決めた。


「おや!いらっしゃいませ!高校生のお客さんですか!?今!無料のサービスをね!行ってるんですよね!さぁさぁ!これを持って帰ってお家の人に調理してもらって下さいね!」


「……はい」


 手渡されたタケノコはとても立派で、ずっしりとした重みを感じる逸品だ。ほんのりと竹の匂いがしているが、青臭い感じはせず、美味しそうだなと思えてくるほどだった。丈太は覚悟を決めて、その場でタケノコの皮を剥ぐと、勢いよくそのテッペンに齧りつく。


「あっ!?お、お客さんね!?何をしてるんだね!?」


「うっ……!?」


 そのタケノコを噛んだ瞬間、口の中一杯にあり得ない程のタケノコの旨味が溢れ出していた。茹でてもしていないのに、えぐみは一切無く、硬すぎず柔らかすぎない絶妙な食感でシャクシャクと音を立てている。これが本物のタケノコなら、美味いぞー!と口からビームを放ちそうなほどの美味しさだ。しかし、その次に襲ってきたのは、何か異質なものが体内に入ろうとする猛烈な違和感だった。それを排除しようと、丈太の中の生体ナノマシンが発熱しているのが手に取る様に解った。


 (や、やっぱり…思った通りだ!MBNってのと、博士の生体ナノマシンは反発してる!あのカニやステーキと一緒で、これはMBNがタケノコの形をしてるだけの偽物だ!)


 丈太は咄嗟に口を抑え、ショッピングモールの物陰にある路地へ入り込んだ。そして、その場でタケノコを吐き出し、いつものように変身する。


「よぉし、バーニングアップ!変身!」


 ――体脂肪率88%。FATエネルギー、チャージ完了。


 いつものように両足を揃えて立ち、右手を腰の位置に置いて、左手で∞のマークを描く……路地から赤い光が漏れ、丈太は燃える炎の戦士、ファイアカロリーへと変身した。


「なんだったんだろうね!?あのお客さんはね!まぁいいかね!ああ!今度は小さい坊やだね!さぁ!タケノコ持って帰ってね!」


「え?僕タケノコもキノコも嫌いだからいらない……お野菜はいらないよぉ~~!」


「な!?なんなんだね!このお子様は!?好き嫌いはね!許されないんだよね!竹林に埋めちゃおうかね!」

 

「待てぇ!」


「な…何奴…?」


「俺の力は正義の炎!脂肪と糖が明日への活力!燃やせ、命動かす無限のカロリー!俺は炎のダイエット戦士ファイター……ファイアカロリー、見参!幼気な子供を竹林に埋めようなどと言う悪逆非道な物言いと、タケノコやキノコにみせかけた危険物を捌く悪の重人め!例え普通の人を装って太陽の炎を欺いても、俺の真実の炎は見逃さないぞ!覚悟しろ!」


 ショッピングモールの向かいに立つ家屋の屋根から、ファイアカロリーが名乗りを上げる。それを目の当たりにした全員が唖然としていると、タケノコを配っていた角刈りの男が声を荒げた。


「何を言うんだね!そういうのを言いがかりと言うんだよね!営業妨害で訴えてもいいんだよね!どこにそんな証拠があるんだね!?」


「証拠は、これだぁっ!」


 ファイアカロリーが手にしていたのは、先程かじったタケノコの残りである。それを真上に放り投げると、スーパーカロリーバーナーでタケノコを燃やしてみせた。すると、そのタケノコは見る間に燃え上がって蠢く何かに変わり、さらにどろどろとした炭とも泥ともつかない物質に変化し、やがて消滅していった。


「なっ!?」


 (…やっぱり、博士が言ってた通りだ。ファイアカロリーの熱エネルギーは悪性生体ナノマシンを焼き尽くすことが出来るんだって!)


 それこそ、ファイアカロリーがハイカロリーの重人達と渡り合える最大の理由である。


 ファイアカロリーのエネルギー源であるFATエネルギーは非常に激しい熱量を生み出すが、そうして発生した熱にはMBN……悪性生体ナノマシンに対する特効と言うべき副次効果をもたらすことが解っている。つまり、FATエネルギーによって発生した熱は、MBNを効果的に焼き尽くす力があるのだ。


 そもそも、ハイカロリーの重人達が持つMBNは、その恐るべき増殖力により、通常の兵器でダメージを受けても驚異的なスピードで再生してそれを修復してしまう。しかし、FATエネルギーはその増殖能力を大きく損なわせる事が出来るようだ。栄博士の見立てでは、MBNは何らかの手段で生体ナノマシンを改良したものであるが故に、本来の姿である生体ナノマシンに弱いのではないかと推察していた。

 最初に丈太が齧ったタケノコが、口の中で異常な感覚を与えたのもそれが理由だ。たった今燃えたタケノコのように、生体ナノマシンの熱によって、タケノコ型に変異していたMBNが元の形に戻ったのである。


「見ろ!普通のタケノコは火にかけたからってこんな風にはならないぞ!皆、このタケノコを食べてはいけない!」


 そんなファイアカロリーの言葉を聞くと、角刈りの男と眼鏡の男の様子が変わった。


「バーンバンバンブー!まさか、見破られるとはね!仕方ない!ここは力づくでいくしかないねぇ!」


「ポポポポポ…あのまま騙されていれば幸せだったものを…」


 そう言うと、男達の姿がみるみるうちに蠢いて変化し、タケノコ頭に青竹の鎧を纏ったような重人と、人間サイズの巨大なエリンギのような姿の重人が現れた。その変貌を目の当たりにした一般客は悲鳴を上げ、その場から我先に逃げていく。


「バーンブー!タケノコ重人様だねぇ!」


「スポア…キノコ重人様だぁ…」


「正体を現したな、重人め。…勝負だ!」


 こうして、大勢の人が見守る中でファイアカロリーと重人コンビによる二対一の戦いが幕を開けたのだった。

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