第41話


「これはどういうことだい?」

 空の頂点に輝く太陽が、先ほどよりもほんの少し地平に傾いた頃合い、訓練所のアリーナに訪れたのは中肉中背の男性であった。

 歳の頃合いならばおおよそ、二十代の中盤から後半に差し掛かる程度だろうか。カーリャはそれなりに長い付き合いなのに、この男の実年齢を知りはしなかった。興味もない。まだ、アリーナの隅で巣作りに頑張っている蟻んこの行く末の方がその三千億兆倍は気になる。

 軍支給のジャケットは、割と草臥れていた。落ちこぼれ師団の小隊長となるとやはり立場が低いので、官給品の再支給申請も出し辛いのだろう。現に同じ小隊長でも第一師団の隊長が着ている軍服は小奇麗だった。

 身長は、カーリャよりも上だが、カーリャは女性としての上背は割と平均的である。大抵の男性よりは背が低い。なので目の前の男が特別高いというわけではない。むしろ男性は男性で平均ともいえる上背だった。

 言い得るのならば特徴といった特徴もない男だった。魅力のない雑な茶髪、一丁前に眼鏡などかけている。硝子製品は、値が張るというのにブルジョアな。だが、そんな高価な代物とは真逆に男の身分が大したことのない男爵家の長男、ノーヴの爵位を持つ事ぐらいはカーリャも知っていた。

 ラファール=ノーヴ=イクシオン。

 毎日、いかにしてこの目の前の憎き小娘を鬼籍にぶち込むか考えている小物の小市民な事無かれ主義の小隊長である。厳密には二紡統小長というらしいが正直カーリャにはどうでもよかった。読み辛いし。

 一応、言っておくとカーリャの直属の上司である。宿敵と書いて上司と読む、という部類の上司である。

 いつも通り、天すら恐れない憮然なカーリャの態度、ラファールはそれを横目に心の中で目の前の小娘を百回八つ裂きにし、辺りを見渡す。

 そこには、先ほど以上に打ちのめされた第七師団第七小隊の面々がいた。全員、骨は折れていないが身体中が打撲だらけである。残念ながらひびぐらいは逝っているかもしれない。考える事もなく、全員がしばらくの間、再起不能で休養を余儀なくする必要がある程度には痛めつけられていた。

 ラファールは、こめかみに血管を浮かべながら目の前の小娘に聞いた。

「カーリャ=レベリオン。これはどういうことだね」

 カーリャは、一応敬礼をして答える。

「はっ。部隊の練度向上のために模擬戦をしていた次第であります」

「どうして、その模擬戦で大半が大怪我を負っているんだい?」

「はっ。私が打ちのめしたからであります」

「それに対して、なにか申し開きすることはあるかい?」

「はっ。練度向上のために、以後も継続して模擬戦を定期的に行う必要があると思います。模擬戦の相手は不肖ながらこの私が引き受けたいと思います。すべては王と国家と国民の為でございます」

「うん。そうかい。解ったよ。なにも解っていないことが良く解った。頼むから、いい加減に地獄に落ちてくれないか。カーリャ=レベリオン従一統騎士」

 何を怒っているのだろうか、この神経質な男は。ぶったるんでおる貴様の部下に稽古をつけてあげただけじゃないか。こんなの、可愛がりの中の小可愛がりぐらいである。私なんてよく師匠に野山で熊の群れに突っ込まされた。それに比べればかわいいものじゃないか、なあ眼鏡野郎とカーリャは思った。

 ラファールはひくついた笑顔で言葉を続ける。相変わらず神経質だなあと思いつつもカーリャは従順に上官の言葉を聞く事にした。

「とりあえず、始末書の提出は後でするように。犠牲者は三十七人だね。なら、三十七枚分の始末書を今日中に提出してね。隊員の医療費と休養中の損失については君の実家に請求しておくから」

「はあ。うちの実家はお金がないですが。万年子爵の清貧一家なんで」

「とりあえず、その癇に障る声を止めてくれると非常にうれしいかな。できればナイフか何かで喉笛を掻っ切って金輪際喋れなくなると非常に喜ばしく思うな。前向きに検討してくれると当方としてもとても助かる」

「そすか」

「うん。私が今、何を考えているか解るかな。如何に合法的に君を死地に送り込んで永遠の別れを体現できる方法を模索している最中だよ。解ったらその生意気な口を少しは修正してくれないだろうか」

「うす」

「殺すぞ。小娘」

 ラファールはカーリャとの会話に頭を抱え、指先で額を抑える。

「まあ、今は良い。実は君に賓客があってな。それで呼びに来たんだ。まさか、こんなことになっているとは思いもよらなかったが」

「賓客?」

「まったく。なんでなのか良く解らないが。なぜ、あのお方がこのような場末の小隊に、わざわざ君を訪ねに来るのか。まあ、おおよそは実家絡みだと思うがね。レベリオン家は身分こそ低いが、歴史と伝統は無駄にあるから、きっとそういう不思議なつながりもあるのだろうね。実際の事情は良く解らないし、詮索するつもりはないし、詮索するのも嫌だから。君に対する知識を無駄に蓄えるのは死んでも嫌だからあえて触れないようにするが、私の胃をこれ以上痙攣させたくなければ、至急、迅速についてきてくれると助かる。でなければ、ここで目の前の部下を一人、衝動的に斬り殺してしまいそうだからね」

 斬り殺されるのはお前だとカーリャは思ったが、大人なのであえてそこは口に出さなかった。

「斬り殺されるのはお前だ。ラファール小隊長。賓客とはどなたでしょうか?」

「また竜種の出現が報告されたら、いの一番で君を派遣してあげるよ。カーリャ=レベリオン。次は帰って来られないと良いな。賓客とは、我が国でも一番偉い方だよ」

「偉い方?」

「本来は、謁見する事すら叶わぬ方さ」

 そこで、ラファールは理解できぬと言った風に肩をすくめた。

「この国の宰相であられるグランク様だよ」


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