第17話


「ほら、言った通りじゃない。あんたは舐められるタイプなのよ」

 地に這いつくばった男の一人の顔面を軽く蹴り飛ばし踏みつけながら、カーリャはつまらなげに吐き捨てた。

「なにが、私は接客業をしているから任せろ、かしら。私がいなければ今頃、手籠めにされていたわよ。末代まで感謝する事ね。小娘」

「あ、ありがと」

 ゲシゲシと男の一人を踏みつけがら、長々と説教をするカーリャに、助けてもらった身としてはミシューは素直に礼を言うしかなかった。

「人選も間違っているわよ。ハンターの連中なんて定職にも就けない半端者連中なんだから。そういう連中は明日の事なんて考えていないから短慮で短絡的な行動に走りやすいのよ。狩りの途中で魔物に襲われて死ぬなんて珍しい事じゃないから、その前に可愛い女の一人でも抱いて、子種残しておきたいと考えるクソのクズのゴミ連中なんだからね」

「酷い言いよう」

「手籠めにされそうになってかばってんじゃねえわよ」

 と、言いながらカーリャは男の顔面を蹴り飛ばした。歯が一本吹き飛んだ。うわあと、ミシューは口元に手を当てた。貴族の出身で平穏に暮らしている身の上なので、荒事には慣れていない。

 当然の事ながら、残りの二人もしっかりとシメられていた。一人は腕が逆側に曲がっているし、もう一人は足の関節が三つになっている。死に至る傷ではないが当分はまともに動けない。その日暮らしのハンター家業としては致命的である。

 カーリャは、先ほど蹴り飛ばして歯を一本叩き割った男を見下ろし、静かに、そして残忍に聞く。

「私! 仕事でこの辺りの調査に来ていてっ! それで、お兄さん方、この辺りで竜を見たことあったりしないでしょうかぁ?」

 ミシューが先ほど男達にした質問の文言と一語一句違わぬ言葉を、カーリャは投げかけた。

 違うのは、先ほどと違って言葉が荒いのと、言葉を放った人間の眉間にしわが寄っているのと、同じように下らない下ネタで返したら歯の本数が減ることである。

 カーリャは鬼の形相で男達を見下し、続けて告げた。

「十秒以内に答えなさい。十、九、八、六三一……」

「こっ、答えます! 答えますから暴力は勘弁を!」

「股間の竜を叩き潰してやりましょうか! ああん!」

「答えますので、お慈悲を!」

 地に這いつくばったままで、男は涙目に泣きついた。カーリャはゴミを見るような瞳で言う。

「嘘を吐いたら、地獄の底まで追いかけて、殺す。家族も殺す。お前の子孫もみんな殺す」

「こ、コーリアガイア神に誓って真実を話しますので! お慈悲を!」

 男はよろよろと立ち上がり、力なく地面に座り込むと、ゆっくりと話し始めた。

「竜、ですかい。まあ、実際に、見ましたぜ」

「見たの?」

「へい」

 と、男は答える。

「あれは数日前、いつものように魔獣を狩に三人で森の中に入っていました。竜の目撃情報に関しては、まあ、今はこの集落を拠点にしているのでチラホラと耳には入ってきたんですが、竜ですからね。どうせ臆病者が見間違えたとばかりに思っていたんですが」

「実際に、遭遇したと」

 男は、首を縦に振る。

「運が良かったんです。一瞥しただけですぐに去って行きました。単純に俺達に興味がなかっただけだと思います」

「どんな姿だった?」

「森の木々から頭をのぞかせるほどに大きかったです。田舎の祖母ちゃんから聞いた通り、羽が生えていて、獰猛そうな顔をしていました。ありゃ何人か、人を喰っていますぜ」

「憶測はいらないわ。事実が知りたい。そうね。気になるのは、色ね。体色は?」

「ああ。深緑の陰で逆光になって良く見えませんでしたが、たぶん、黄色。いや、黄金の色でしたかね?」

「黄金、ねえ」

 そこで、ミシューはカーリャがわずかに険を深めたことに気付いた。元から眉間にしわが寄っているので実は良く分からなかったが。

 カーリャは言葉を続ける。

「見たのは一匹だけ? 他に姿は?」

「いえ。一匹だけです。他にはいませんでした。もしかしたらいるのかもしれませんが、俺達はみませんでした。なあ」

 他の男達が、地に寝そべったまま器用に頷く。

 カーリャは軽く息を吐いた。

「他に、情報は?」

「いえ。ありやせん。それだけです。耳にしているのも同じような目撃情報で。今は皆、ビビッてしまって、ハンター連中は誰も森に足を踏み入れようとしやせん。命あっての物種ですからねえ」

「賢い判断だわ」

 カーリャは一つ、頷き話は終わりだと言わんばかりに背を見せた。

「有益な情報だったわ。ありがとう」

「あの」

 すでに興味なさげに、去ろうとしたカーリャに向かって、男が下心を胸に聞いた。カーリャは呼び止められ、不機嫌に振り返った。

「なに?」

「出来れば、情報料なんかを頂けたら嬉しいなと。先ほど話した通り、最近、仕事が出来なくて困っていまして。あのような心苦しい暴挙に走ったのもそれが理由でして」

「へえ」

「ですので、雀の涙程度で良いので、お恵みを。怪我の治療に用立てる物も必要なので」

「なんだ。まだ、殴られたりないのね。死んだら用立てる金も必要なくなるから、いっそ楽にしてほしいと。そういうこと?」

 眼光が鋭く光る。氷のようだった。

 軽い調子で言ってはいるが、必要とあらば躊躇いはしないだろうと、刺すような殺気がカーリャの言葉がその場だけの偽りではないと証明していた。

 実際、喧嘩を売らなければ情報に対する謝礼ぐらいは用立てた。

 けれども、男たちは悪戯に、自分の連れに対して暴行を働こうとした。会って間もないミシューに対して情や好印象を持っているわけではないが、連れ立ち、巻き込んだ者としての責任はある。その一点に限っては許すつもりはなかった。

 汚物を見るような目。

 敵に対して情けはない。

 次に口を開いたら、本当に首が飛ぶであろう。

 軽く垂らした腕が次の瞬間、得物の柄を掴む光景を男は明確に想像できた。その想像力が、三人の命を結果的に助けたのである。

 男は、それ以上何もなく、黙った。

 カーリャは男の下らぬ言葉にいらだちを露わに、吐き捨てるように言った。

「なんだ、暴力で解決した方が早いじゃないの。聞き込みなんてまどろっこしい方法を使って、時間を無駄にしたわ」

 と、視線を移し。

「行くわよ。ミシュー」

 警戒心のない無防備な連れに声をかける。

 すると、視線の先では。

 腕を骨折した男の治療を終え、足が折れ曲がった男の治療を今、始めようとしている無垢な相方の姿があった。

「なにをしているの?」

 必要ない行動。

 無為な愚行。

 カーリャは苛ただしげに問う。

 ミシューは、何の気なしに、当然とばかりに答えた。

「いや、折れたままだとかわいそうだと思って」

「それで、治療を?」

「うん」

 愚かなことを。

 さすがにその一言は辛辣すぎると感じ得たカーリャは、瀬戸際で言葉を飲み込み、結果的にミシューに内心の苛立ちを伝えることは無かった。

 ミシューは掌を足の折れ曲がった男の患部に当てて軽く呪文を唱える。

 魔術師協会で一般的に広められているテレーマ式の普遍的な魔術詠唱。癒しの呪文。謡うは癒しの精霊ヒーリス。賜うは彼の者の慈悲と寵愛。魂界に干渉し生命活動を活性化させる魔道が技術。

 緑色の光。

 弱弱しき精霊光。

 ヒーリスの魔術を行使する場合、緑色に発光する。

 発光の原理は解っていない。

 少なくとも、光ではない。

 物理的現象の光ではない。

 ヒーリスの光、確かヒーリングライトという名前だったようにカーリャは拙い魔術知識で思い返す。特別な魔術ではない。それなりの魔術師がそれなりに修行すればそれなりに使える一般的な魔術である。魔術師でなくても使える者が多い典型的な癒しの魔術である。

 ただ、丁寧で美しかった。

 職業柄、魔術師という人種を多く見ているカーリャからして、歳に不相応なほどに洗練されていると感じさせられた。

 詠唱によどみなく、無駄なく、力の流出も少なく、魂界への干渉も強く深い。

 技術は、単純で基本的な事ほど差が明確になる。ミシューの魔術は、そのまま王立機関のいずれかにに組み込んでも即戦力になるだろうと思えるほどには高い水準であり、なるほど、これならあの名門で主席を獲得しても不思議ではないなとカーリャに思わせることに成功した。

 光は男の生命活動を活性化させる。

 折れた脚は時間を逆行させるように接合された。

 光が、拡散する。

 と、同時に男が痛みにあえいだ。

「応急的にくっつけただけなので無理はしないでください。激しい運動をするとまた、折れます。痛みも、しばらく続くかも。でも、一週間ほど我慢すれば仕事にも支障はなくなると思うのでそれまでは辛抱してください」

「わ、わりい」

「いえ。お互い様なので。ただ、約束です。これからは、今日、私にしたようなことを誰かに、二度としないで下さいね」

「ああ。二度としない。コーリアガイア……いや。俺の親父やお袋に誓って、絶対に」

「よろしい」

 ミシューはにこりと笑う。

 男も、その笑みに同じように答えた。

 なにか、憑き物が落ちたように。

 おそらく、少なくともこの男は二度と、女性に暴行を働かないだろう。それも、何かの強制ではなく自分の意志で。そう感じさせる何かが、この少女と男の短いやり取りの中に内包されていた。

 ミシューはその後、 当然のように最後の一人の男の歯を拾い、当然とばかりにそれを魔術によって治癒し、ついでといわんばかりに打撲の治療も行った。

 そして、一仕事を終えたように息を吐き。

「またせてごめん。行こうか」

 と、カーリャに告げる。

「ええ」

 カーリャうなづき、色々思う事はあるが、思うことが混沌としすぎ、それをどのような言葉で表せばよいか全くわからなかったので、ただ一言で返した。

 ミシューが道を歩き始める。

 カーリャが軽く視線を移すと、三人の男達は何かにとりつかれたかのようにぼうっと、ミシューを、神聖な何かを見送るかのような眼で見送っている光景が見て取れた。

 そこには、確かな敬意と崇拝があった。

 ミシューは、カーリャが足を止めているのに気づいて、軽く振り返り声をかける。

「ほら、行こう。そろそろ宿を取らないと」

「ああ、ごめんなさい」

「ぼおっとしないでよね。早くいくよ」

 ミシューはそれだけで、歩き出す。

 不思議な子。

 カーリャは口には出さなかったが、そう思った。

 それだけを思った。


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