第16話


「すいません」

 とミシューが声をかけたのは若い三人組の男性だった。若いといってもすでに三人とも、二十は超えているだろうと思える容貌であった。

 それぞれが軽装の武装をしていた。

 厚い麻の服装、皮の靴。

 厚手の服装なのは、森での虫除けや棘のある植物対策なのだろう。

 心臓をかばうように胸当てをしている。

 武器は取り回しの良い短めな鉄製の剣に、安物の槍。槍はオーク材の柄の先端に鉄の刃を添え付けた簡素な代物である。

 剣も槍も胸当ても、どれもが使い古されており、金の巡りが悪く買い替える事ができないのか、あるいは買い替える金があるのならば賭博や酒に使ってしまう意志薄弱性がそれをさせているのか、それは本人達のみが知ることであった。

 狩猟者、別の呼び方をするのならば狩猟組合に属するハンターに多い格好であった。

 首に、組合に所属する証明でもある鉄製のタグを二つ、一組付けていることから、おそらくハンターで間違いないだろう。

 一組なのは、業務遂行中に死亡した後の処理において、タグが二つあった方がなにかと便利だからである。

 所有者が死亡した後に余ったタグが高頻度で再利用されているという話は、まあここでは関係ない話なので置いておこう。

 小さなか細い声。

 少女らしい然。

 愛らしい風貌。

 職業柄、警戒心の強い彼らだったが、小柄な少女の遠慮がちな接触には思わず緊張を緩めるしかなかった。

 険の強い表情をあからさまに緩めて男達はミシューに向き直った。

 男の一人などは、あからさまに愛想を浮かべて優しい声色になる。普段は鋭く棘があり、出てくる言葉は野次や怒声ばかりというのに、である。

「なにかな?」

 邪心を感じさせる邪心のない笑顔。

 男の明らかな作り笑みと言葉に、ミシューは戸惑いながら言葉を選ぶ。

「あの、実は聞きたいことが」

「なになに?」

 男の内の一人が、ミシューの背後に回り込んだ。

 逃さない為である。

「えーと」

「うん。なんでも聞いて」

「実は、私。仕事でこの辺りの調査に来ていて。それで、お兄さん方、この辺りで竜を見たことあったりしないでしょうか?」

「竜?」

 三人は顔を見合わせ。

「見たこと、あるある」

「本当ですか?」

 ミシューの表情に花が咲く。

 男も、ハエトリクサのような表情で笑みを返した。

「うん。あるよ。最近」

「え、どこですか?」

「教えてほしい?」

「はい。教えてください」

「お願いしますは?」

「お願いします!」

 ミシューはぺこりと頭を下げる。

 頭を下げて視線が下がったところで、三人は目配せをした。良い夜のお供が手に入ったと言わんばかりに。

 ミシューが顔を上げた頃には、器用にも三人の表情は気さくで邪気のない若者に戻っていた。

 男の一人が言う。

「じゃあ、教えてあげるね」

「はい」

「それは……」

「それは?」

「俺達の股間にいるのでした!」

「アハハハハッ!」

 三人組が、下卑た笑い。

 下ネタで、面白くもなんともなかった。

 その面白くない笑いの理由が、ミシューを純粋にからかっているという事実に気付いたので、心中が穏やかではなくなった。

「バカにしてるんですか!」

「まあね」

 そこで、背後に回った男の一人が力強くミシューの肩を掴んだ。

 非力な少女のミシューと、様々な獣を相手に日々、闘争に明け暮れている男達の膂力を比べた場合、軽毛のように跳ね除けられるファンタジーは存在しなかった。

 動けないほど、もしかしたら痣が残るのではないかというほど力強く掴む背後の男から悪しき念を感じ、ミシューは焦燥する。

「なにを、するんですか?」

 震える声のミシューの問い。

 それに。

「何をするって、言わなくても解るだろう。どうしてそんな事聞いてくるのかは知らないけどさ、くだらない仕事なんて放り出して俺達と楽しい事でもしようぜ。この集落は王都と違って田舎娘ばかりだから、飽き飽きしていたんだぜ」

「こいつ。もしかして貴族とかじゃないのか? だとしたら、拾い物だぜ」

「たしかに、格好は小汚いけど身なりは良いからな。もしかしたら貴族かもしれねえな」

「だったら、拾い物だぜ。俺、貴族の女、抱いてみたかったんだ」

「貴族の女は良い声するぜ。プライド高いからよ。お上品だし、そういう事に慣れてないから、ちょっと乱暴にするだけでゾクゾクするような声をするんだぜ」

「へえ、そいつは楽しみだ。早く、連れて行こうぜ」

「ああ、確か町外れに廃棄された小屋があったな。そこにするか」

 邪悪な笑み。

 もはや隠そうともしない。

 下卑た響き。

 ミシューは思わぬ事態に顔を真っ青にした。

 これから始まる甘美な体験に夢想し、男たちは欲情のままに恍惚で残忍な邪気を醸し出す。

 奏でられる絶望。

 綴られる悪夢。

 そんな男達の背後で。

 カーリャは準備運動とばかりに、指をコキコキと鳴らした。


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