第15話


「ちょっといいかしら」

 カーリャが気さくに話しかける。

「ひっ!」

 気さくに話しかけられた男は一目散に逃げだした。正しく脱兎のごとくである。

「……」

「……」

「……なぜ」

「顔が怖いんじゃない」

 ミシューは所在なさげに答えた。

 あれから、話しかけるに話しかけて約十件。

 話しかける先から、話しかけられた者たちは同じようにおびえた表情を浮かべると一目散に逃げだした。老若男女、悉くである。

 カーリャは脳裏に疑問符を浮かべる。

「こんなに美人で愛らしい顔立ちなのに」

「なんか、眉間にしわが寄っているんだよね」

「そんなこと、あるはずないじゃないの!」

 カーリャは眉間にしわを寄せて否定した。

 そして、思案げに。

「おかしいわね。私みたいな美人に話しかけられたら、普通は皆、喜んで会話に応じるのに。村社会なので閉鎖的という事なのかしら」

「交易盛んな土地なのにそんなわけないじゃろ。なんか、オーラが近寄りがたいんだよね。初対面から感じていたけど」

「誰が美人で近寄りがたいって?」

「耳もおかしいね」

 ミシューはあきれたようにジト目をする。

 そして、カーリャを見定めるように。

「なんだろうね。どうにもさ、気持ち悪い言い方でゴメンだけど妙な気品みたいなものを感じるんだよね。ちょっと人とは違うような」

「え、そう?」

「そう。これは真面目な話。なんか、珍しい感じなんだよね。うまく言えないんだけどさ、どこぞの公爵令嬢とか、そういうやんごとなき方と話しているような、そういう雰囲気を感じるの」

「子爵令嬢だけど」

「子爵令嬢なんて埼玉王国王女みたいなものじゃない。全然大したことないって。だから、余計に不思議なんだよね。違和感でチグハグな感じ。あ、ちなみに私は伯爵令嬢だから。長女だし」

「……三女」

「勝った」

「辺境の田舎娘なくせに」

「何か言った?」

「別に」

 と、カーリャは不服気に。

「大体、さっきまで敬語だったのにいつの間にか敬語でなくなっているじゃない。年上は敬えと教わらなかったのかしら」

「そういうみみっちい所ばかり見せるから、敬う気持ちを失ったんだよね。別にこいつには適当でいいかという気持ちになったというか」

「殺すわよ」

「二言目には殺すっていう。簡単に人を殺してはいけないとお母さんに教わらなかった?」

「師からは、殺られる前に殺れと口酸っぱく教わったわ」

「最低な感じだわね」

「エキセントリックな人だったわ」

 遠い目のカーリャ。

 一体、何があったんだろうとミシューは思った。

 ミシューはわずかに思案するように頬を小さな人差し指でポリポリかくと困ったような、しょうがないなという表情を浮かべる。

「仕方ないな。私が手伝ってあげるよ」

「余計なお世話だわ。これは私の仕事よ。成すが前に諦めてしまっては何事も成せないのだわ。挑戦心を失ってしまっては無為なる停滞あるのみよ。あなたは茂みの隅にでも引っ込んでなさい。大人しく隠れて見ているといいのだわ。私の話術が閃光のごとく輝く場面を」

 意地になっている。

 心が狭い。

 ミシューは嘆息した。

「もう、午後だよ。さっき、鐘鳴ったでしょ。たぶんあれ、四刻目を知らせる鐘だよ。もうそろ日が暮れる頃合いだし、早く情報収集を終えないと夜になっちゃう。宿も探さなきゃいけないんでしょ。もたもたしている暇も、意地を張っている暇もないんじゃない?」

「うぐぅ」

 可愛く鳴いた。

 案外可愛いなこいつとミシューは思った。

 ちなみに四刻目の鐘はおおよそ三時を過ぎた頃合いに鳴る。四回鳴らすのが特徴であり通例でもある。そろそろ日が暮れ始めるから警戒しろという警鐘でもある。

 街灯は存在するが、街灯があるからと言って夜、活動できる程に明るくはない。特にビレッジ・フォレスティアは発展しているものの、分類的には集落である。日か沈めば皆、寝静まる。営業しているのは酒場等の一部の店だけである。

 確かに、ミシューのいう事も一理ある。

 一理どころか、二理も三理もある。

 眉間にしわが寄ったままではさすがに、聞き込みもへったくれもない。

 カーリャは観念して、至極不服そうに、本当に至極不服そうに、しぶしぶと両手を観念したとばかりにあげると。

「解ったわ。私も大人よ。貴方に任せるわ」

 大人ならばもう少し物分かりがいいものだが、カーリャは若干不貞腐れ気味にそう告げるのであった。

「けど、貴方にできるの? まあ、警戒心は持たれないと思うけど。どちらかといえばなめられるタイプだと思うし」

「余計なお世話だ」

 と、ミシューは吐き捨てるように言うと続けて。

「私、接客業よ。コミュニケーションスキルはばっちりよ。マルチをやっても成功するに違いない程度にはね」

「まるち?」

 たまに会話がかみ合わない。

 そういや突っ込み忘れたけどサイタマってどこだよ。ルーガリア大陸やナタリア大陸の国か? ガリアでそんな国の名前、聞いたことねえぞとカーリャは今更思った。

「ま、まあお手並み拝見といったところね。成果を上げられなかったらギロチンよ」

「任せておいてって。大船に乗ったつもりで任せなさい。にゃーはばーゆあーってね。脳筋の軍人の目の前で接客業で鍛えた私のコミュ力を炸裂させてあげるわ」

 自信満々にそういい、歩き出すミシューの背中にカーリャは不安しか感じえないのであった。


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