第14話
王都外周ヴォフト区から定期運行されている乗合魔導馬車で約三時間、セインブルグ王国の公用単位で十フィール、おおよそ三十キロ程度の道程を終えると到着するのは大きな集落である。
ビレッジ・フォレスティアという名前のその集落は、集落という名には似つかわしくない程に栄えていた。
人口においては、村民が三百人ほどで、集落と呼ぶには多すぎるが、街と呼ぶには少なすぎる印象だった。
ただ、それは集落に居住する村民の人数に限っての話である。
実際にはゼファーリア大森林から定期的に襲撃してくる魔物を警戒してのセインブルグ王国軍駐在員、狩猟や採取を生業とする者達、ゼファーリア大森林の豊富な木材を伐採する祥夫達、ランバート運搬を筆頭とした資源、人員の運送、輸送に携わる者など、枚挙にいとまがないほど多くの人間がこの集落にあふれていた。
実際に常在している人口は、千人程度に上るのかもしれない。ちょっとした街を名乗れるほどには活気に満ち溢れていた。
王都がガリア大陸随一と呼べるほどに栄えたのも、近隣に豊潤で採取してもし尽せないほどの膨大な天然資源が存在していた事が理由の一端であるのは否定できない。
村落の特徴として特筆するべきは、木造建築が多い事である。ゼファーリア大森林に面したビレッジ・フォレスティアは当然ながら木材の資源が豊富であり、必然的に木造建築が主流になる傾向だった。
王都は近隣の採掘場から採掘される石材を利用した組積造が中心なので、王都から来た人間にとっては比較的珍しい光景であった。
「うわあ」
当然ながら、カーリャの隣のお上りさんも目をらんらんと輝かせながら歓声を上げる。
カーリャは割と遠征等で様々な地を訪れる為、今更、近隣の集落一つに驚くべき要素は無かったのだが、なるほど、一般的にはこのような遠出でも感動するものなのかと妙に感嘆した。
まあ、そうだろう。
普通に暮らしているうちは、近郊の森とはいえ、足を運ぶ理由がない。
印象としては、ちょっとしたハイキングや旅行程度の話なのだが、それでも町娘には珍しい体験なのだろう。
なるほど。なるほど。
背中の乗合馬車から真っ青な顔をして降りてくる若い夫妻の姿を軽く横眼で見ながら、カーリャは妙に納得した。
おい。おびえた顔でこちらを見るのはやめろ。取って食ったりしないからな。
目が合った瞬間、あからさまに警戒する若い夫妻を威嚇しながら、カーリャはそう心の中で呟いた。
肉食的である。
さて。
木簡を綴った覚え書き帳を、軽い麻の荷袋から取り出しながら、カーリャは隣で子供のように歓声をあげている小煩いミシューに声かけた。
「じゃあ。行くわよ」
「え? 観光に」
「この地に沈めてやりましょうか。小娘」
「怒らなくていいじゃんか」
口を膨らますミシュー。
カーリャは軽く頭を抱えて告げる。
「仕事よ。仕事」
「仕事?」
「観光で来たわけじゃないのよ」
「そういえば、聞いてなかったね。仕事って何?」
「あれ?」
「え?」
「言ってなかったかしら」
「うん。聞いてない」
「あらあら」
「もう、しっかりしてよ」
「ごめんなさいな」
「本当だよ」
「うっかりしていたわ」
「それで、仕事って何?」
「ドラゴン退治よ」
「へえ」
ミシューはカーリャの言葉に軽く頷き。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
「ドラゴン退治よ」
膨大な沈黙の後に、嘘だろお前とばかりに付け加えられた海よりも深く山よりも高い「え」に対して、カーリャは軽い調子で言葉を返す。
「ドラゴン退治よ」
わかってねーのかお前とばかりに、再三答えるカーリャはマジで優しい。
「ドラゴン退治?」
「ドラゴン退治よ」
「ドラゴンってあれ? ファンタジー小説とかRPGゲームとかでボスキャラとしてエンカウントしてやけに強いあれ? トカゲを大きくして羽根生やして、火吹いたり飛んだりして、一薙ぎで人を吹き飛ばすあれ?」
「アールピージーゲームとかファンタジーショウセツというのが何かは知らないけど、リザード種とは密接な関係があるし、有翼種も多く存在するし、火のブレスを得意とする種もいるわね。膂力でいえば人どころか、虎や獅子のような大型の肉食獣も平気で吹き飛ばすわよ。生物最強の一角とはよく言われるわね」
「それを退治するの?」
「ええ。ドラゴンバスターよ。二人で英雄になりましょうね。ドラゴンスケイルは高く売れるわよ。横流しもしましょう。大丈夫。ばれないように上手くやるわ。私、そういうの得意なの」
「勝てるわけないよ! 本当にラスボスじゃん!」
「大丈夫。成せば成るわ」
「ならないよ! 死んじゃうよ!」
「人間は、そう簡単に死なないわ」
「死ぬよ! 死亡フラグしかないよ!」
「うるさいわねえ。私はそんな子に育てた覚えは無いわ」
「育てられた覚えなんてないよ! どうして言ってくれなかったの!」
「言ったら、絶対に着いて来ないじゃない」
「当たり前だよ! 知ってたら断ってたよ!」
「だから言わなかったのよ」
「鬼! 鬼か! 鬼の子か!」
「ふふふ。嫌ね。褒めないでよ!」
「褒めてないよ! ディスってるんだよ! 想像の斜め上のそのまた上ぐらいに最低最悪だよ!」
「良く言われるわ」
「そこまで!」
「道連れは多い方が良いわ」
「自殺願望!」
「まあ、冗談はそれぐらいにして」
カーリャはパタパタと手を振り。
「ドラゴン退治っていうのは半分冗談よ」
「それでも、半分!」
「実際は、ただの斥候よ。いえ、斥候というより調査任務といった方が良いかしらね。簡単に言えば情報の裏を取りに来たの。流れてきたのは不確定で不定期な目撃情報だけで、詳しい詳細は何も判らないのよ」
「それで、調査しに来たの?」
「そういうこと」
カーリャはミシューの問いに小さなウインクで答えた。
気持ち悪いとミシューは思った。
顔をあからさまにしかめるミシューの内心を察したカーリャは、余計なお世話だと思った。
「それで、具体的には何をするの?」
というミシューの問いに、ちょっとはその空っぽの頭を働かせたらどうかしらという内心を吐露することなく、カーリャは答える。
「調査の基本は聞き込みよ。足で稼ぐの」
「へえ」
「……」
「……」
「なによ」
「いや」
と、ミシューは少しだけ逡巡して。
「あーた、そういうの苦手そうだなと思って」
「なんですって!」
怒髪天を衝く。心が狭い。
「アークガイアの聞き込みマニアと言われたこの私をご存じない! ご近所に、レベリオンさんの三女さんはどんな秘密もペラペラ漏らすねと評判のこの私の聞き込みテクニックを存じないとは! あなた、本当にセインブルグ人なのかしら!」
「いや、まず褒められていないし。そもそも聞きこむ前に秘密全部話しちゃっているし。あと、私、セインブルグじゃなくてベルファンド出身だし。突っ込みどころがトリプルアクセルでわけわかんないんだけど」
「だまらっしゃい」
「理不尽な」
「そういうことならみせてあげるわ! この私の超絶会話術を! この話術で私は五千金貨を稼ぎました!」
「なんか、悪質商法とかのサイトで真っ先に出てきそうな単語だわね」
「度肝を抜かない事ね! 私をあざ笑ったこと、涅槃で後悔するが良いわ!」
そういい、カーリャは意気揚々と歩きだした。
自信にあふれた足取りの侍かぶれな少女の背中姿に、ミシューは不安しか覚えないのであった。
横を見ると、一緒に馬車に乗っていた夫妻がおびえた様子でこちらを見ていた。
赤ん坊はまだ泣いていた。
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