第18話


 深緑亭はビレッジ・フォレスティアにおいて唯一無二の宿である。

 厳密には有事の際に、酒場や民家等が来客の信頼性を確認した上で宿を提供する、等の例外的状況はもちろん存在するが、専業で宿を提供しているのはこの深緑亭のみであった。

 敷地面積は広く、二階まで存在する。

 ビレッジ・フォレスティアらしい様相の木造建築だが、二人連れの旅客用に設けられた部屋の総数は二十部屋であり、そのすべてが一階層に位置する。

 二人部屋といっても必ず二人で宿泊しなければならないわけではなく、金の無い旅客は数人で利用することもあるが、実際に四人、五人と泊まるには手狭な部屋と言わざろう得ない事実が存在する。

 勿論、宿泊料金は部屋毎である。

 個室の二十部屋以外にも大部屋が四つ用意されており、そこには安物でくだびれた簡易ベッドが一部屋に十台ずつ添え付けられている。

 馬小屋の藁を敷き詰めて眠った方が疲れが取れると思えるほどに粗雑なつくりのベッドが並ぶ大部屋は、個室を貸切るほど金銭を持ち合わせていない旅客者向けである。先ほどのハンター職の者達のように。

 ビレッジ・フォレスティアはその特色上、ゼファーリア大森林の恩恵を得ようとする者達が頻繁に訪れるので、そういった者達の為に旅客用の収容施設は大きく確保しておかなければならない。素性の判らぬ者を村で野宿させてしまうと大抵がろくでもない結果を生むので。

 ただ、大部屋に素性の知れない者が雑居という状況も中々に問題で、貴重品は宿等に保管料を払い保管しておかなければ基本的に一晩で無くなるし、女性が一人で宿泊すると高頻度で貞操を失うことになる。

 二階は貴族や豪商が宿泊する為に設けられている。部屋数は二つだがそのいずれもが大部屋であり、品質の良いベッドに家具一式、簡易な生活ができる程度には整えられた造りである。二階への階段には扉が併設されており、不用心に不審な者が侵入できない構造になっている。

 貴族といっても宿泊するのは子爵等の身分が低い者達で、公爵や侯爵の身分は勿論このような僻地に訪れないし、仮に訪れたとしても、天地がひっくり返っても身分の知れない者達と屋根を同じにさせない。

 豪商も同様であり、資産の大きな商人は村の屋敷を丸々貸切る。先ほどと同様の理由でこのような場所には泊まらない。

 飲食を提供する施設は併設されていない。

 厳密には簡易な食堂と調理施設は設備されているが調理と食材の持ち込みは自分達で行わなければならないし、金を払えば宿の従業員が代行をしてくれるが調理専属ではないので味は保証できない。おまけに代行料は中々に高い。

 大半の旅客は、近隣の酒場兼食堂を利用する。旅客が多い土地柄なので食に携わる店舗も活性の傾向にある。ゼファーリア大森林の資源が豊富なので食事は上手い。肉などは採取して間もない新鮮な物が多いので格別である。

 風呂は併設されていない。

 人が多い土地柄なので公衆浴場が併設されているが基本的には温いし、四刻目の鐘が鳴り始める辺りから五刻目の鐘が鳴り終わる頃合いまでしか営業していない。火を焚き、お湯を沸かすのも資源が馬鹿にならないのである。

 後、土仕事を終えた者達がこぞって入るから基本的に汚い。おまけに混浴である。救いようのかけらもない。

 これでも、インフラが発達している方なのである。悲しい現実である。夢も希望もない。

 まあ、二人がそんな何が浮いているかも判らぬドブ沼の風呂になど入浴するわけがなく。


「カーリャ、身体吹き終わったから、次、水使っていいよ」

 堅いベッドに腰を下ろし、麻のタオルで身体を拭きながら、ミシューはカーリャに声をかけた。

「しかし、タライ一杯で銅貨三枚って、あからさまにぼったくってるよね。宿代は安いのにね」

「まったくね」

 対面のベッドに腰を下ろしたカーリャは適当な相槌で答えた。

 ちなみに、宿代は一部屋、中銀貨一枚である。高めの昼食を三食ほどありつける程度の金額である。昨今の一般的な中流階層の日当が平均して大銀貨一枚から二枚であり、中銀貨換算すると三枚から六枚程度なので別段、特筆して安いわけではないが採算を取るのは多少難しめに感じる値段設定である。

 ちなみに、個室には鍵が備え付けてある。鍵無しの宿も多いのに意外にも設備はしっかりとしている印象があった。

 あれから。

 情報収集を終えた二人は明日、実際に現地であるゼファーリア大森林に侵入して状況を目視で把握するための英気を養う為に、集落唯一の宿である深緑亭に一泊することを決めた。

 宿は意外でもなく閑散としており、カーリャは、ゼファーリア大森林で活動できない職人達が一斉に引き上げた為だと推測し、実際にその推論はおおよそ、的中していた。

「水質も良くなさそうだよね。少し濁っているし。こういうところって基本的に井戸水だよね」

「井戸はあるけど、森に近いから純度の高い水質の川が近くにあるはずよ。そっちの方が綺麗なはずなのにね。井戸の方が近いから、おそらく運ぶのに手を抜いたんでしょ」

「王都から離れたら、みんなこんな感じなの?」

「王都が上品すぎるのよ」

 カーリャは投げ捨てるように言った。

「まあ、王都は恵まれているからね。水路も整備されているし。でも、地方都市や集落は大体こんなものよ。早く慣れるのね。お嬢様」

「馬鹿にして」

「警戒心もなく荒れくれ者のハンター連中に近付いていったら誰だって小言の一つも言いたくなるわよ。世間知らずにも程がある。私はとっても心配だわ。帰る頃には胃に穴が開いてしまうかもしれないわね」

 そういいながら、安物の麻で縫われたタオルを濡らすカーリャに、ミシューは少々驚きを浮かべながら。

「へえ、心配してくれるんだ」

 といった。

 カーリャは軽く息を吐きつつも。

「当たり前でしょ。連れてきた責任というものがあるのだから」

「責任を感じるのならば、せめて任務の内容ぐらい教えてほしかったけれどもね。なによ。竜退治って。馬鹿にしてる?」

「まだ、冗談を本気にしているのかしら。竜なんて倒せるわけないでしょ。攻城兵器や戦術級の魔術が必要よ。そしてどちらも、二人では運用不可能だし」カーリャはタオルで顔を拭き「個人的な目標の到達点としては気取られる事なく巣穴を発見したいわね。気取られると逃げられる恐れもあるから。その後は王都に援軍。攻城兵器の運搬は、あんまり現実的じゃないから戦術級魔術師を数人、王都から出張らせる流れになるでしょうね」

「戦術級? 魔術? なにそれ?」

「そういうのは、あんたの方が詳しいでしょ。魔術師の専門学校を卒業しているんだから」

「まあ、そうだけど。ベルファンドとセインブルグってそういう魔術体系も違うかもしれないじゃんか。セインブルグ人のカーリャの口から、説明を聞きたいな」

「同じよ」

 と言いつつ、白い肌を拭き始めるカーリャ。彼女の白い肌はこういった荒くれた商売を行っているとは思えないほどに綺麗だった。真珠や大理石、あるいは白百合のように可憐で美麗だったので、ミシュはー少しだけ見惚れてしまった。

「基本的な魔術体系はセインブルグもベルファンドも同じ。運用されている魔術も似たようなものよ」

「へえ」

「ただ、ベルファンド王国はマギス式攻性魔術、セインブルグはダビデ式攻性魔術が主流だけどね」

「どう違うの?」

「ダビデ式攻性魔術は、類的には戦術に組み込める精度に仕上がっているわ。テレーマ式、いえ魔術協会といった方が良いかしら? 魔術協会で流布される主流な魔術形態、在野の魔術師がよく使うウィザードレガシーに記載された攻性魔法となら比べるほど無い威力を誇るわ」

「へえ。すごいんだね」

「だから、習熟には高い練度が求められる。ダビデの選定が厳しいのもそれが理由。技術力の低い魔術師ではダビデ式攻性魔術を習熟できないから」

「私は、使えないな」

「門外不出だから。まあ、その割には在野でも使える魔術師が多いけど。大方、退役軍人が術式の詠唱法を横流しでもしているんでしょ。嘆かわしいばかりだわ」

 カーリャは次に、足首を拭き始めた。

「ダビデ式攻性魔術は個人が行使できる精霊魔術では最高位に位置するわ。ただ、威力的にはやはりマギス式の方が強力と言わざろう得ないわね。これも説明した方が良い? あなたの方が詳しいと思うけど」

「カーリャに説明してほしい。カーリャの見解が聞きたい」

「解ったわ」

 ミシューに対して頷きながらも、こういうところは魔術師らしいなとカーリャは思った。

「マギス式攻性魔術は、私からしたら毛色の違う魔術形態と言わざろう得ないわね。ダビデ式攻性魔法をはるかに凌駕する威力。使い方によっては戦術どころか、戦略的な運用も可能。高位の魔術なら一瞬で戦況を一変させることが出来ると聞いているわね。文字通り、一瞬でよ」

 そこで、間違っているかしらとばかりにミシューに視線を向けてお伺いをたてる。否定は無い。カーリャの説明は今のところ筋を沿っているらしい。

「ただ、運用が難しすぎる。全ての魔術において複数人で行使しなければならないし、術式は非常に複雑。しかも、詠唱時間が長すぎる。一つの魔術の詠唱行使に二十アールや三十アールなんて、効果的な状況を予測して生み出すだけで一苦労よ」

「でも、最近はそのマギス式攻性魔術も単独での行使が出来るようになったって聞いたけど」

「そうね。下位の魔術は単独での行使に成功しているわね。たしか、術式を改良して威力を弱めるかわりに詠唱時間を短縮したとか。あれは一大革命だったわね。発案者はあなたの学院の教師じゃなかったかしら」

「うん」

「リリス=リースティアだったかしら? 七界の魔法使いと呼ばれているのね。ガリア大陸随一の魔術師だわ。有名よね」

「そうだね」

「たしか、邪神を討伐し、世界を平和にもたらしたとか。おとぎ話のような話よね。本当なの?」

「どうだろうね」

「通っていた学院の教師でしょ。もう少し、詳しい情報は知らないの? ほら、当の本人はマギス式攻性魔術をすべて、単独で行使できるって話。あれは本当なの?」

「そんなこと、できるわけないじゃんか。魔力量が根本的に足りないでしょ」

「そりゃそうね」

 下位のマギス式攻性魔術であるイフリートソードですら、一般的な魔術師の容量において限界を求められる。高位のマギス式攻性魔術を単独で行使など夢物語である。

 まあ、実のところそれができそうな人間ならば一人、心当たりもあったが。

 ミシューは一通り聞き終わり、ベッドに寝転がる。

「と、いうことはやっぱり、そのダビデ、だっけ? 王国軍の魔術師が大勢必要なの?」

「一小隊、十二人では心もとないわね。二小隊は欲しいわ」

「大所帯だわさ」

「それだけじゃないわよ。魔術師を守護する兵隊も必要でしょ。一人に対して三人から六人は護衛として配備したいわ。そうなるとざっと見積もっても、討伐だけで一中隊は必要だと思うわよ」

「うへえ。竜退治って大変なんだね」

「戦力比は一対百とされているからね。順当な数字じゃない?」

「創作の物語とかだと、主人公が強い魔術で一発なんだけどな。現実は違うね。色々とやってること地味だし」

「地味っていうな」

 そこで、カーリャは思い悩む不安の雲に身体を包まれたかのように肩をすくめる。

「ただ、色々と不安な要素もあるわ。竜の種族についてよ」

「種族?」

「そう」

 カーリャはピンと指を立てて再び説明を始めた。

「竜種の主な生息地って知ってる?」

「ガルガランドのガルガード山脈でしょ。ドラゴンピークっていう巨大な巣穴があるって聞いているけど」

「厳密には竜の集落ね。知っての通り、主だった生息地はガルガランドのドラゴンピークで竜種の総数の七割がそこに住んでいると言われているわ。ドラゴンの国とはよく言ったものね」

「でも、ドラゴン自体は各地で観測されているんだよね。結構、色々なところに出没しているって聞いているけど」

「それも状況が二種類あってね。まずは正規に巣穴、いえ集落といった方が良いかしら? 自分たちのコロニーを形成する場合。これはこちらから手を出さなければ主だった危険は無いわ。連中も土着の人間に手を出したら手痛いしっぺ返しがあると知っているから」

「ふむふむ」

「そして、もう一つは単独行動の場合。いわゆる群れからのはぐれ者ね。意外にも危険性があるのはこちら」

「なんで? 普通、数が多い方が危ないじゃん」

「普通に考えればそうなんだけどね。やはり、積極的に襲ってくるのは後者の方なのよ。一匹だから護る仲間もいないし、危なくなったら逃げてしまえば良いのだもの。好き放題よ」

「むしろ、きちんと生活基盤を整えて安寧を求めている前者の方が敵対する率は低いってこと?」

「そういうこと」

「ドラゴンの社会も複雑なんだねえ」

「人間も複雑よ」

「単純なのは、カーリャの頭だけか」

「殺すわよ」

「私殺してもドラゴンバスターじゃなくてミシューバスターだから、あんまりかっこよく名乗れないよ。あ、ちょっと待って。今の必殺技っぽくてかっこいい。今度、新しい魔法を開発したらこの名前を付けよう」

「何を言っているの?」

 カーリャは目を細めてあきれ顔だ。

「とにかく。今回の件はどうにも前者のケースらしいのよ。幸い、まだ被害者は出ていないけれども、もし竜種が明確な敵意を表すようならば、しかるべき処置をするしかないでしょうね」

「殺すってこと?」

「まあ、ね」

「かわいそうだけど。人を襲ったのならば仕方がないのかもしれないね」

 てっきり猛反対するのだと思ったらこれである。死生観に対しては意外と冷めている部分もあるのかもしれない。本当に良く分からない子だとカーリャは思った。

「ちなみに、それだけ?」

「それだけって?」

「いや、それだけなのかな? 悩みって」

「うーん」

 カーリャはそこで、歯に何か挟まったような表情を浮かべた。

 ミシューはつまようじでも取り出そうと思ったが、本当に歯に何か挟まっているわけではないとすぐに気付き、本当につまようじを取り出したら怒られるような気がしたのでつまようじを取り出さなかった。つまようじに用事は無かったというわけである。

「実はもう一つ、気にかかっていることがあるの」

「なに? つまようじ?」

「なんで、つまようじ?」

「いえ、なんでもありません」

「気にかかっているのはね、さっきの話」

「さっきの話?」

「ほら。あのゴロツキ連中が言ってたでしょ。肌色が黄色だって」

「あ、うん。竜にもいろいろな種類がいるんでしょ」

「まあね。竜種の生態にはまだ謎が多くて、肌色と特徴が割と一致しているのは広く知られているんだけど、その理由には謎が残るのよね。純粋な遺伝なのか、あるいは特色とされる力が身体になんらか作用して肌色の変貌につながるのか。色々な推論はあるんだけれども、まだ厳密にはわかっていないのよね」

「解剖して身体の中、覗き見ちゃうのは?」

「あまりにも人との生物的な差が大きいから意識から外れがちだけど、竜種も一種族だからね。非人道的な事を行って怒らせでもして敵対したら、北から集団で襲い掛かってくるわよ」

「そりゃ、怖い」

 人類との戦力比は一対百とされているがそれは数字上の話である。彼の者達は飛行能力を持つ。弓矢で百メートルも届けば御の字の世界で明確に制空権が支配されるのである。敵対すれば地獄が待っている。明確な危険には絶対に手を出してはいけない。竜の逆鱗には触れてはいけないのである。

「話を戻すけど、あのゴロツキが見たのは黄色の竜。一般的に体色が黄なのは雷竜ね。名の通り、雷を操るわ。火竜が火袋を宿しているのは知っているけど、雷竜は雷袋でも宿しているのかしらね。魔術的な力が作用しているのは間違いないのだけれども」

「強いの?」

「強いわよ。竜だもの。けど、雷竜だと話が確定してしまえばいくらでも対策は出来るわね。避雷針を用意するとか。雷対策の魔装衣も軍部に補備してあったはずだし。上手くすれば犠牲者無しに討伐できるかもしれないわね」

「なら、問題ないね」

「そうね。けど」

 そこでカーリャは軽く天井を仰ぐ。

 そこには、強い懸念が宿っていた。

「問題は、件の竜が黄金竜だった場合、ね」

「黄金竜?」

「高位種族の一種よ。金色なのはいわゆる王位の血統よ。竜種の貴族。いえ、将と呼ぶのが適切かしら?」

「強いの?」

「強いわ。純粋に強い」

「どれぐらい?」

「ダビデ式の攻性魔術ならほぼすべてが無効化されるでしょうね。ほとんど効かないといっても良い。鱗も硬く、鍛え上げられた高位の魔法銀か、あるいは王金ぐらいしか貫けないと噂されるわ」

「それって、攻撃が効かないってこと?」

「マギス式の攻性魔術でもかなり高位の術式、アウリエルノヴァやジョエルイグニッションしか貫通できないでしょうね。まあ、二十アールも三十アールもこちらの詠唱を待ってくれる優しい相手だったらの話だけれどもね」

「それって、打つ手がないんじゃないの?」

「そうでもないわよ。戦神ベルドが残したと謡われる伝説の神器でも持ってくるとか」

「そんなもの、どこにあるの?」

「王家の国庫に眠っているわよ。開放するのにはゲロゲロなぐらい面倒な手続きをしなければいけないけれども」

「そんなの、待ってられないよ。他には?」

「そうねえ」

 と、カーリャは軽く思案する。

 もはや、これから先は夢想の世界だ。

 現実では起こりない、文字通りの空想、ファンタジーの話として、純然でそれ以上でもそれ以下でもない御伽の物語としてカーリャは話し始める。

「精霊波でも唱えれば、何とかなるかもしれないわね」

「精霊波?」

「精霊白書と呼ばれる魔導書に記載されている精霊魔法の奥義で、四大を融合して、小規模な賢者の石を生み出し、それを放出する魔法らしいわ」

「へえ」

「まあ、その精霊白書も現在は二つしか現存が確認されていないんだけどね。一つはセインブルグの国庫に秘宝として眠っていて、もう一つはベルファンド王国にあるわ」

「ベルファンド王国?」

「さっき話していたでしょ。リリス=リースティアよ。その人が保管しているらしいわ。元々はベルファンド王国の所有物らしいけど向こうの国が何も言わないところを見ると黙認しているんでしょうね」

「へえ」

「さっきから、へえしか言わないわね。もっと面白い返事をしなさいよ。へえへえ魔人。一生懸命話している私が馬鹿みたいでしょ」

「はあ」

「へえ、が駄目ならはあ? ぶっ殺すわよコンニャロウ。そもそも、あんたの学校の先生でしょ。なんか、ないの? ほら。実は私、教わりました。またやっちゃいましたか的な何かは、ないの?」

「ないな。スマソ」

「あ、そ。期待して損した」

「そんなにすごい魔法なら、術式を公開して実用化してしまえばいいのに。魔導書が現存して保管してあるってことは、術式も伝わっているんでしょ」

「簡単に言わないでよ。そんなことは等の昔にやったわよ。それで実用化できなかったから困っているんでしょ」

「そう」

「いえ、いるわね。実用化できた例に関しては。二人ほど」

「へえ、誰?」

「一人はうちの軍団長。もう一人はあなたの学校の先生よ」

「そうなの? 他には?」

「その他がいないのよ。だから困っているんでしょ。二度言わせるな。二度も困ってしまったじゃないの」

「でも、ならいざとなればその軍団長に頼めばいいんじゃない」

「そうね。そのとおりよ。頭、良いじゃない」

「そう」

「でもね」

 そこでカーリャは大きく嘆息した。

「その人、今は長期休暇中なのよ」

「あ、そうなんだ」

 ミシューは、これはうっかりとばかりに口元に手を当てた。カーリャは顔をミシューに向けて笑って見せると安堵させるように軽く肩をすくめる。

「まあ、実のところ今までの話はただの杞憂よ。普通に考えてみて。黄金竜って私達に例えると王の一族のようなものよ。高い知能と強大な力を持つ天下の高位種族がコロニーも作らないで一匹で、こんな辺境の、人間の住む一番大きな里から近い場所に住処を作るはず愚かをかますはずないでしょ。たぶん、雷竜よ。雷竜。それも馬鹿な雷竜」

「あ、そうなんだ。実も蓋もないね」

「現実は小説ほどに奇ではないのよ。王族が虫の飛び回る森の中を意気揚々と闊歩することは無いし、伝説の魔法が炸裂して竜を一撃で滅ぼすこともないのよ。堅実に行きましょう。我々のような人種にはそれが一番よ」

「枯れてるねえ」

「ああん。殺すわよ。小娘」

「すぐ怒る」

 そこで、カーリャがタオルを手持ちぶたさにしているのに気づいたミシューは、好奇心が抑えきれずに聞いた。

「ねえ」

「なに?」

「中は、いつ拭くの?」

「中?」

「おっぱい。おっぱいいつ拭くの?」

「はあ」

 ミシューは目を輝かせて、下卑た笑いを浮かべながらカーリャにささやくような甘い蜜の声を垂らす。

「おっぱい! ちゃんと中も拭かないとだめだよ!」

「余計なお世話よ! きちんと自分のタイミングで拭くわよ!」

「え? 私がやろうか! 女同士だから大丈夫でしょ? やさしくやるよ! 背中に手が届かないでしょ! そこもやる! ちゃんとやる! こっち来てから和服、脱がせるの初めてなんだよね! さあ、身をゆだねよう! 現実はとっても優しいから!」

「寝ろっ!」

 カーリャは濡れたタオルを、ミシューの顔面に投げつけた。

 バシン。

 タオルは大きな音と共にミシューにたたきつけられるのだった。


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