4部 ゼファーリア大森林

第21話


 ゼファーリア大森林。

 セイブルグ王国王都アークガイア北西の方角に位置する巨大な森林地帯である。三つの領土を股にかける巨大な森であり、分類的には混合林に属する。

 その深度は計り知れないほどであり、ビレッジ・フォレスティアを起点にアークガイア方面から複数の林道が開拓されてはいるが、林道を大きく外れたら樹海に沈み、二度と戻ってこれないと伝承される。

 実際、これは事実であり一度、森深くに足を踏み入れたら専門的な知識がない限り、生還するのは難しい。単純な自然の驚異だけではなく、小鬼や人獣等の魔物の脅威も考えなくてはならない。他にも土着の原生生物は魔物と分類されない種族も決して一筋縄にはいかず、か弱き人類などは三日も経たずに彼らの良質な餌と化す。

 蛇に蜥蜴に大蛇に鳥に猪、何れもが過酷な生存競争を生き残ってきた猛者であり、その生命力には人間の培った浅知恵など生温い。

 そのような危険な場所になぜ足を踏み入れるか。それはゼファーリア大森林の良質な産出物が命を張るに値する程に魅力的だからである。

 強靭で材質の良いオーク材を初め、果物、種子、山菜、樹脂、そしてそこに住まう獣達から得られる獣皮や肉。どれもが捨てがたいほど魅惑的であり、それが様々な人民を深く慈悲深く冷酷な森へと誘った。

 これがゼファーリア大森林開拓の歴史であり、同時にセインブルグ王国の王都であるアークガイア創設から続く歴史でもある。

 アークガイアの比類見ない発展も、このゼファーリア大森林の存在を決して視野から外してはならないものである。

 ビレッジ・フォレスティアから続く林道の一つである第三林道は開拓より百年ほど経過してから作られた林道であり、ローザンスの丘と呼ばれる小高い丘に続く。

 順調に行けば大人の足で半日弱、四時間強、セインブルグの共用単位で換算するなら二クラールほどでローザンスの丘に到着し、日照時間の長いメルニドの時節ならば、日帰りで往復できる距離でもある。

 ローザンスの丘近辺は比較的視野が開けており、対面は絶壁になっている。この環境が野営には中々適している。魔物や猛獣は餌等の恩恵がない為に近寄ることが少なく、近寄ったとしても視野が開けているために発見が早い。勾配は緩く、それなりの重装でも上りきる事が出来る。

 ただ、対面の崖は当然だが、かなりの急勾配で落ちたらまず助からない程の高さがある。ある時期にローザンスの丘での飛び降り自殺がアークガイアで流行ったほどである。自然回帰が目的らしいが馬鹿々々しいにも程がある。良質の餌がありつけると知り小鬼が群がり、それを追い払うのにセインブルグの駐留軍がてんてこ舞したという余談もある。自殺は自殺でも迷惑をかける部類の自殺なので、それを取り締まるのに国で一波乱起きたのもまた、笑えない実話である。

 そのような第三林道だが、その利便性から経験の少ない狩猟職や採取職に好まれる性質がある。護衛付きだが王都より慰安でハイキングに来る貴族もいるほどである。ゼファーリア大森林にある数多い林道でも最も安全な一つであった。


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