第10話
まず、目を奪われたのはその少女にである。
率直に言って可愛い少女だった。
金髪碧眼。
非常に珍しくない。
だが、向日葵のように輝き、絹のように細い髪はセミショート。
ブルーサイファイアのような瞳は大理石のように輝いていた。
服装は典型的なウエイトレス姿。
いわゆるエプロンドレスである。
中々良い素材を使っていると傍目にも解るが、だからといって手が届かないほどの高級品でもなかった。市場価格の平均より若干値が張る程度だろうとカーリャの目には映った。
「いらっしゃいませ~。一名様ですか? 実は団体客だったりしませんか」
「一名だけど」
「はい、どのテーブルも空いているので好きなところにお座りになってください」
「あ、うん」
「二日ぶりのお客様だ」
最後、若干聞き捨てならないことをぼそりと呟き、ウエイトレスの少女は立ち去って行った。
まあ、いいかとカーリャは窓際の席に座る。
単純に流行っていないのだろう。
椅子に座る。
良い椅子と机だった。
良いところのオーク材を使用しているのだろう。
店内も綺麗で誇りがなく、店主の拘りを強く感じさせた。
香りも木々のさわやかさを仄かに感じさせ、非常に落ち着く。
素晴らしい。
雑多な軍人御用足しのような店などもいくつか行きつけなカーリャからしてみても、この店の内装は減点するべきところがないほどに整っていた。
なぜ、こんな良い店が流行っていないのだろうかとカーリャは疑念が晴れなかった。
「メニューをどうぞ」
ふと見上げると、先ほどのウエイトレスがおずおずとメニューを手渡してくる。見た様子で客商売に手馴れていないのを感じさせられる。
おそらく、この店が初めてなのだろう。
カーリャはメニューをみやる。
「珈琲があるんだ」
海外で流通が多い珈琲文化がセインブルグに流入してきたのも最近であった。
遠方で諸島のラグラストラ辺りで流行っていたのが徐々に市民権を得たのだが、セインブルグはまだ紅茶文化が根深い。
実際の嗜好分布は、紅茶が七か八、珈琲が二か三、といったところだろうか。
だが、カーリャは意外と珈琲が好きであり、普段は実家で紅茶ばかり出されるので、良い機会なので注文することにした。
「じゃあ、これで」
「はい」
「それと……」
小腹がすいたので、軽食のメニューを見る。
入った当初からカフェのようなスタイルだったし、実際にはどちらかといえば軽食を専門に扱っているのだろうとカーリャは理解できた。
だが、その先が問題だった。
「あの」
「はい」
「えと」
「なんでしょう」
「あの、これは?」
「はい」
少女はにっこり答える。
「トーストです」
「とすと?」
「トーストです」
「なにそれ」
「食パンです」
「しょくぱ?」
「食パンです」
「しょ、しょぱん?」
「食パンです」
少女はにこにこ笑顔で聞いた。
「六枚スライスと八枚スライスがありますが、どちらが良いでしょうか?」
「ス、スライスするものなの?」
「はい」
「その、六枚と八枚はどう違うの?」
「六枚の方が厚みがあって食べやすくなっております」
「へえ、それはすごいわね」
「どうなさいますか?」
「あ、六枚で」
「かしこまりました。少々お待ちください」
少々待たされた末に何が出されるんだろうかと、カーリャは不安げに少女の背中を見送った。
すると、少女がくるりと踵を返して振りむいた。
「え、なに?」
「すいません。聞き忘れていました。付け合わせは、サラダでよろしいでしょうか
「よろしいです」
「ドレッシングは?」
「あ、お勧めで」
「かしこまりました」
かしこまられた。
軽い足取りで厨房に向かう少女に、カーリャは言い知れぬ不安を感じるしかなかった。
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