第12話


「店員の教育がなってないんじゃない?」

「すいません」

「ヴィジョンの喜劇ぐらいしか、客の顔面に皿を投げる寸劇を見たことがなかったわよ。まさか、私がそれをやられる立場になるとは夢にも思わなかったわ。私が今、どんな気分か解るかしら。店員さん。とても不愉快よ。家に帰ったら先週買ったばかりの枕とシーツを怒りのあまり、ビリビリに破いてしまいそうだわ。それぐらい、遺憾の意よ」

「そうですか」

「こんな不快な気分は久しぶりよ。何気なく街を歩いていたらバロック鳥に糞を落とされたような気分だわ。ねえ、聞いてる?」

「あの、帰っていただけませんか?」

 ウエイトレスは至極迷惑そうにそう言った。

 店員側にも客を選ぶ権利があると言わんばかりに。


 盛大に吹き飛んだあと、カーリャは鼻から垂れてきた赤い液を軽く拭うと、太々しくもすぐ傍の、別のテーブルに着いた。

 この太々しさで、カーリャは第七師団第七小隊の給与泥棒として生き残ってきた。働かざるして食う飯は美味い。ろくでもない話である。

 ウエイトレスは、至極迷惑そうな視線をカーリャに向け、圧で早く帰ってほしいと訴えかける。それを横目に見つつ、気付きつつも絶妙に空気を読まず、カーリャは話を続けた。

「要件が終わったら帰るわよ。こんな下手物料理を食べさせる飲食店、一秒でも早く去りたい気分だわ」

「下手物、マジ殺す。末代まで呪う」

「それで、話がしたいんだけど店主はいる? どうせ貴方じゃ話にならないし。店主を呼んで来て頂戴。犬でもそのぐらいのお使いはできるのだからあなたにも出来るわよね。私、暇だけど時間にはうるさいわよ。ほら、早く」

「私です」

「は?」

「店主のミシュー=スフィールです」

 少女ははっきりそう名乗ったのだった。

 若い。

 年齢は、十代の前半に見える。

 童顔である。

 背丈も大きくない。

 五トゥース程度だろうか。

 小柄である。

 華奢だ。

 屈強な冒険者を幾人も見ているカーリャの目からは、まるで地面から生えたモヤシのように見えた。

 悔しいことに、可愛らしい。

 なんともなしに、気品がある。

 感覚的に、市民の出ではないのだろうとカーリャは勘付いた。

 爵位を持たない家系に生まれた者特有の貧乏臭さを感じさせない。

 一言で、育ちが良いのだろうと思わせる。

 食器を脚にブン投げてブチ割っても気にしないところもそうだ。

 垢ぬけない娘だ。

 やっぱり、金持ちが道楽で行っている店だったんだなとカーリャは思った。

 カーリャは道楽娘に話しかけた。

「若いわね」

「良く言われます」

「あそ」

 興味なさげに話を打ち切る。

「じゃあ、店主さん。手短に聞くわ。とっとと要件を済ませて別の店で口直しをしたいから」

「もう、出てってくれて結構です。てか、出てけ」

「口の減らない娘ね。私が探しているのは人。アーシュナイド魔法学院って知ってる?」

「あ、はい。有名ですよね」

「そうそう。あのベルファンド王国の名門の、ね。そこの特待生? 首席卒業生? まあすごく優秀な子が隣国より移転してきたから、その子を勧誘できないかと思ってね」

「はあ」

「貴方なんか、爪の垢を煎じてそれをピッチャー三つ分飲んでも敵わない逸材よ。そんな優秀な人材がなんの因果かこの国のこの王都に移転して、偶然にもこの辺りに住んでいるらしいので今、探しているの。人探し。美味しい仕事よ。時間を必要以上にかけても、何の成果も得られませんでしたと言えば許されるし」

「すがすがしいまでのクズですね。初対面の印象通りです。多分、十年一緒に暮らしても、友人にはなれませんね」

「私もあなたと一緒に暮らすのは死んでもごめんだけどね。グールやスケルトンと寝室を一緒にした方が五割増しに幸せだわ」

「地獄に落ちろ」

「お前が落ちろ。で、話を続けるわ。私が探しているのはそんな人間。たしか、前年卒らしいわ。卒業してからすぐにこちらに移転してきたのね。もう、二時節ぐらい経っているかしら。そろそろ地に足がついている頃合いね。魔道関連の学院を卒業したのだから魔術に携わる仕事をはずなのだけれども、しらみつぶしに探しても一向に見つからないのよ。専攻は精霊学らしいわ。割と一般的ね。ねえ、あなた。何か知らない?」

「知りません」

「本当?」

「本当です」

「あ、そ」

 と、カーリャは言葉を打ち切る。

 そこで、ミシュー、といったか。おかしな名前である。間延びしている名前が性格とピッタリだ。そんな彼女の目がわずかに横に逸れるのをカーリャは見逃さなかった。

「……」

「……」

 沈黙。

 黙秘。

 二枚舌がくっ付いた。

 おかしい。

 カーリャは直感的に気付く。

 対人関係の、特に金と秘密に関する嗅覚は鋭い。

 頬がピクリとしている。

 心なしか、動揺しているように見える。

「ねえ」

「はい」

「本当に、知らない?」

「知りません」

「本当に」

「はい」

「本当の本当に」

「知りません」

「私、一応国家公務員よ。軍属だし。所属を名乗っていなかったわね。第七師団の第七小隊。縁起が良い番号でしょ。隠した後でやっぱり知っていましたは、通用しないわよ。ギロチンよ。ギロチン」

「知りません」

「そう」

 と、カーリャは会話を打ち切る。

 そして、見やる。

 口の悪いウエイトレスの額には冷や汗。

 何かを悟らせまいと、露骨に顔を背ける。

 嘘が下手だ。

 まあ、いい。

 これ以上話しても、黙秘が続くだけだろう。

 ギロっと首をチンしても二度と喋れなくなるだけだし。

 カーリャは嘆息交じりにラファール小隊長から渡された獣皮紙の地図を見やる。

 確かに、場所は間違っていないはずだ。

 誤情報だろうか。

 と。

 厚い皮紙の裏面を見る。

 そこには、探し人の詳細な情報が書かれていた。

 迂闊にも、今まで気付かなかったわけだ。

 そこには、性別、出身地、出自等の詳細な情報が書かれていた。

 良く調べたものだ。

 やはり、この国の諜報部は優秀である。

 感嘆交じりにそれを読み解く。

 裏面の文書にはこう書かれていた。

 性別、女性。

 男性ではなく、女性だったのか。

 出身地、ベルファンド王国スフィール辺境伯統括ラザーニア領。

 良い所である。

 辺境ではあるが資源が豊富で潤っている。

 統治者も温和で民衆の意を汲んでくれる良主であり、耳心地の良い噂しか聞かない。

 年齢、十五歳。

 名前、ミシュー=スフィール。

 ……。

 名前。

 ミシュー=スフィール。

 ……。

 ミシュー……。

 カーリャは、目を皮紙からウエイトレスに移す。

 ミシューという名のウエイトレスは、露骨に目を背けた。

「ねえ」

「もう、帰ってください」

「帰るけどその前に、追加の注文があるんだけど良い?」

「帰ってください」

「この、ミシューっていうのが欲しいんだけど。テイクアウトで」

「無理です。それはテイクアウト対象外です」

「ってーか! あんたでしょ! ネタは上がってるのよ!」

「違います! 才色兼備で優秀な首席魔法使いはここにはいません!」

「いるじゃない! そもそも自分で自分の事を才色兼備とか言ってんじゃないわよ寸胴の小娘が!」

「寸胴は余計です! そもそも、自分だって小娘じゃん!」

「あんたよりはスタイルが良いわよ! このいけ好かないチンチクリン! よくも白々しく黙っていてくれたわね! 想像を絶するほどオーラがなかったから微塵も気付かなかったわ! どう考えても馬鹿そうだし!」

「誰が知的で、理知的だ!」

「んなこと言ってねーわよ! 本当に図々しい小娘だわね! ぶっ転ばすわよ!」

「望むところだ! やってみろ! 眉間にしわが寄った因業ババア!」

「だれが美人で可憐だコラア!」


 これ以上特筆すべき必要もないほど不毛で生産性のない会話はその後、約十分以上にも亘って行われた。

 おおよその内容もこれ以上記載することのないほど醜くも稚拙な言い争いである。

 まあ、具体的には馬鹿とか間抜けとか、お前の母ちゃんデベソ、といった具合である。

 ちなみにカーリャは母親が大好きなので母罵倒系の悪口は琴線であり、それが余計に二人の関係悪化に拍車をかけた。

 修復はすでに絶望的である。

 十年分ほどの悪口を気の済むまで言い続けた二人はいい加減疲れ果て、息絶え絶えに会話を止めるのだった。


「……もう、止めましょう。きりがないわ」

「そうだね。やめよう。そもそも、何が発端だっけ?」

「もう、よく覚えていないわ」

 カーリャはいい加減疲れ果てたかのように椅子の背もたれに身体を預けると、疲労感満載の様子で口を開いた。

「まあ、もう話は理解しているだろうけど、やっぱりね。うちの国としても他国の最新技術は気になるわけよ。名門のアーシュナイドといえば英才ウォルフ=アーシュナイドが開校した魔道の一大機関で、そこの卒業生が様々な国で大きな功績を残しているのは知っているでしょ。電霊波の発見者もあの学院の卒業生じゃなかったっけ。そういった最高学府の首席卒業生となれば、国を挙げても確保したいわけ」

「の割には、随分とヤクザな人が勧誘に来ましたけどね」

「ほっとけ。まあ、でも悪い話じゃないと思うわよ。名立たる魔導士は王立魔道軍ダビデに所属するのが通例ではあるけど、軍属が嫌なら様々な魔道機関が我が国には存在するし。精霊学専攻なら錬金術に携わる職なんかもあるわ。研究が好きなら研究棟も複数用意しているし。そういえば気付かなかったけど貴方、おそらく辺境伯の縁者でしょ」

「ラムザス辺境伯は父です」

「なら、ベルファンド王国貴族の家系よね。貴族の家系なら相当の優遇処置を得られるわ。女性は男性に比べて昇格し辛いけど、他国よりは女性に対する社会的成功の門戸は開かれているつもりよ。ダビデの軍団長も女性であるし」

「そうですか。珍しいですね」

「それを言ったら王すら女性だしね。時代が進んで男尊女卑の傾向が薄れてきているのかもしれないわね。兎も角、貴方にとってはとても良い提案だと思うわ。中層ではなく山の手の王都に近い土地で暮らしていけるだけの収入は約束するし、将来的には爵位の授与も可能性として考えて良いわ。女性は女男爵以上は難しいかもしれないけど、セイブルグ王国の爵位を与えられたら故郷の御父上もきっとお喜びになるはずよ」

「はあ」

「別に、喧嘩をぶり返すつもりで言うつもりじゃないけどさ」

 と、そこでカーリャは軽く言葉を切り。

「儲かってないんでしょ」

「まあ」

 閑古鳥である。

 あれだけ大喧嘩したのに、いや、大喧嘩したからだろうか、昼時に人が一人も店の扉を潜らない。

 店頭に並ぶ珍しい小麦の加工品は全部売れ残りだ。

 おそらく、自分で食べられる分は食べて、後は廃棄か近隣へのお裾分けだろう。

 情報では移転して二時節弱、七十日から八十日近い日数が経とうとしているらしい。

 子慣れた様子からも、開店してから随分と日が経つのだろう。

 分が悪い。

 負け戦である。

 三流の戯曲ならば小麦の加工品を手に取って、「この珍しい食べ物は何だ!」と識者が騒ぎ出し、王都中から様々な美食家が集まり、明日には億万長者という流れだが、現実は残酷だ。わけのわからない食べ物は野良猫すら食べやしない。

 おそらく、才能がない。

 飲食に関しても、経営に関しても。

 今のこの閑散とした結果が証明している。

 別種の才能は満ち溢れているのに。

 最高学府。

 アーシュナイド魔法学院。

 コネ等の入学は一切行われておらず、完全な実力主義であり、国内だけでなく他国からの留学も行われている。

 隣国セインブルグでもその名は広く知られており、年に一度行われる実力模試は魔道協会や王立研究所のエリートすら顔を青ざめるほどの激戦らしい。

 そこの首席卒業者。

 それこそ、大国の議会で軽く話題に上がる程度には注目される。

 故郷でも激しい勧誘が行われただろう。

 皮紙には、急にいなくなったと書かれていたので、夜逃げに近い形だったと思われる。

 故郷ではなく隣国に転居したのも、それが理由だったのかもしれない。

 彼女の社会的な評価はそれほどである。

 魔道関連の機関の就業を選べばそれこそ入れ食いで、どの機関でもこちらが提示した条件を無条件で受け入れてくれるだろう。

 十で神童十五で才子、二十過ぎれば只の人という言葉があるが無才で結果が残せるほどあの学院は甘い世界でないとカーリャは聞いていた。結果を残せたという以上は正真正銘の天才なのである。

 それが。

 場末の裏路地にある小さな店で調理人の真似事をして閑古鳥を鳴かせている。

 カーリャからしたら、鳥が魚になろうとしているようなものである。

 今回、彼女の持ってきた提案も不可思議ものではない。国家の諜報部が隣国の貴族の家系であることを証明しているし、能力的にも文句のつけようがない。

 提案を受け入れれば、一等地のシャーレ区辺りで貴族や豪商に囲まれながら使用人を複数雇い貯蓄も残せるような生活が約束されるだろう。

 だから。

「迷うのは当然よ。自分の人生に関わることだから。けれども、これは貴方にとって良い提案だと思うわ。じっくりと時間をかけて良いから、良い返事を聞かせてくれるとありがたいわ」

 と言った。

 口論になってしまったし、わだかまりもあるだろう。自分が窓口になるのも良くなかったのかもしれない。

 けれども、所在は知れたし、後日しかるべき日にきちんと国営に関わる身分の人間と面談をしてもらい、結果を決めてもらえば良い。

 軍属を希望するならダビデのセリナ、研究職等の魔道機関が希望なら秘錬官監院に一報を送れば話を進めてくれるだろう。

 子供ではないから、どうすれば良いかは理解できるだろう。

 生活の糧にならない事を何時までも許容してくれるほど社会は甘くない。

 趣味は趣味として留めておけば置けば良いのである。

 自分の仕事は終わったとばかりにカーリャは軽く椅子から腰を上げた。

「そういうことだから、これで話はお終い。詰め込んだ話に関しては後日、別の者が訪れると思うからそこでして頂戴。じゃあ、長々とごめんなさいね。お店、流行るといいわね」

「あ、いえ。ここでお断りします」

「そう。それがいいと思うわ。人生は堅実が一番。こういうことは本業の傍ら、空いた時間でやればいいのよ。解ってくれてうれしいわ」

「……」

「……え?」

 論旨迷走。

 カーリャの耳に届いたのは、明らかに拒絶の言葉だった。

 聞き間違いかと思ったので、カーリャは再び聞き返した。

「今、断るって」

「言いましたけど」

 小首をかしげる小娘。

 言葉を続ける。

「お断りします。心の底から興味がないです。故国でも問答ありましたけど、別に魔道に興味があって学院に就学したわけでもありませんから。話も進めていただかなくて結構です」

「別に冗談で言っているわけではないわよ。色々口論になってしまって申し訳ないと思うけれども。我が家の紋章を見せましょうか? 旧家だし信頼はできると思うわよ」

「いえ、そういうのを疑っているわけではありませんし。おそらく、そういう話も来るだろうなと予想していた部分もありますから」

「まあ、そうでしょうね。故国でも同じような目にあったと言っていたからね」

「お話を頂いて嬉しくないわけではありません。評価を頂いてとても喜ばしく思っています」

 丁寧な口調。

 こういう部分は育ちの良さを感じさせる。

「けれども、就学した目的も魔道に携わりたいという事ではありませんでしたし。別に主席といっても私よりも、むしろ指導していただいた方が優秀だったから、だと思っています」

「それは謙遜じゃない?」

「いえ。それに、筆記に関しては若干ズルもしていましたし……」

「え?」

「いえいえ。何でもありません」

 いや、聞こえたぞ。

 若干、ズルだと。

 実はカンニングで主席というパターンか。

 そうなると、彼女の実力も若干疑わしい。

 まあ、首席を奪い取ってしまうほど高水準のカンニングというのもとても興味はあるが。

 カーリャは嘆息した。

 困ったことになった。

 別にカンニング云々、の話ではない。

 彼女の知識、技術が蝋の城だったのならば、いずれは白日の下に曝されるだけである。

 それよりも困っているのは、目の前の小娘がここで話を打ち切ろうとしていることである。

 我に任せろとばかりに意気揚々とやってきたのに、蓋を開けたら交渉する余地もなく断られたと報告するのはいささかどころではなく、ばつが悪い。

 ラファール小隊長から、「お使い一つできないとは、やっぱり君は素敵な給料泥棒だね」とまた、胃の痛くなる小言を言われてしまう。

 あの顔を思い出して来たらまた、胃が痛くなってきた。嫌味が本当に秀逸すぎる。

「なので、この話はこのままお持ち帰りください。御側路頂きありがとうございました。なんの力にもなれなくて申し訳ありませんでした」

 完全にお客様モードである。

 次の句も告げられないほどの完全な拒絶。

 お持ち帰りしたいのは、目の前の小娘である。

 仕方がない。

 このまま、自責で終わりにしない為にも、あまり気が進まないが、当初構想していたプランで行くことにした。

「そう。なら、仕方がないわね。スッパリキッカリと諦める事にするわ」

「解って頂いて幸いです」

「けど、いいの?」

「何がです?」

「こういう勧誘って続くわよ」

「ええ」

 ばつが悪そうに陰りを浮かべて頷く。

 思い当る節があるのだろう。

「憶測で悪いけれども、故国でも同じような状況に晒されていたんじゃなくて?」

「よく、御存じで」

「少し考えれば、解るわよ」

 カーリャはそこで、軽く天井を見上げた。

 木目の天井はまだ新しく、清潔だ。

 もしかしたら、店主が何らかの手段で天井の拭き掃除をしている……わけがないか。

 少し、思い悩む素振りをわざとらしく見せてから、心配そうに言葉を慎重に紡いだ。

「我が国の諜報部が情報を掴んでいたからね。出所は知らないけれども、情報が表に出た以上は、すでに誰かしらが知っているという事なのよ」

「っ!」

 息を飲む小柄なウエイトレス。

「その情報源が誰かは知らないけれど、おそらく、近日中、遅くても夏の終わりぐらいには情報は出回るでしょうね。その様子だと魔道協会にも籍の申請はしていないんでしょ?」

「はい」

「まー、悲惨なことになるだわね。引っ張りだこで手足が八本あっても足りないことになるだわさ。そういう魔法ってあるの? 変異とか暗黒進化的なやつがいいわ」

「ありません!」

「あ、そ。面白くないわね」

「面白がらないでください!」

 語気が強い。

 明らかに効いている。

 カーリャは内心でほくそ笑むと、話を続けた。

「そこで、交渉なんだけど」

「交渉?」

「そ、交渉。お互いが勝ちを拾える素敵な交渉。話は単純よ。私に少し協力してくれるのならば、噂を止めてあげる」

「そんな事、出来るんですか?」

「軍属だからね。諜報部から情報の出所を聞いて臭い物に蓋をすれば今回の件は無事、円満に終焉よ。まあ、その後の事は知らないけどね」

「臭い物に蓋って、具体的には?」

「聞きたい?」

「いえ。いいです」

 ミシューはさぞ、不快そうに目を背ける。

 意外と潔癖だ。

 カーリャは話を続ける。

「内容は、至って簡単。私、今から別件でゼファーリア大森林に行かなければならないから、貴方。付き合いなさいよ」

 勿論、これが当初の予定であった。

 近隣の森に突如出現した竜種の調査に、件の特待生を同行させる。

 斥候は危険な仕事であり、情報が少なければ少ないほど死亡率も上昇する。今回の案件に関しては、求められるのは最悪、目撃情報の裏を取るだけ事なので、実際に竜種と死闘というファンタジーは起こらず、面白可笑しくもないゼファーリア大森林の偵察だけに留まるだろう。

 さすがの軍部も、ピンでドラゴン退治をさせるほど無策でも薄情でもない。そう信じたい。ラファール小隊長は割とマジなトーンで、「倒せるんだったら倒してきてね」と別れ間際に付け加えてきたが。

 近隣の集落にて、聞き込みと情報の収集、そして実際に危険な魔物が跋扈するゼファーリア大森林に侵入し、竜種の目視確認、それが叶わずとも存在の証明となる物証や状況証拠を収集するのが、今回のゼファーリア大森林遠征の目的である。

 危険は、少ないと言えば少ないだろうし、多いと言えば多いと言える。

 というのも、今回の遠征に使用するルートは一般市民が資材収集等に用いる事もある程度には安全性が確保され、魔物の出現率も、遭遇するのが珍しいとされるほどには低い。

 おそらくは、遠足の延長のような安全な旅路になるだろうとカーリャは考えていた。

 ただ、もし竜種が本当に存在していた場合。

 その存在は確実に生態系を乱し、普段は魔物達も人の立ち入りに警戒し近付かないはずの場所にも足を踏み入れるかもしれない。

 それに、竜。

 人類との戦力比、一対百。

 攻城兵器を用いなければ傷を負わせるのも難しい難敵と遭遇した場合、死亡の率は跳ね上がることだろう。

 そういった意味もあり、実際に連れて行くのは躊躇した。

 それに、口論になった事も理由としては大きい。ぶっちゃけた話、相性悪いだろうなあと素直に感じてしまったから、カーリャは話の流れの中でこの提案を切りだすのを止めようと考えていた。

 だが。

 どうにも。

 何かが引っ掛かる。

 そして、こういう時の予見は大概が当たる。

 血筋らしい。

 簡単な未来視が出来ると聞いたことがある。

 カーリャはまだ、見えはしないがこういった勘のようなもので、自分にとって正しい道の選択に成功した体験があった。

 正直、この娘の実力を測りたいという気持ちも強い。

 実も蓋もないことを言ってしまえば、名門の卒業生と言えども、現場の最前線で数十年戦ってきた者達の経験に勝てるわけではない。

 経験値と実務の習熟値が違う。

 けれども、名門首席卒業となれば、今の時点でダビデのホドやネツァクに匹敵する程度には高い位階を獲得しているのかもしれない。

 見極めたい。

 そういった好奇心が沸き起こる程度には、この僅かな問答の中で目の前の少女に興味と関心を抱いていた。

 だから。

「一緒に来なさいな」

 と、ごく自然な口調で誘うカーリャがいた。

 当然、目の前のウエイトレスは答えに逡巡する。

「いえ、店もありますし」

「どうせ、だれも来ないわよ」

「売れ残りの子をどうにかしないと」

「それも大丈夫。玄関に、自由に持って行ってくださいって看板を置いておけばみんな持って帰るわよ。それに、行き際に暇そうな奴捕まえて言付けして、今日の最後に軍部の小隊にも配ってあげるから」

「遠出ですよね。旅支度もしてませんし」

「近場よ。近場。往復で三日もかからないわよ。遠足のつもりで気軽に行きましょう」

「そんな、強引な!」

「嫌なの?」

 と、カーリャは小首をかしげる。

 反応は、想定とは違った。

 有体に言えば、満更でもなさそう。

 拒絶するなら当身で気絶させてでも連れて行こうと思っていたカーリャとしては想定外だった。

 顔を少し赤らめて。

「別に、そういうわけでは」

 というので、なんだ、この娘、思ったより可愛いぞとカーリャは感じてしまうのだった。

「じゃあ、良い返事を頂いたという事でよろしいかしら」

「……そういうことで良いです」

 少々の戸惑いを表情に浮かべ、ウエイトレスの少女は答えるのだった。

 顔に出やすい。

 嘘の付けない性格だ。

 ウエイトレスの少女は言葉を続ける。

「正直、色々な事に煮詰まっていたので、気晴らしにも良いかもしれないので。短い間ですが、よろしくお願いします」

「そう。うれしいわ」

 カーリャはにっこり笑う。

 そこで、思い出したように。

「そういえば、名乗っていなかったわね」

「はい。軍部の方と思っていましたから。そう名乗っていましたし」

「レベリオン家って知ってる?」

「はい。セインブルグの伝統ある名家ですよね。王立以来の古参と聞いていますが」

「古参でも三百年続く子爵の家系だけどね。古カビが生えて出世競争から取り残されたのよ。私はそこの三女。カーリャ=レベリオン。爵位を継げない。結婚相手も見つからないから仕方なしに軍属になった親不孝者よ」

「なら、改めて。ミシュー=スフィールです。出身はベルファンド王国のラザーニア領。伯爵家の出で、長女だけど兄が二人いるので家督の継承権はありません。よろしくおねがいします」

「よろしく」

 二人は手を結ぶ。

 その手が、永遠に切れないように。

 醜い口論も忘れ。

 二人は、堅い友情を結ぶのである。

 そして。

 物語は始まる。































「ところで」

「はい?」

「歳は?」

「歳?」

「重要な事よ」

「え?」

「重要な事よ」

「十五です」

「私は、十六。なんだ、年下じゃない」

「そうですね」

「決まりね。敬いなさいな。年長者よ」

「一歳違いじゃない」

「十代の一歳は大きいのよ!」

「みみっちい!」

「うるさい! 上下関係はあった瞬間にしっかりさせておくのが私の流儀なのよ!」

「本当に、あなたは! 本当に! なんか、いう事言う事癇に障る!」

「可愛くない子ね! さっき少しときめいちゃったのが馬鹿らしいじゃない! 返せ!」

「あー頭にくる! 少しでも良い人かなと思ったのが馬鹿みたい!」

「小娘! 黙れ!」

「お前が黙れ!」

 

 ……。

 始まる。

 ……。


 のか?



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