第2話
それは根源的な記憶の彼方の事なのかもしれない。ただ、そこにいた人物の事を私は思い出せないし、彼らが何者だったのかを知る由もない。
ただ、解る事。
それは、一人の男であるという事。
そして、一人の女でもあるという事。
二人は、慈悲深い表情で私を見下ろすと私の頬を撫ぜて優しく告げた。
「この子には、辛い想いをさせてしまうな」
そういう男の表情には慈愛が満ちていた。
「けれども、仕方がない事。きっとこの子にしか出来ない」
「ああ、解っている」
男は、頷く。そしてその額を私の頭につけると、更に抱擁する力を強める。
「恨むなら、恨んでいい。憎むなら、憎んでいい。こうする事しか出来ない我々を許さなくていい。ただ」
そこで、男は言葉を飲み。
「ただ、愛している。それだけは忘れないで欲しい。お前がどのような道を歩むのかはわからないが、私は、私たちは、お前の幸福を願っているのだから」
そういうと。
男は、女と共に頷き。
その手をかざし。
私の意識は。
闇に。
……。
おち。
……た……。
〇 〇 〇
「!」
目を覚ます。
と、共に。
窓からの日差しはすでに朝を告げていた。
太陽は覗かせてから少し経ち、世界を光が侵食していた。寝ぼけ眼で起き上がると、麻の安い掛け布団を跳ね除けてよそよそとベッドから降りる。
薄手の麻布団とクッションの無い木製のベッド。こちらに来てからは様々な出費が多く、安物買いで済ませてしまったのが良くなかったのだろうか。今日の夢見は決して良い物とは言えなかった。
知らない男の人と、知らない女の人。
子供を見るような目だったけど、ラザーニアにいる両親とは違う顔立ち。あの人達は何者だったのだろうと思う。おそらく、夢の悪戯が引き起こした虚構の存在だったのだろう。あのような人達、今まで会った事は無い。
やはり、堅い寝床はいけない。
羽毛や羊毛は手が出しにくいほど高いが、こちらでの生活がもう少し基盤に乗ったら贅沢して一番に買おうと思う。麻の布団一枚ならば、冬を越せないと思うから。
床を踏むと、木が軋む。
築五年も経っていない物件と聞いている。前の家主が蒸発して、宙に浮いていたのを運良く安値で手に入れることができた。立地も微妙によろしくないので相場よりも随分と安く購入することができたが、やはり王都の中層、相当に高い買い物だった。貯蓄が三分の二以上無くなったが、自分の城を持てたのはとてもうれしい。
本当は大通りに面した物件にしたかったが、大通り沿いだと物件価格は倍額以上に跳ね上がるのであきらめた。
両開きの窓を押し開けると、外の風。裏路地なので大通りと違って見通しは良くないが、すでに人の活動する気配をそこ、かしこから感じ取る事が出来た。
その、暖かな風を感じながら。
「よし」
気合を入れる。
開店は明日から。
すでに準備は万端。
季節は、シュティアの時節。
『春』である。
暖かな日の訪れ。
新しい環境。
私の胸は自然と高鳴っていた。
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