小さな幸せ――ルシファー※
ひとつ願いが叶うのなら、俺は迷わずお前の幸せだけを願ってしまうだろう。他者のことなど顧みず、その名を冠する傲慢さで。
*
「やいルシファー、どうしたんだ。余裕だな? でも、そんなに気を抜いてたら……やられるぜ?」
「え? ちょ、待てソウヤ。くっ、あ、あ、あ〜〜〜っ!」
余裕綽々といった表情で俺の顔を覗き込んできたソウヤは、次の瞬間、ニヤリと不敵に笑って手に握るソレを慣れた手つきで弄いじくった。
これはまずいと思ったが、時すでに遅し。
不意打ちでその鮮やかな指さばきを見せ付けられ、ものの見事に翻弄される。俺は為す術もなく、一瞬で果ててしまった。
これで三戦全敗だ。
普段は隙だらけなくせに、一度スイッチが切り替われば人が変わったように隙がなくなる。以前のソウヤとは全く相容れないが、今はそんな所も愛おしく思えた。
興奮で頬を紅潮させ、満足気に唇を舐める仕草に思わず見蕩れてしまった。
「ルシファー様。その様ないかがわしい声を出すのはやめて頂けますか? 不快ですので」
「お、おう。すまん」
「っしゃー! 快勝快勝! 銀髪美形堕天使なんてボコボコにしてやらぁ!」
「さすがです、ソウヤ様。ゲームでもお強いのですね!」
ソウヤを褒め称えて拍手を送る真紅龍を横目に、俺はため息をついた。
ソウヤが暇だと言うから、それならばと俺の部屋から持ってきた家庭用ゲーム機で格ゲーをプレイしていた。これはそこそこやり込んでいたつもりでいたが、ソウヤの指さばきが華麗すぎて反撃の隙もない。
このゲームでなら勝てると思ったんだがこれもダメだったか。シューティングゲームも、パーティーゲームも、パズルゲームも、対戦できるゲームはあらかたやり尽くしたがどれも惨敗だった。
だが、この結果が妥当だろう。俺はソウヤがやっていたゲームを真似して後追いで始めただけだし、そこにある熱量も違うのだから。……別に負けた言い訳なんかではない。ないったらない。
隣に座るソウヤが、手に持っていたコントローラーを床に置いてぐーっと伸びをする。伴ってシャツが引っ張られ、臍の周りにある俺の契約紋がちらっと見えた。
俺の主は男に間違われたりするが、れっきとした女である。肌もきめ細かくて白くて、意外と細い腰は艶めかし……って俺は何を考えてるんだ。
煩悩を振り払うように軽く頭を振る。別にソウヤをそういう目で見たいわけじゃねえんだよ。
「さってと、ルシファーの集中力が切れたみたいだから、今日はここまでな」
「それでは私はお茶の用意をして参ります」
「ん。ルーシィ、ありがとう」
音も立てずに立ちあがり、静かにキッチンへ向かうさまはさながら忍か暗殺者のようだ。
なんて考えてたら、去り際に睨まれた。こわ。このドラゴン、エスパーかよ。
そんな俺たちのやり取りに気付くことなく、ソウヤはゲーム機を片付けていた。アホ毛がひょこひょこ揺れる。
その後ろ姿に、声をかける。
「なあ、ソウヤ。お前の幸せって何?」
「あー? なんだよ急に……」
怪訝そうな表情でこちらを見る。光を通さない黒い瞳で見つめられると、あの時のことを責められているような気がして心がざわつく。
いいから、と促すとソウヤは悩む様子を見せた。ゲーム機を片付け終わり、ソファに身を沈めてからもまだ考えている。
何も考えていなさそうだが、ソウヤは案外長考するタイプなのを俺は知っている。
伏せられた漆黒の瞳には、何が見えているんだろう。お前の幸せの形は、一体どんなだ。
そうして、しばらく悩んで出した答えは。
「積みゲー消化……?」
一瞬、ミーム汚染にでもかかって言葉が理解できなくなったのかと思った。長考した結果が、積みゲー消化ってなんだそれ!
そんなことがソウヤの幸せなのかよ!? 小さい、すげー小さい幸せだな!
そのくらいで幸せになるなら、いくらでも積みゲー消化させてやるよ……!
思わず吹き出してしまいそうになるのを堪えるのに苦労した。
「や、うーん。というか、いつもの日常が続けばそれでいいかな。積みゲー消化も幸せだけど」
加えて、そんな悟った老人みたいなことを言うもんだから、俺はもう笑いが堪えられなくてついには大笑いしてしまった。
笑われてムッとするソウヤもかわいくて、わしゃわしゃと頭を撫でる。余計にしかめっ面になっていくのが面白かった。
ああ、そうか。確かに、こんな日常は悪くない。
なんでもない日常が続くことがお前の幸せだと言うのなら、それを俺がずっと守っていきたいと思った。
――
―――
ルシファーとソウヤの幸せに関する話。
でもこの話、ルシファーの考える『いつもの日常』とソウヤの考える『いつもの日常』が実はすれ違っているっていう虚しさがあります。
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