満月の夜は嘘――ソウヤ※

「ソウヤ……いる?」

 満月の日の夜。申し訳なさそうな声色で囁くようにそう言いながら、そっと部屋に入ってくる影がひとつ。

 魔法で柔らかな光を室内に灯せば、苦しそうで、切なそうで、辛そうな、そんな表情を浮かべたリュウがそこにいた。彼は僕を見ると、申し訳なさそうにへらりと笑ってみせる。

 唇を噛んで牙が刺さったせいなのか、それともすでに誰かの血を吸ったあとなのか、真偽は分からないが、口から一筋の血が垂れていた。きっと、リュウの事だから、前者なんだろうけど。

 血属性を持つヴァンパイアは満月の夜、血液を摂取しなければ理性を失うという。

 目の前のヴァンパイアはそれを拒否したがる。化け物にはなりたくないのだと、言って。

 僕は急いでベッドから体を起こした。

「リュウ。今日はまだ大丈夫みたいだな」

「“まだ”ね。でも、もう、かなりキツイかなー。ソウヤを見るだけで壊れちゃいそう」

「は!? じゃあなんで僕んところにきたんだよ、ばか!」

「うん、ごめん。それでも、ソウヤと一緒にいたくて。ごめんね」

 泣きそうに顔を歪ませながら、笑みを浮かべる。

 違う、僕はリュウを責めたかったわけではなくて。ただ、心配、で。

 でも今更それを言っても言い訳にしかならないから、僕はベッドに腰掛けたまま、あまりに頼りなくて折れてしまいそうなリュウの腕を引いた。

 初めて会った頃より、痩せたような気がする。

 ちゃんとご飯を食べていても痩せていく一方なところを見ると、ヴァンパイアは食事だけでは栄養を補給しきれないらしい。

 多分、血が。

「リュウ、血はちゃんと飲んでいる?」

「んー? ふふ。ちゃーんと飲んでるよー。心配ご無用ー」

「じゃあ、なんでこんな痩せてくの。死にはしないからって無茶してるんじゃ……」

 お節介だ、という事は分かっていたけれど、言葉を止められなかった。

 不老不死だから死ぬ事はない。でも、血を飲まないと酷い飢餓感に襲われて気が狂いそうになってしまうときく。あまり血を飲むのを好まないのは知っていたけど、そこまでして何故リュウが血を飲まないようにしているのかは知らない。

 何も知らない僕が、何かを言えた義理ではないのだけど。

 リュウは眉間にシワを寄せて、目を逸らした。やっぱり触れて欲しくない事だったみたいだ。

「ごめん……でもリュウが辛そうで。僕はお前に何をしてあげられる?」

「っ……やめてよソウヤ。なにも、いらない」

 いらない、いらない、と子供のように繰り返しながら首を横に振りつつも、何かを求めるようにリュウの手が僕の手をきつく掴んだ。

 そんなに拒否する必要があるとも思えないのに、頑なに拒み続けるリュウは何かを怖がっているようだった。目に涙まで浮かべ、とても苦しそうに見えた。

 僕はおまえに何をしてやれる? どうすれば苦しさを和らげてあげられる?

 考えてばかりで行動に移せないままでいると、不意に近づいてきたリュウにベッドへと組み敷かれていた。

「リュ、」

「……ほしい。ほしいよ、ソウヤの全部が、心が……血が。でも、でも、僕はソウヤを傷付けたくない、だから、だからっ……!」

 僕に馬乗りになったまま、ぽたぽたと涙を零しして必死に訴えかけてくる。

 きっとこれはリュウの本心。

 いつもの妖しく光る紅い瞳はなりを潜め、涙でぼやけて、頼りなさげにただただ僕を写していた。

 そっとリュウの頬に手を当てて、安心させるように僕は微笑んだ。

「全部は、あげられないけど。血くらいならあげられるよ。生憎僕も、そう簡単に死ねないみたいだしな」

 自嘲的に笑ったら、何故だかリュウの方が痛そうな表情を浮かべてしまって、困惑する。

 ぐすぐすと鼻をすすり、睨むようにして僕を見る。

「ずっと、ずっと我慢してきたんだ、このまま隣にいるために。なのに、そんな風に言われたら、僕、僕、は」

「大丈夫、血を飲んだからって隣にいられなくなるわけじゃない。そうだろ?」

「だって、まえ……まえ、は、血をのんだから。僕が、わるい子だから、ソウヤはいなくなって、ぼくは……。もっ、やだ、ひとりになりたくないよ、ソウヤ、ソウヤ……ひとりにしないで」

 縋るように僕の胸に顔を埋めるリュウ。体勢的にはとても恥ずかしいのだけど、そんなことを言えるような状態ではない。

 リュウが言った言葉の意味も気になる。前って、なんだ。

 彼も皆と同じように、誰かと僕のことを重ねてみているのだろうか。それなら、僕がすることは一つだ。

「大丈夫。大丈夫だよ、リュウ。ここにいるから。お前のそばからいなくなったりしないから」


 平気で嘘をつく自分に、吐きそうだ。

 無責任な言葉だけの慰めなんて、なんにもならないのに。僕にはこうすることしかできないなんて。本当に、最低な、嘘つき。

 ゆるゆるとリュウの黒い髪を梳くように撫でる。

 ごめん、ごめんリュウ。嘘つきでごめん。


 でも僕は元の世界にどうしても戻りたいから、これからもきっと嘘を吐き続ける。悪魔のように、言葉で、態度で、人を騙し続けて。

 恐ろしく綺麗な銀髪の堕天使なんかよりも、僕の方がよっぽど悪魔のよう。

 こんな最低で最悪な自分はもう、好きにはなれそうにはないな。



――

―――

満月の日のリュウとソウヤの話。

誰よりもウソツキなのは、ソウヤなのだと思います。

お題ったーのお題を使用しました。

【このまま隣にいるために。/「ほしい。」/あまりに頼りなくて折れてしまいそう】

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