吸血鬼の憂鬱――リュウ※
細い月の出る夜。僕は今日もまた、汚らわしい行為に身を堕とす。
静謐な森の奥に、一つの真新しい洋館がある。そこに魔力量の多い女が住んでいるという噂を聞いて、僕はその洋館を訪ねた。
血の味は健康状態や体質の他、魔力量と質にも関係する。故に高魔力保持者の方が、美味い血の可能性が高い。どうせ気持ち悪い“食事”ならば、少しでも良い味を求めてしまうのは当然の事。
どうせ今回も外れだろうと思いながら、館の扉をノックする。音が聞こえると思った訳では無いけど、なんとなくいつもやってしまう癖のようなものだった。
しかし、意外にもその音が聞こえたらしい館の主は「はぁ〜い? どちらさま?」と耳に障る粘着質な声と共に中から出てきた。
男に好かれそうな肉付きと顔立ちの女。波打つブロンドの髪を緩く結い、寝巻の上に薄いショールを羽織っただけの格好だった。一目見ただけで魔力の多さが伺える。
あまり警戒心なく出てきた女を、戸口で容易に組み敷く。女の怯える表情を無視して、ガブリと首筋に牙を突き立てた。
「いッ! ……ひゃ、……ぁんん」
白い肌を牙でぶちぶちと突き破る感覚、女の耳障りな鼻にかかった声。そして、吐き気を催しそうな不味い血の味。苦くて酸っぱくて、臭い。ねばつきドロドロと舌に残るのが不快で、無心で飲み下した。いつもこの瞬間は味覚を潰したくなる。いっそ無味であったならよかったのに。
必要最低限の血を吸った僕は、恍惚とした表情で快楽に溺れる醜い女をその場に捨て置き、立ち去った。
ここの館の女も泥水を啜っていた方がマシって感じの味だったなあ。すーっごく不味い。あの魔力量でこんなに不味いとか、健康状態と質が最悪だった。
これなら悪魔の血の味でも飲んでいた方が断然マシ。中でも堕天使ルシファーの血はまだ美味しい部類だったし、また遭遇出来たりしないかなー。
吸血鬼として完全な覚醒をしてから、血を定期的に摂取しなければいけなくなった。なのに、いくら飲んでも飲んでも飲んでも飲んでも飲んでも、僕の渇きは満たされなくて。
少なからず血を摂取している以上、生活にはなんの支障もない。力も不自由なく扱えた。
でも、過去に飲んだ彼女の血が。魅惑的で甘美なあの血の味が忘れられなくて。
僕は常に渇き、飢えていた。
たまたま見かけた天使の血を飲んでみたけれど、それでもダメだった。やっぱり君じゃなきゃダメなんだよ、ねえ。
今、どこにいるの。どうして僕を置いて何処かに行ってしまったの。会いたい、会いたいよ。
君に初めて会ったあの頃よりも、さらに醜く穢れた僕だけど、君に会いたいという気持ちをなかったことになんて出来ない。君の笑顔を僕に向けて欲しい。鈴のような声で僕の名前を呼んでほしい。
そして、君の血を。
僕の無駄に長くて退屈な人生も、君が、君の存在があるから耐えられる。だから、だからどうかまた、君に。
「リューウーさーん! 一人でなにしてンですか。って、血だらけじゃないッスか! 俺が洗いなが」
「ちょっと、やめて。僕のリュウさんを穢す気? 殺すよ?」
「てめーのじゃねーだろが。あン? 殺ンのか?」
「いいよ。どーせウシオ弱いし」
「ンだとこの猫野郎」
「あーあーあー、もー、二人ともうるさーい。ちょっと黙って」
森の外れまで迎えに来ていた魔族の二人を呪印で強引に黙らせる。口が縫い付けられて、ピタリと言い争う声が止まった。僕は呆れてため息を吐く。
こんな僕を慕ってくれるのは嬉しいけど、魚の糞みたいに毎度くっついてこられると鬱陶しいかも。やっぱり僕には彼女の真似事なんて向いていないな、と思った。
――
―――
吸血を嫌うリュウのお話。
吸血鬼は恋をするとその人の血しか飲めなくなるらしいですね。
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