夕日に染まる氷の華――ソウヤ※
王都ウェントゥスの人たちは騒ぐのが好きな人が多い。
僕は目の前の現状を眺め、改めてそう思った。
今、僕たちは国が主催の新年を祝う祭りへ来ている。
リリアちゃんとマリアさんに是非と言われてしまえば否と言えるだろうか。いや、言えるはずがない。
そういうわけでギッさん一家に連れられて僕たち一行は祭りにやってきたのデス。
だけど、とりあえず一言言わせて欲しい。ここはコミケ会場かよ!? 冬だというのになんだろうこの熱気。いつも賑わっている王都の広場だけど、今日は流れに逆らって歩けないほど人で埋め尽くされていた。
夕日に照らされてオレンジの影を落とす皆の顔に浮かぶのはどれも笑顔で、無事に新たな一年を迎えられたことを純粋に喜んでいるようだった。
こういう当たり前を喜べるのはいいなあと思う。
日々命の危険に晒されているこの世界だからこそ、日本にいた頃よりも強くそれを感じられるのかもしれない。
祭りは、日本でいう大晦日の早朝から始まり、元旦の夜中まで続くのだそう。
家族で静かに過ごす者もいるにはいるが、こうして祭りに参加する者の方が多いらしい。イメージでしかないけれど、アメリカとかの新年のカウントダウンみたいな感じだろうか。ハッピーニューイヤー! ってみんなでやるやつ。
でもそれにしてはちぐはぐだ。この祭りは夏祭りのように出店なども出ているのだ。その影響もあって活気と規模が半端ではないのだけど。
異世界人の僕にはちぐはぐに映ってしまうけど、この世界の人たちにとってはこれが普通なんだろうな。
元旦にあたる今日は夕方から夜にかけて王族のパレードが催される予定だそうで、見目麗しい王族の姿を一目見ようとひときわ国民が集まってきている。
僕たちもその人々の波に乗ってここまでやってきていた。
シルフの王族は光帝のイリアさんしか見たことないから少し興味あるな。イリアさんは双子らしいし、第一王女のお姉さんはきっとイリアさんとソックリなんだろうけど。
そんなふうに考え事をしながら人の流れに乗ってどんどん進んでいると、不意に袖が引かれて、反射的にそちらを見た。
「…………ソ、ヤ」
「ん? て、あれ。センリだけ? 他のみんなは……」
『ソウヤが、どんどん進んでく、から。はぐれた、よ』
「え、そ、そうなの? ごめん、気付かなくて」
そこにいたのは相変わらず無表情なセンリだけだった。
センリとルーシィと凜、それとギッさんたち家族三人と一緒に歩いているつもりだったのだけど、おかしいな。
少し立ち止まって周囲を見回してみるものの、それらしき人を見つけることも出来ず、通り過ぎていく人たちから迷惑そうな顔を向けられるだけだった。
どうしよう。ここで待っていてもいいけど、道幅が結構広いから反対側を歩かれてたらすれ違ってしまうだろうし。何より通行人の「立ち止まってんじゃねえよ!」みたいな視線が痛い。あ、あれ? さっき僕が見た笑顔の皆さんは幻覚だったのカナ。
うーん、もっと見通しのいい場所に出た方がいいかも。この通路はかなり混んでいるけれど、広場に出てしまえば多少は混雑も緩和される、はずだし。そう信じたい。
「センリ、僕たちだけでも先に進んどこうか。このままここにいても合流できなさそうだし」
「う、ん」
「……はぐれないように僕の手でも掴んでおく?」
「ん」
「なんてな。……え?」
冗談で言ってみただけだったけど、いつもより少し嬉しそうな表情で素直に手を握られてしまえば、今更振り払うことは出来なかった。軽率な言動を後悔したけど、こうしていた方がはぐれないのは確かなので、ポジティブに考えることにしよう。
ルーシィの契約紋のあるほうの手に柔らかな肌の感覚と温もりを感じながら、人の波に流されるようにただただ進んでいく。
時間帯が悪かったのだろうけど、この人混みじゃ出店をのんびり眺めながら歩くこともできないなあ。せっかくお祭りなのに、出店の食べ物食べらんないのはなんか悔しい。
食べ物を手に持ちながら歩いている人たちが急に羨ましくなり、手持ち無沙汰感を覚えた僕は創造の能力で、祭りといえばこれ! と思う物を二つ出すことにした。
「はい、センリ。お祭りの定番、リンゴ飴だよ」
「……りんご……!」
「そ、砂糖を溶かして、それにりんごをつけて固めたお菓子だよ。今回は小さめだからそのまま齧り付いて食べられると思う」
「…………わかった」
割り箸に刺さった小さめのリンゴ飴をセンリの方に差し出すと、受け取るのではなく、あろう事かそのまま齧り付いてきた。パリパリ、シャクッと小気味よい音を立てて齧られた薄い飴とりんごが、センリに咀嚼されていく。
想定外の行動に足が止まってしまう。
美味しそうに頬張るセンリには申し訳ないが、僕達へ向けられる殺気にも似た迷惑そうな視線をヒシヒシと感じるからもう勘弁してください。
リンゴ飴を二つともセンリに押し付け、センリの手を引っ張ってひたすら足を動かす。もう少しで広場に出られたのだから、出てからリンゴ飴を渡せばよかったと少し後悔した。
広場は大通りや今僕たちが歩いてきたような出店の並ぶ細い複数の通路と繋がっており、いくら広い場所だとて今日は人でごった返していた。
やっぱりここは異世界のコミケ会場かなんかだったのかもしれない。ま、コミケに行ったことはないから想像でしかないけどね。
広場の中央には噴水が設置してあり、普段ならばそこで談笑する人を見かけるのだけれど、今日は談笑している人は一人もいないようだった。
おそらくこの噴水のそばを王族のパレードが通るのだろう。正装をした騎士団や魔法師団の人が警備に当たっているのがかろうじて見える。
これからどこに行ってはぐれたみんなを探そうかと思いながら、シャクシャクとリンゴ飴を頬張る音を辿るようにセンリを振り返ってみると、ハムスターのようにリンゴ飴を口の中に溜め込んでいてびっくりした。何もそんなに口に詰め込まなくてもいいと思う。
「そんなに口に詰め込んで大丈夫なのか?」
僕の問いかけに答えようとしたのか、口をもごもごさせていたが喋るのは無理だと判断したらしい。念話で返答が来た。
そりゃあそうだ、こんなに口にものを入れて喋れるはずがないもんな。
『……だいじょぶ。りんごあめ、おいしー』
「それならいい。まだ食べたかったらあげるからゆっくり食えよー」
センリがコクリと頷いたのを確認して、再度これからどうするかを考えてみる。
広場に出ればなんとかなるなんて考えが甘かった。これじゃ結局ギッさんたちと合流するのは難しそうだ。
転移での合流も今日は出来ない。祭りが開かれているため、強固な結界が王都全体に展開されているそうで、その結界によって攻撃魔法や転移のような移動系の魔法は無効化されてしまう。
僕の力であれば結界を強引に破れそうな気もするけれど、鬼気迫る状況というわけでもあるまいし、魔法師団の人たちが頑張って維持しているのであろう結界を破ってまで転移を使おうとは思えない。
テロ容疑とかで牢屋にぶち込まれて囚人公になるのはもう御免だぞ。流石にウンディーネ王国でもシルフ王国でも牢屋にぶち込まれたとなると、いよいよ僕も国際指名手配とかされてしまうかもしれん。
ていうかさ、もう、合流とか考えないで祭りを楽しんでしまってもいいかなあ!?
せっかく新年を迎えたってのに、ろくに何もしないまま四ヶ月以上経ってしまったような気持ちなんだけど! 新年とか季節外れな気さえしてくる!
だからもう面倒だしこっちはこっちで楽しませてもらうぞ。異論は認めない。
と、そうは言ってもこのままじゃ身動きさえもとれないわけで。人の合間を縫って進むくらいは出来るのだけど、出店の並ぶ通路には戻れる気がしない。
かといって王族のパレードを見ようにも前の方は既に埋まっており、例えるならライブやコンサートを二階席から見るくらい遠い。あと純粋に僕ら二人共身長が足りなくてよく見えない。
「これはどうしたもんかなあ」
『どーした、の』
「これからどうしようかと思って。センリはなんかしたいこととか行きたい場所はある?」
「…………こっち」
いつの間にかリンゴ飴を食べ終わったらしいセンリが、何かを思いついたようでぐいぐいと手を引っ張っていく。
おうおう、どこへ向かうつもりかね。
器用に人の合間を縫ってどこかへと向かっていく。周囲の景色を見る限り、どんどん祭りで賑わう場所から離れていっているように感じる。こっちの方で催し物とかしていたっけ?
ギルドのある方向でも、城のある方でも無く、どんどん王都の外れまでやって来てしまった。
そこに見えてきたのはこの世界ではあまり見ることがない高い円柱状の建物。
「図書塔、か……」
「ん」
図書塔の存在は知っていたが、中に入ったことは無い。王都の住民ですらめったに立ち寄ったりしないと聞く。
なんでも、出る、らしいのだ。
なにが、なんて言わずともこういった場合の出るといえばアレしかない。そう、アレだ。超常現象的なこう、半透明で足がないイメージのある、アレだ。
そのせいで、如何にもな雰囲気漂う図書塔は、今や王都の子供たちの度胸試しの場所と化してしまっている。
古い図書塔なのだから貴重な書物が所蔵されていそうではあるが、いくらアレが出る噂があるとはいえ、なんで放置されているんだろう? もう貴重な書物は運び出された後だったりするんだろうかね。
そんないわく付きの建物に、センリは躊躇うことなく入っていこうとする。
いや、待て待て待て!
「ここに入る気?」
「…………や?」
「べ、別に嫌とかじゃ無いけども。な、何でここに入りたいのかなーって」
『……入ってからの、お楽しみ』
ヒエッ。
センリの表情筋が仕事をしていたら、小悪魔的な悪戯っぽい笑みを浮かべていそうなセリフに背筋が凍った。
そのセリフってこういう場合はいい意味な気がしないんですけど! しないんですけどォ!!
僕の内心の葛藤など知る由もないセンリは相変わらず無表情のまま、無慈悲にも図書塔の扉を開けて、渋る僕を押し入れた。
こうなったらヤケだヤケ! チート能力を得た僕の前に姿を現したのが運の尽き、チートな能力をフル活用して貴様らを片っ端から成仏させてくれるわ!
図書塔の中は薄暗かった。遥か遠くの頭上からオレンジ色光が漏れているのが見える。上の方には窓があるらしい。
入口付近はカウンターのようなものがあったりするが、不思議と埃や汚れは溜まっていなかった。
正面には気が遠くなるほど長い螺旋階段が待ち受けており、これは肝試しというより体力試し何じゃないかという気さえしてくる。
まさかこの螺旋階段を登るんじゃあるめぇなぁ? と思っていたらセンリは僕の手を掴んだまま、迷わずその螺旋階段へと向かっていく。どうやらこれを登るようです……。
違う意味で背筋が冷える。流石に僕のチートでドーピングされた肉体とはいえ、明日の筋肉痛を覚悟しなければならないかもしれない。
「こわい?」
「えっ! いやまさか。怖くない怖くない。ただこの螺旋階段を登るのはしんどそうだなあと」
「わかった」
一体何をわかったと言うのだろう。納得したように頷かれても、僕にはさっぱりわからないよ。
螺旋階段を登るのを諦めてくれるのかと一瞬期待したが、そうではないらしい。普通に登り始めてしまった。
なんかセンリ相手だとやりにくいなあ。つい流されてしまうというか、逆らえないというか。
現に今もこうして薄暗い図書塔の螺旋階段を登ってしまっているわけで。
外観ほど中は怖い雰囲気ではないのがまだ救いだ。人も寄り付かないような古い建物であるにも関わらず、ちゃんと図書館然とした厳かな雰囲気を覚える。
センリが何をしたいのかさっぱりわからないけど、肝試し目的だったならハズレと言わざるを得ないな。まあ、それはそれでなんの為に肝試しするんだよって話なんだけど。
だいぶ上に登ってきた。でも、思ったほど疲れていない。そこは問題ない。ただ、ずっとぐるぐるぐるぐる螺旋階段を休みなく登っていると段々目が回ってフラフラしてきた。
これは完全に想定外である。螺旋階段というのは目が回らないよう配慮された作りであるべきだろう、なんだこれは。罠か? 罠なのか?
「ソ、ウヤ」
センリに名前を呼ばれたと思ったら、何故か幅の狭い階段で勢いよく抱きつかれ、何故かすんなりと階段の手すりを越えてしまった。
即ち、4階くらいの高さから落ち――。
「ぎゃあああああ!?」
ギャグ漫画のような絶叫が口から飛び出た。
なんで新年早々、心中しなければならんのだろう! 本当に訳が分からない!
いきなりのことで何も考えられないでいると、背中に何か柔らかいものが触れて、同時に落下している感覚がスッとなくなった。
それなりに弾力のあるナニカに受け止めて貰えたらしいが、目を凝らしてもその実体は全く見えず、そのナニカは空気の塊と表現する他なかった。透明なエアマットといったところか。
コレの正体はともかく、新年早々心中することにならなくてよかったよ。
この状況を作り出した元凶であるセンリは、がっしりと僕に抱きついたまま、無い胸に顔を埋めていた。そこに柔らかい脂肪なんかついてないぞ、やめろ。やめてください。
なんとかセンリを引っぺがし、正面から視線を合わせる。
「で? どういうことだよ?」
『…………さぷ、らーいず』
「よーし、センリ。後で覚悟しておけよコラ」
『でも、本番は、これから』
その言葉がきっかけになって、背中を支えているエアマットっぽいものがずずずっと上昇を始めた。
当然その上にいる僕達も一緒に上へ上へと運ばれていく。
センリは相変わらず無表情のままで、表情からは何も読み取れなかった。
透明なナニカに乗っかってどんどん地面から離れていくというのはなかなかの恐怖体験だった。
ひええと思いながら、センリの腕にしがみつきつつ、上昇が止まるのを待った。
結局、最上階まで空気の塊に押し上げられ、ここまで来ると、遥か先にあった天井が良く見える。天井には絵画を模したステンドグラスのようなものがはめ込まれていた。
色とりどりなガラスに夕日が反射している。
最上階はガラス張りの様になっていて、現代日本のビルを彷彿とさせる。少し日本が懐かしくなった。まだ数ヶ月しか経っていないのに、おかしな話ではあるけれど、着実にこの世界に馴染みつつあったことを実感させられてしまった。
それでも、眼下に広がるオレンジに染まる王都の街並みはただただ綺麗だった。
チラホラと光を灯し始める家々や、賑わう出店、広場に集まるたくさんの人たちも見える。もうそろそろ、王族のパレードが始まるはずだ。
『きれー、でしょ』
「そうだな、綺麗だ」
『もっと、すごい』
センリがそう言うのと同じくらいに、外で、大きな音が聞こえた。バァン、と何かが破裂するような音だった。
何事かと外を見れば、煌びやかな魔法とともに王族が乗っているであろう馬車が、城門から出てきた所だった。
馬車を引いているのはペガサスのように翼の生えた黄金のたてがみを持つ馬の魔獣。その馬車の周囲で風の妖精たちがくるくると舞っている。そして、シャボン玉のような玉が幻想的に浮かぶ中を、光魔法の色とりどりの細い線が先行して人々の元へと何本も放たれていた。
「ここからじゃ少し遠いけど、俯瞰して見られるのがいいね。綺麗なのも充分伝わってくる」
近くで見ている民衆たちは大興奮している事だろう。あれだけの人が集まるくらいだ、当然といっちゃ当然なのかもしれないけど。
前の方じゃなくとも、十分に楽しめるな、これは。
そんなふうに思っていると、センリが視界を遮るように目の前に立ちふさがった。何すんだよ!
『どーん』
その声と共に、センリの背後に氷の花火が打ち上がった。
氷の花火というのはおかしな表現かもしれないけれど、そうとしか表現出来ない。実際に氷で出来た花火なのだから。
鋭く尖った幾つもの氷が、オレンジの空で花火のように円形に広がっている。
何発も、形を変えて打ち上がる。
それだけでなく、センリの手のひらから小さな氷の花火も同時に打ち上げ、ヒンヤリとした空気感さえも体感出来るというオプション付き。
「すっ……ごい」
『どや』
「センリこんなことも出来たのかよ!」
『もっと、いろいろでき、る』
この世界で見てきた魔法はどれも利便性を追求されたものか戦闘用のものばかりだったから、こういう魅せる魔法は今日初めて見たな。
しかも想像以上に綺麗で、興奮せざるを得ない。
センリはこれを見せるためにここに連れてきてくれたんだな。
途中はちょっと良くわからなかったけど、たぶん螺旋階段のショートカットをさせてくれたんだと思うし。うん。
僕もこういう魅せる魔法を密かに練習しておこうとコッソリ決意したのだった。
そのころ一方では。
「あれ!? ソーヤさんがいないよ!」
「あらあら、本当だわ。この人の多さだもの、はぐれてしまったのね」
「アイツなら大丈夫だろうよ。ルーシィとそっちの嬢ちゃんはソーヤを探しに行きたいだろうが下手に動かん方がいいだろうな。入れ違いになるぞ」
「……ええ、言われずとも分かっています」
「るーちゃん! るーちゃん! あれなにー!? すっごーい!!」
「リン、あまりキョロキョロして歩くな。はぐれてしまうだろう」
「じゃあ、手をつなごー! それならはぐれないよ! そーちゃんとも手をついでおけばよかったよー」
「そうだな、ソーヤ様は何かと危なっかしいお方故、そのくらいで良いのかもしれんな。ふふ、見つけ出したら手を繋いで頂こうか」
「うん!」
――
―――
新年の祭りでソウヤとセンリがはぐれてしまいながらもなんだかんだで楽しむ話。
何が書きたかったのかよく分からないけど、図書塔の話がしたかったんだろな。
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