確認の印――ルシファー※

 音が出ないようにそっと扉を開けて、薄闇に紛れて静かに部屋へと入り込む。

 天使だった頃は闇に紛れるなんて事、どうやったって出来なかったことを考えると、やはり俺はすっかりコチラ側に馴染んでしまったらしい。

 それは、それだけの長い月日が経ってしまったということで。

 あいつが俺の事を覚えていない事は覚悟していたつもりだったが、こうも以前と対応が違うと、正直複雑だ。

 誰にでも笑顔で接するやつだったから、その笑顔を向けられているのが俺だけだと驕っていたつもりはないが、心のどこかであいつの一番は自分だという自信はあったように思う。

 その自信が、いつから傲慢に変わったのか、なんて明らかすぎて考えるまでもない。

 音を立てないよう注意して、ベッドへと視線を向ける。そこにはソウヤ一人が寝息を立てて眠っているはず、だった。

「な、んで、コイツがいるんだよ」

 ソウヤと寄り添うように、しっかりと手を繋ぎながら眠るリュウの姿があった。

 しかも、リュウだけでなくソウヤまでも安らかな表情で眠っていて、無性に腹が立った。

 揃いの黒い髪がベッドの上で交わっているのが薄闇の中でもハッキリと見えるような気がして、眉間に力が入る。

 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせた。

 胸の奥で蠢いた昏い感情に気付かなかったフリをして、ソウヤを起こさないようにリュウを強制的に転移で別の場所へ追いやる。

 このまま奴の姿を見ていたらうっかり何をするか分からなかった。自分にこんな強い感情がまだあったのかと、驚く。


 ソウヤは何も気付かないまま呑気に寝息を立てて眠っている。

 無防備な奴だと思わなくもないが、まあ、気付かれたら気付かれたで困るものでもあるのだから、そのままでいて欲しいような気もした。

 おもむろにソウヤの頬を手の甲でするりと撫でると、ソウヤはくすぐったそうに身を捩って仰向けになった。

 その動きによって、申し訳程度に掛かっていた薄手のタオルケットが体から滑り落ち、それに引っ張られるようにTシャツが肌蹴てお腹までもが露わになる。

「ふは、腹を出して寝るとか子どもかよ」

 思わず噴き出した俺は、ソウヤが目を覚ましていないか慌てて確認した。相も変わらず規則正しく寝息を立てる姿に安心する。

 もし目が覚めてしまったら、「なんでお前がここにいるんだ」と、絶対殴られるだろうからな。リュウが一緒に寝るのは良くて、俺が部屋に入るのは何故駄目なんだ。

 露になったソウヤの臍の周りに、俺にあるのと同じ灰色の翼のような紋様が刻まれているのを見て、先ほど感じた昏い感情を忘れるほどの満足感を覚えた。

 滅多に見ることの出来ないソレを、触れるか触れないかくらいの力加減で優しく辿る。

 人差し指に伝わる体温と、柔らかな感触。ついついなぞる指に力がこもる。

 なんともいえない背徳感と高揚感を覚え、次の瞬間には、俺自身思ってもみない行動をとっていた。

 肩から滑り落ちてくる髪も気にせずに、柔らかで滑らかなその契約紋が刻まれたソウヤの腹へと口付けていた。

 契約紋の形を辿るように舌を這わせ、何度も何度も口付けを落とす。心に出来た穴の様なものを埋めるように。

 時折、強く吸い付いて痕を残した。俺とソウヤが契約を交わしているのだと、確認するための印を。

 徐々に気持ちが昂ってきて、これ以上進んでしまったらもう止める事は出来ないと悟った時、ガッと強い力で頭を掴まれた。

 ハッとして顔を離すと、信じられないと言いたげな顔でこちらを見るソウヤを視界の端に捉えた。

「おまえ、なに、してんの」

「言い訳聞いてくれんのか? そうだな、じゃあ、確認ってのはどう」

「じゃあ、じゃねえよ。この変態堕天使! さっさと出てけ」

 どこからソウヤの意識があったのかは分からないが、少なくとも口付けているのをバッチリ見られてしまったのは間違いない。

 呑気に無防備に寝顔を晒している方にも責任があるだろうとは思わなくもないが、これ以上ソウヤの機嫌を損ねるのは得策ではない。

 先程まで堪能した感触を心の中で反芻しながら、悪い悪いと謝って潔くソウヤのそばから離れた。

 その時、少し前屈みになってしまう事くらい、許してくれるよな?



――

―――

ソウヤに劣情を抱いてしまうルシファーの話。

生理現象ですし、多少はね……。

満月の夜は嘘、の続きみたいな、そんな感じ。

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