押しに弱い!――ソウヤ※

「ソーウーヤー! おっはよーう!」

「んあ?」

 朝っぱらから僕の部屋の結界を軽々と蹴破って、意気揚々とやってきたのはリュウ。

 寝ぼけ眼のまま、のろのろ上半身を起こすと、その僕めがけてリュウが飛びついてきた。勢いのまま僕は後ろへと倒れ、頭をしこたまヘッドボードにぶつけた。痛い! 一瞬にして目が冴える。

 飛びついてきたリュウはというと、僕が頭をぶつけたことなんて気付いてないみたいに首元に頭をぐりぐりと押し付けてくる。柔らかく細い猫っ毛がくすぐったい。

 リュウのスキンシップが多いのはいつもの事だけど、今日ほど強引で子供っぽいのも珍しい。

「ふふふ~」

「なんかあったのか?」

「んー? ふふー、なーんもないよー。ソウヤをぎゅーってしたかっただけ」

「あ、そう……」

 あまりにも嬉しそう笑うから、それ以上は何も言えなかった。

 リュウは僕の上に覆いかぶさってぎゅうぎゅうと絞めつけてくるだけで、何か用があるわけではないみたいだ。

 温い人肌とベッドに包まれて、再び眠気がやってくる。うつらうつらしながら、リュウの猫っ毛を撫でまわした。ほとんど無意識だった。

 しばらくは幸せそうなリュウの顔面を眺めていたが、ついには眠気に負けて意識が飛んだ。


 次に目が覚めた時、リュウではなくルシファーがいて、僕を真上から覗き込んでいた。

 僕の使い魔たちはどうしてこう勝手に僕の部屋へと入ってくるんだろうか。今度はもっと強力な結界を張っておこう。気休めかもしれないけど。

 ルシファーの薄紫色の瞳をぼんやりと見上げながら、そう決意した。

「随分とお寝坊さんだな、ソウヤ? おはよう」

「うっせーよ。おはようございます」

「お前、こんな時間まで寝てて腹減ってないのか?」

「何時?」

「夜一十六時の鐘が鳴ったとこ」

 夜一十六時!? もう夕方じゃないか。いくら何でも寝すぎた。学園が休みで皆も実家に帰省してて暇だからとはいえ、寝すぎも体に悪い。

 朝方、リュウに起こされたような気もするけど、あれ? 夢?

 まあいいや、とりあえず起きよう。

 掛け布団を体にぐるりと巻き付けたままずるずると窓の方へと移動する。カーテンを閉め切ったままじゃ、さすがに良くないからな。

 シャッと音を立ててカーテンを開くと、眩しいほどの西日が差しこんだ。

「うわ、天気いいなー」

 カーテンに続いて窓も開け、窓から半身を乗り出すようにして風に当たった。夕方の生ぬるい風が頬を撫でつける。

 風を受けてはためく掛け布団を手で押さえ直した時、急に後ろから抱きしめられた。

 何かと考える前に、反射で左足を大きく後方に引き、体を沈めながら右肘にルーシィの契約紋の能力で炎を纏わせる。そのまま、肘を後ろへと突き出した。

 う、と苦し気なうめき声が聞こえて我に返った僕は、慌てて振り向く。そこには、ルシファーが腹を押さえて屈みこんでいた。

「ご、ごめん」

「鳩尾に入った……」

 屈むルシファーに近寄り、肘鉄を食らわせてしまった場所を確認すると、炎を纏わせていたせいで火傷しているのも見て取れた。すごく痛そう。

「火傷もしてんじゃん」

「お前がやったんだろうが」

「う、だからごめんって。でも、急に後ろから抱き着いてくるルシファーだって悪いんだからな」

 ぶっちゃけやりすぎた感もあるけど、脅かすルシファーも悪い。今のは痴漢に対する正当防衛だ。金的を狙わなかっただけ良心的だとすら思う。

 とはいえ、少しは申し訳なく思っていると、ルシファーが「ソウヤがハグしてキスしてくれたら治りそう」とかのたまった。

 いやいやいや、そんなんで治ったら医者はいらないだろ!

 それにこの世界には便利な魔法があるわけで、僕も治癒魔法使えるしそれを発動した方が絶対効果あるでしょうが。

 しかも、ハグだけならまだしも、キ、接吻だなんて!

 僕にそんなことを求めるって頭がおかしいんじゃないの。僕よりも桜とかアスモデウスとか、もっと女らしい方が抱き心地とか良さそうだろ。そういうことはアスモデウスに頼めバカ!

 いや、そういう問題でもないけど。急にルシファーが変なことを言うから頭が混乱してきた。

「ほら、ソウヤ。早く!」

「な、無理!」

「怪我させた責任は取らないとな?」

 ん、と両腕を広げてハグしやすいようにするルシファーを冷ややかな目で見る。もうそれだけ元気ならハグも接吻もいらないだろ。

 とはいえ、じっと僕の目を見て待つルシファーからの物凄い圧力を無視することも出来ない。整いすぎた顔面が憎たらしい。

 僕は美形の圧力に負けて、しぶしぶルシファーにハグをした。なんかいい匂いがした。

「これで」

「キスは?」

「ッ……クソ」

 至近距離で顔を覗き込まれて、ぐぬぬと呻き声が漏れる。

 ぎゅっと目を瞑り、毛穴一つ見当たらない滑らかな頬にあいさつ程度の軽い口付けを落とした。

 薄い布越しにルシファーの体温を感じて、心臓がバクバクとうるさい。クソ、クソ!


 自分は整った顔面と押しに弱すぎると、この時そう思い知らされたのだった。



――

―――

美形と強引さ弱すぎるソウヤの話。

でも嫌いな奴だったらどんなに美形でも許さないから、この2人には心を開いているっていうのがわかるとこがポイント。

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