甘え――ソウヤ※
自分で言うのもなんだが、僕はかなりメンタルがよわよわだ。豆腐より崩れやすい精神力は、簡単に崩壊する。
普段はそれでもなんとか気張ってやっているけれど、たまに隠し切れないことだってある。これはそんな感じの話。
***
あー、疲れた疲れた。最近、やっと魔物が殺されるところを見ても動けなくなることが少なくなってきた。まあそれでもまだ、自分でトドメを刺したりは出来ないんだけど。
魔物が増え過ぎたら人間が襲われてやばいから、適度に間引かねばならないのは分かる。元の世界でも野生動物が増え過ぎていればそれなりの措置を取られていたはずだし。
だから頭では必要性を理解しているのに、それが実行できない自分に苛々する。
殺されているところを見るのは精神的にクるわ、自分に苛々するわで心の疲労が半端ない。正直かなりしんどい段階まできてる。
覚悟が足りないんかなあ、やっぱ。自分なりには頑張ってるつもりなんだけどなー。覚悟、覚悟かぁ。
ベッドに浅く腰かけて、深く深くため息をついた。
「なげーため息だな。幸せ逃げんぞ」
窓から差し込む光に照らされて、上品に輝く銀の髪。さらりと誘うように揺れたそれを上に辿れば、心配そうな表情で見下ろす綺麗な顔があった。薄紫色の瞳で、こちらをじっと見てくる。あまりにも真っ直ぐすぎる視線とぶつかって、先に視線を逸らしてしまった。
「悪魔のくせに迷信とか信じるんじゃねーよ、ルシファー」
「なんかあったのか」
間髪入れずにそう問いかけてくる。
何を言い出すんだ。なんで、分かるんだよ。堕天使のくせに人の機微に敏感なんて、卑怯じゃないか。
内心の動揺とは裏腹に「別に何もない」と言葉にすれば、たしかにそんな気がしてこなくもない。僕ってば単純でよかった。
けれど、それで騙されてくれるほど、ルシファーは単純ではなかったらしい。
ずいっと綺麗な顔が近付く。険しい表情をしていても絵画の様に美しい顔だな、なんて思っていたら、不意に頭突きを食らわされた。
「いっ!?」
「俺が、そんな嘘見抜けないわけないだろが。お前の事だから、魔物討伐で参ってるとか、そんな所だろ」
「う……」
今日、何していたかなんて伝えていないのに、完全にバレテーラ。やっぱり悪魔は騙す立場であって、騙されることなんてないのかもな。
頭突きをされてじんじんと痛む額をさすりながら、一瞬睨みつけて、真剣な表情に怯んですぐに目を逸らす。
ああ、そうだよ。確かに僕は参ってますよ。毎日とまではいかずとも、高頻度で生き物の死と無理やり向き合わされて、どうして平気でいられよう。
殺す覚悟? そんなの出来るわけないじゃないか。神の力だとかチート能力だとか、そんなものがあっても、僕自身がいきなり変わるわけじゃない。
むしろ、簡単に死ぬことがなくなって、余計に危機感を持てなくなってるくらいだ。だって、相手を殺さなくても、僕は死なないんだから。
本当は、生き物が死ぬところを見るのはもういやだ。咽るような血の匂いも、耳を裂く断末魔も、何もかも嫌。でも、それでも僕なりに頑張って、役に立とうって思って、やってるのに。
「……邪魔だ、って言われた。こっちは命懸けてやってんだがら、お前みたいな覚悟のねーやつは邪魔だって。確かにって、思った。いくら僕なりに頑張ってみても、それは他人から見れば意味のないことだって、思い知らされたよ」
「そんなことは」
「あるんだよ。限られた人数の中で、機能しない奴がいたら邪魔になるのは当然だろ」
何度も飲み込んできた弱音を、ついに言葉にして、形にして、外に出してしまった。ルシファーが何でも受け入れてくれるふうに振舞うから、言葉が止まらなかった。
でも今は後悔してる。困らせた。宝石みたいな薄紫色の瞳を翳らせるつもりなんて、本当になかったのに。
唇を噛んで、顔を背ける。もう話す事はないという意思表示を込めて。これ以上口を開けば、理不尽に喚き散らしてしまいそうだ。
ぽん、と頭の上に手が置かれた。それでも顔を背けたままでいたら、わしゃわしゃと動物を撫でるみたいにして頭を撫でまわされる。
頭に感じる手のぬくもりに、泣きたくなった。
「よく頑張ったな」
「な、何を、言って」
「お前の頑張り、俺はちゃんと分かってるぞ。ひとりで魔物を殺せるようになるために特訓してたのも、魔物の死に慣れようと必死だったのも、ちゃんと分かってるからな」
そう言ってルシファーは屈むと、僕を軽く抱きしめた。耳元で次々とささやかれる、ぐでぐでに甘やかす優しすぎる言葉に耐えきれなくて、涙が勝手に溢れ出してくる。くそ、泣くな、止まれ。
泣いているところを見られたくなくて、ルシファーの肩に顔を押し付けて、次から次へと溢れてくる涙を拭う。
自分の弱さが嫌になる。
今回は、ルシファーの優しさにまんまと付け込んでしまった。だけど、ほんとは誰でもよかった。
誰でもいいから、頭を撫でて、頑張ったね、偉いねって、子どもみたいにほめて欲しかった。自分の頑張りを、ただ認めて欲しかった。無意味じゃないって、そう思わせて欲しかった。
本当に弱い、弱い。弱くてわがまま。自分の努力が足りないだけなのに。今の自分を認めて欲しくて、優しさを利用した。
悪魔なのに、なんで、どうしてこんなに優しいんだよ。なんで、誰にもバレないようにしていたことまで知って、認めてくれるんだよ。弱い僕は、そんな風にされたらすぐに縋りついてしまうじゃないか。この、僕の自立を妨げる悪魔め。
このままじゃいけない。精神力をもっと鍛えなければ。精神統一のために滝行とかをするべきなのかもしれない。
生き物の死にも、もっともっと慣れていかなければ。この世界で過ごすためには、それが絶対に必要になる。
でもそれは明日からまた頑張るから、だからせめて今だけは。
――
―――
ソウヤが弱ってしまう話でした。
割と昔に書いた話が元なので、今のソウヤよりだいぶ女々しい感じもする。
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