幸せな時間――ルシファー※

 きょろきょろと周囲を見回して、俺を見つけるとぱっと顔を輝かせて一直線に向かってくる。

 その姿が、昔の彼女の姿と重なって見えて、俺は嬉しさと懐かしさと、少しの寂しさを覚えた。本当ならば駆け寄ってくるソウヤを快く受け入れてやりたいところだが。

「待、て、や、ごらあああ! 逃げんなルシファー!!」

「隠れ鬼で鬼から逃げんなって方が無理だろが!」

 俺たちはこの秋空の下“隠れ鬼ごっこ”をしていた。隠れ鬼ごっこ、というのはソウヤが向こうの世界で小学校に通っていた時、子どもたちがやっていたという遊びで、勿論この世界には存在しない。

 この肌寒い時期に、外でこれをやろうとなったのは、向こうの世界を知らない奴らが興味を持ったからだった。アルカナとリンに強請られて、ソウヤが断れるはずもなく。こうして俺たちも巻き込んで、全員でやる羽目になった。

 俺は走りながら、茂みのあたりに隠れるセンリや木の枝にしがみついて隠れるアルカナ、焚火に同化して隠れるルーシィたちに目を向ける。ルーシィのアレは反則じゃねぇの?

 リュウとリンはこの近くにはいないみたいだが、どっかに上手い事隠れているんだろう。

「ルシファーてめーーー! 止まりやがれえええ」

 鬼気迫る様子で親の仇を見つけたかの如く叫びながら、ソウヤは俺を追ってくる。開始直後から何度も鬼になっているソウヤはそうとう疲れてきているようだった。

 まあ、俺ら使い魔と眷属はある程度ならば主の場所が分かるから、ソウヤを狙うのは当然なんだが。ソウヤは知らないようだから、終わるまで黙っておこうと思う。

 ちらりと振り返り、必死で俺を追いかけてくるソウヤを見て、つい笑みが零れた。

 遊び、だったとしても。またこうしてあいつが追いかけてきてくれる事が嬉しかった。



 しばらく隠れ鬼は続いたが、あたりが薄暗くなってきたため切り上げることになった。ルーシィは夕飯の支度をしなければならないからと、急いで部屋に戻って行った。

 隠れ鬼なんて何が楽しいのかと思っていたが、やってみると案外楽しいものだな。ソウヤが追いかけてきてくれるのも嬉しいし。

「あー……」

「ずいぶんお疲れみたいだな、ソウヤ」

「そりゃ、お前を筆頭に随分追いかけまわされたし、追いかけてたからなぁ!?」

 途中で暑くて脱いだらしいジャージの上着を肩に羽織りながら、ソウヤはぶつぶつと文句を言う。結局最後まで自分が狙われるからくりには気付かなかったみたいだ。

 そんなソウヤを微笑ましく眺めていると、ソウヤの左目を隠している髪の毛が、汗で顔に張り付いてしまっているのに気が付いた。

 ここには俺たちしかいないのだから、センリの契約紋を隠す必要なんてないだろうに。と、そう思っていたら、無意識のうちに手が伸びて、ソウヤの髪の毛に触れていた。

「なんだよ?」

「……髪が、邪魔そうだなと思って」

「ああ。そりゃどーも」

 おそらく、髪をよけるのに邪魔にならないようにだろう。目を瞑って、あとは俺に任せてきた。少し無防備すぎやしないか。

 ソウヤはもう少し危機感を持つべきだと思いながら、汗で張り付いた髪を整えて、そっと耳にかけてやる。指が少し耳に触れた時、ピクリと小さく反応を見せる。ごくりと唾を飲み込んだ。

 こういう何気ない時、急に無防備になるのは心臓に悪いからやめて貰いたい。いっそいつものように殴ってくれた方が気が楽だ。

「……なんだよ? まだ何かあんのか」

「え? いや」

 ソウヤの髪に触れたままだった。漆黒の瞳が訝しげに俺を見上げる。

 名残惜しく思い、一度ソウヤの頭を撫でた。すぐさまパシッと手を弾かれてしまったが、顔を背けたソウヤの耳が赤くなっていたのは寒さのせいだけではない気がした。



 部屋に帰ると、ルーシィたちが完璧に夕食の準備を終わらせていた。あまりの手際の良さに、ソウヤも驚いていた。味も間違いない、いつも通り美味かった。

「美味しかった、いつもありがとう。ルーシィ」

「有難きお言葉。ソウヤ様に満足して頂けたのなら幸いでございます」

「そんな固くなくてもいいのに。しっかし、腹が膨れたら眠くなってきたな」

 俺の隣で、ソウヤがほうじ茶をすすりながらうとうとしだす。湯呑を持ったまま、うとうとするのは危ない。そっとソウヤの手から湯呑を抜き取り、テーブルに置いた。

 こんなところで眠りそうになるほど疲れたのか? ……ああいや、そういえばソウヤはまだ完全ではないんだったな。すっかり頭から抜けてしまっていた。

 そんなことを考えながらソウヤを眺めていたら、ソウヤがうつらうつらした拍子に机に頭をぶつけていた。

「ぶはっ、痛そー! ほら、ソウヤ。倒れるならこっちこい」

「うぅ……ね、寝るぅ……」

「もう寝てるじゃねえか」

 寝言を漏らすソウヤを自分の方に引き寄せて、後ろから抱きかかえる様に支えた。

 もうすっかり眠ってしまったのか、ソウヤは素直に俺へと体を預けて寝息を立てる。ぶっちゃけめちゃくちゃ可愛い。可愛いが、無防備すぎるとも思う。寝ている時は仕方ないことかもしれないが、もう少し警戒心を持ってほしいところだ。

 そうは思いながらも、離してしまうのが惜しくて、抱きかかえたままソウヤの寝顔を見ていた。


 洗い物を終えて戻ってきたルーシィに「不埒な!」と激高されて俺は部屋から閉め出された。理不尽すぎる。

 でもまあ、楽しい一日だったな。ソウヤが戻ってきてから、毎日が本当に楽しい。

 夜空を見上げて、柄にもなく、ずっとこの幸せが続けばいいと思った。



――

―――

ふとした時に無防備すぎるソウヤの話。

ルシファーを意識してないから無防備にもなるんだよなと……。

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