足手まとい――ソウヤ※
森の中を歩いていた。メンバーは灰色のうさぎと真紅の龍と、僕。
巨大な体躯のドラゴンが一歩進むたび、ドシンと大地が揺れる。
いつも人型でいてもらっているルーシィの気分転換のために、北の国境沿いにある山脈の麓までやってきていた。上位の冒険者くらいしか近寄らないというこの場所でなら、のんびり羽を伸ばせるかと思って。
でも、僕までついて来たのは間違いだったかもしれない。
近くの茂みがガサリと揺れて、黒い影が真っ直ぐ僕へ向かって飛び出してくる。
「ぎゃー!」
悲鳴が口から飛び出る。歪に牙が発達した猪型の魔物だった。僕の倍はあろうという巨大なそれが真っ直ぐに突っ込んでくる。
巨体のわりに素早い動き。堪らず、逃げ出そうとする僕。
「よっ、っと」
うさぎがぴょんと僕の前に躍り出た。
一瞬のうちに、首から勢い良く血飛沫を上げる猪の魔物。びちゃびちゃと顔にも飛沫が跳ねる。ぐらりと魔物の巨体が揺れて、地面に倒れ伏した。致死量に達する程の血が噴き出し、地面に赤い染みが広がっていく。
叫び出したいのに、はくはくと空気を噛むばかりで声にならない。
「ソウヤ、平気か?」
「っ、ごめん。オーケー、オーケー。平気」
ひょこひょこと、足元までやってきた灰色のうさぎ――堕天使ルシファーに、声を絞り出して返答する。無理しているのに気付かれて、じとりと半目で見られた。うさぎ姿で器用な奴だ。
魔物に遭遇するのはこの森に入ってから五度目だった。まだ数分も経っていないのに、である。
圧倒的強者であるドラゴンと共にいれば、どんな強い魔物だって平気だろと思っていた過去の自分を殴りたい。
ルシファー曰く、この森の魔物は殺戮の欲求にのみ従っているようだとの事。己の命も顧みず、ただ殺す為だけに生き物を襲う。どうりで食物連鎖の頂点に君臨するドラゴンを見ても、臆せず襲い掛かってくるわけだ。
「ソウヤ様、ご無事ですか!? 私が至らないばかりに、小物の襲撃を許してしまい申し訳御座いません……」
「いやいや、ルーシィのせいではないよ。今も十分、よくやってくれてるし」
たびたび上がる火柱と、熱風。恐らくかなりの数の魔物をルーシィが事前に退けてくれているに違いない。
彼女のリフレッシュのために来たのに、逆に気を遣わせてしまって申し訳ないな。興味本位で付いてこないで、足手まといは街で大人しくしてるんだった。
ドラゴンの目撃証言なんて出たら面倒になりかねないから、もう少し山脈に近付いてからルーシィには自由に飛んでもらおうかと思っていたんだけれど、無理かなあ。主に僕のメンタルが。
地面すれすれまで下げられたルーシィの鼻先に、そっと手を添える。
「ルーシィ。来る前も言ったけど、僕の事は気にせず、自由にしていいんだぞ?」
「ソウヤ様……私などのためにお気遣いありがとうございます。しかし、ソウヤ様のお傍に控えさせていただくことこそ、至上の喜び。こうしてソウヤ様と共に過ごせるだけで十分に御座います」
「……ううん」
がるる、と喉を鳴らすルーシィの意思は固そうだ。頑として僕のそばから離れようとしない。どうしたもんかな。
ぴょんぴょんと飛び跳ねてルーシィの右目の近くに移動したルシファーが、人の頭ほどもある黄色い眼球をジッと見上げていた。
「何してんだ?」
「ああ、ちょっとな。なあ、真紅龍……あー、ルーシィだっけか。いいな?」
「……ええ、不本意ですが」
なにやら二人にしか分からない話をしていたと思ったら、ルーシィが急に意見を曲げた。一人で森の奥に行って参ります、と。
だいぶ名残惜しそうにしていたが、ズシンズシンと尻尾を揺らしてルーシィは木々の奥に消えていった。
ルシファーがうまい事言いくるめてくれたのかもしれない。ルーシィにはいつもお世話になっているから、こんな時くらいは自由に過ごしてほしいな。
「よし、じゃ俺らも行くか」
「行くって、どこへ? こんな魔物がうじゃうじゃいる中、あまり動かない方がいいと思うんだけど」
「魔物は俺がどうにかしてやっから、おまえは俺の近くにいりゃいいよ」
するりと木の陰から現れた銀髪の美男子が、ニヤリと笑った。さらりと横髪を払う仕草をし、一瞬で距離を詰めた彼は僕の手首を掴む。
はあ、左様ですか。
腕を引かれるまま、人型に姿を変えたルシファーに大人しく付いていった。
――
―――
『幸福の蛇』に続きます。
ソウヤは命を奪う、という行為がとんでもなく苦手です。
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