水の王子の独白――レイモンド※
弟が生まれた時は、純粋に嬉しかった。
俺よりずっとずっと小さくて、か弱い存在。護らなければと、四歳だった俺でも思った。たとえ母親が違ったとしても、そんなことは関係ない。紛れもなく、俺のただ一人の大切な弟。
俺は弟が生まれてくれて、本当に、本当に嬉しかったんだ。
だけど、どうやら大人たちは違ったらしい。
ネイルードと名付けられた弟は、生まれたその日に母親と引き離され、大きな鳥籠のような部屋に隔離された。
まだ生まれたばかりの赤ん坊に何故そんな仕打ちをするのか、俺には分からなかった。
納得のいかなかった俺は、乳母以外の立ち入りを禁じられたその部屋に、言いつけを破って何度も忍び込んだ。
広い部屋の中央にぽつんと置かれた小さなベッド。柵越しに覗き込めば、とても薄い桃色の瞳と目が合って、弟はきゃっきゃと嬉しそうな声を上げた。
不思議なことに俺が尋ねて行った時、弟はいつも起きていた。それが夜中だろうと、朝方だろうと、いつでも弟はそこにいて、俺に笑顔を向けてくれた。
幼かった俺は違和感を覚えることもなく、小さく可愛らしい弟と少しでも長く遊べる事をただ嬉しく思っていた。
そんなことを四年も続けたある日。
俺はいつものように勉強の合間を縫って、ネイルードの部屋に忍び込んだ。
すると、その日は珍しく弟でも乳母でもない声が聞こえてきて、咄嗟にカーテンの陰に隠れた。
「本当にこの化け物を引き渡せば、我が国には手を出さないと思いますか?」
「さあな。でも俺たちとしては厄介払い出来んだからそれだけで有難いわな」
「それもそうですね」
男たちはまるで物みたいに弟の伸びっぱなしの髪を引っ張って、小さな体を引き摺っていった。
まだ幼い俺には、やっぱり訳が分からなかった。弟のどこが化け物なのかと、憤りの感情をぶつけてしまいたかった。
でも。一瞬目が合った弟が、静かな表情で首を振るから、俺はその場に縫い留められたように動けなくなった。男たちに連れていかれる弟を、カーテンの陰から見ていることしか出来なかった。
その日から、弟は姿を消した。城のどこを探してもいなかった。父上に訊いても、話を濁されるだけ。
護れなかったのだと思った。それどころか、俺は護られたのだ。まだ四つの弟に。
悔しかった。無力な自分に腹が立った。
王族としての成績が優秀でも、何一つ出来なかった。もっと、弟を護れる力が。大切なものを護れる力が欲しいと思った。
それから数年後。奇跡的に再会した弟は、全く変わっていなかった。外見は成長していたとはいえ、中身は純粋な昔のままで。
昔より汚いものを見て、自身もそれに染まってしまった今の俺には、弟の真っ直ぐな瞳は綺麗過ぎて、どう接していいか分からない。
でも、ネイルードが無事で、変わらないままでいてくれて、安堵した。
もう、今度こそは弟も、大切なものも、なにも失いたくはないから。俺は今日も魔法を学ぶ。
きっとそれが、いつかの自分の糧になると、信じて。
――
―――
ウンディーネ王国第一王子、レイモンドによる独白でした。
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