こっちを見てよ――桜
「おやすみなさい、奏夜」
「ん、おやすみ」
パチンと電気のスイッチを押して暗闇の中で布団に入る。
今日はなんだか疲れたなぁ。明日はお休みだから、ゆっくり寝ていられるのがまだ救いだね。
夜は結構冷えるし、肩までしっかり布団を被らないと風邪引いちゃう。
「って、おいおいばか。布団間違えてんぞ」
「間違えてないよ? たまには一緒に寝ようよ」
「はぁ? もう小学生じゃねぇんだぞ……」
なんて言いながらも、奏夜は優しいからいつも先に折れてくれる。そんなちょっとツンデレなところが、とっても可愛い。
少し意地悪がしたくなって、もぞもぞと居心地悪そうに寝返りを打つ奏夜の腰の下に腕を滑り込ませる。そして、抱き枕にするように後ろからぎゅうと抱き着いてみた。
ビクッと一瞬体を強ばらせて、奏夜は抗議の声を上げた。
「な、何してんだよ!」
「奏夜を抱き枕にしてる~」
「そういう事じゃなくて……! あー、お前今日変だぞ」
変。確かにそうかもしれない。
内心で奏夜の言葉に同意しながら、奏夜の首筋に顔を埋めた。私の使っているシャンプーの香りが、奏夜からもする。
自分で使っている時はさほど気にしていなかったけれど、成程確かにいい匂い。桜の香り、だなんて狙い過ぎているみたいで少し抵抗があったけれど、奏夜に勧められた通り使い続けててよかったと思った。
ああ、やっぱり今日は少し変。親友で、幼馴染の彼女にこんな事を思うのは違うはずなのに。
少しだけ逡巡した後、気付かれないようにそっと、さも偶然当たったようなさり気なさを装って、首筋に唇を押し当てる。背徳感を覚えて、つい抱きしめる腕に熱がこもった。
「桜、今日どうしたんだよ」
「んー……どうもしてないよ?」
「いや、絶対なんかあっただろ」
肩越しに私の方を見ようとする奏夜。
どうした、ね。その理由に心当たりはあったけれど、奏夜にだけは話したくなかった。
だって。いつも私にだけ見せてくれていた笑顔で、先輩と楽しそうに話していた奏夜にみっともなく嫉妬したなんて、本人に言えるはずもない。
「こっちを見てよ」と叫び出したくなるのを堪えて、笑顔を取り繕った私は流石だった。自分を褒めたい。
奏夜はいつも私とだけ一緒にいたから、いつまでもそうなのだと無意識のうちに思い込んでいたのだと思う。そんな日々が永遠に続くのだと、傲慢にもそう信じていたから。……なんて事、余計に伝えられるわけもなく。私はただ奏夜の温もりを感じながら、寝たフリを決め込むことしか出来なかった。
「寝たのかよ。ったく、勝手な奴だなぁ」
永遠なんてない。その言葉を強く思い出すことになるのは、もう少し先のお話。
――
―――
少し様子のおかしい桜と奏夜の異世界に召喚される前の話。
どうしちゃったんでしょうねえ……。
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