朝、通学中にて――ルカ※

 寮の管理をしてくれているお姉さんに挨拶をして、寮を出た。女子寮は男子寮よりも校舎に近い位置にあるから、少しなら時間が遅れてしまっても間に合うのが有難い。

 寝ぼけ眼なヨルナを引っ張って校舎へと向かう。

 最近は少し寒くなってきたと思っていたけど、今日はまだ暖かいみたいでよかった。だって今日は、一年生との合同野外授業だからね!

「なあ、そういえば今日の合同の組み分けって覚えとる?」

「もっちろんさ! ぼくと、ヨルナとフォンくんと……あとは、カノンくん? だっけ」

「あー、一年の優秀コンビなー」

 そう。一年生と合同の授業というだけでもフォンくんを近くで見られて嬉しいのに、さらに同じ班になれるなんて最高。やっぱりぼくとフォンくんは赤い糸で繋がっていたんだね。

 去年は男ばっかりの班で何ひとつ楽しくなかったけど、今年は楽しい合同野外授業になりそう。ヨルナとも同じ班だしね。


 校舎に向かって歩いていると、突然目の前に何かが物凄い勢いで落ちてきた。ぼくとヨルナは顔を見合わせて、落ちてきた何かに近付く。

 土煙がおさまってきて、徐々に見えてきたのは小さく縮こまった灰色のうさぎ、だった。

 そのうさぎはふるふると頭を振ると、あろうことか舌打ちに似たような音を発した。

「いっ、てぇな……あの馬鹿力。こんなか弱くてキュートな俺を全力でぶん投げるかよ、フツー」

 可愛らしい見た目からは想像も出来ない、低い声でうさぎさんは独り言を呟いた。

「うわ、喋った」

「喋ったね……」

 奇妙なものを見るような目でうさぎさんを見下ろすヨルナ。ぼくも驚いてまじまじとうさぎさんを眺める。薄紫色の瞳を持ち、よく整えられた綺麗な毛並み。野良のうさぎとは考えにくかった。

 喋るうさぎなんて初めて見た。喋る狼なら、フェンリルくんがいるけれど……動物も結構ぼくたちと同じ言葉を話せたりするものなのかな。それとも、このうさぎさんもフェンリルくんみたいに使い魔とか?

 僕たちに気付いたうさぎさんは驚いたようにぴくぴくと耳を動かした。ぴるぴると尻尾も揺れる。

「げ……人がいたのか。って、うわっ」

 突然、ヨルナが腕を伸ばしたかと思えば、喋るうさぎさんを抱き上げた。

「……ルカぴょん。このうさぎ、どうしてくれよう。見世物小屋にでも売り飛ばすか?」

「ヨルナ、そういうの冗談でも良くないよ。この子、見るからに誰かに飼われているみたいだし」

「まあー、そうやけど」

 諦めきれないように、ヨルナはうさぎをじっくりと観察する。ヨルナが何か変なことをしないかはらはらしていると、遠くから大きい声が聞こえてきた。

「ルーシー! ルーくーん! どこまで飛んでったんだー? おーい!」

 そちらを見れば、見知った男子生徒。ソーヤくんが口元に手を当てて、何かを探すように呼び掛けていた。

「ソーヤくん、おはよう。何を探してるんだい?」

「あ、ルカ先輩。おはようございます。えっと……使い魔、と、いうか。この辺で灰色のうさぎ……もしくは銀髪の美人とか見ませんでした?」

 キョロキョロと周りを見回しながら、ぼくの問いに答えた。胸元の赤いタイの結び目がぐちゃっとなっているのが目に付く。余程急いで部屋を出てきたのかも。

 それはそうと、灰色のうさぎ?

「うさぎなら、ここにおるけど?」

 ヨルナが、ぼくとソーヤくんの間に割り込むようにして腕に抱えたうさぎを差し出した。

 それを見たソーヤくんはほっとしたような表情になる。こんな表情をするなんて、ソーヤくんにとってよっぽど大切な存在なんだね。

 うさぎさんはヨルナの腕からぴょんと飛び出して、ソーヤくんの頭に飛び乗った。

「ありがとうございます、ルカ先輩と、ええと……?」

「ああ、この子はヨルナって言うんだ。ソーヤくんと会うのは初めてだったね」

「はい。ヨルナ先輩も、ありがとうございます。この馬鹿がすんません」

 律儀に二度頭を下げるソーヤくん。そのたびに頭の上のうさぎさんがずり落ちそうになっていたけれど。

 気にしないでいいよ、と伝える。ソーヤくんは一礼してから去って行った。うさぎさんの耳を掴んでいたけど、その運び方はどうかと思うよ。

 気を取り直して、ぼくたちも校舎に向かおうかとヨルナに声をかけようとして、固まった。

 酷く冷たい瞳でソーヤくんの背中を睨みつけるヨルナがいたから。ぞくりと、寒気を感じて総毛立つ。

「ヨル……ナ?」

「…………何、ルカぴょん」

「う、ううん。なんでもない! ぼくたちも教室行こうか?」

「そうやね。今すぐ寮に戻って寝たい気分やけど」

 ふあ、と大きな欠伸。すっかりいつものヨルナに戻っていてホッとした。さっきのは気のせいだったのかも、と思うほどの変わり身の早さ。

 そんなヨルナの様子が気になったけれど、直後、フォンくんに遭遇してしまってそんなことはどうでも良くなってしまった。

「あんな化け物がこの学園にいるなんてな」という、ヨルナの呟きも聞こえていたけど、いつもと違う髪型のフォンくんに気を取られて、深く考えることなく、頭の片隅へと追いやられてしまったのだった。



――

―――

強化期間に書こうと思っていたルカとヨルナのシリーズもの①でした。

続きは……ない。気が向いたら合同野外授業の様子でも書きたいなと思いつつ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る