僕神~男女逆転編~

1,幼馴染は勇者でした


「おお、おお、勇者様がお目覚めになられたぞ!!」

 あ?

 目を覚ますと、白い集団に囲まれていた。

 もちろん僕ではなく、主人公体質すぎる腐れ縁の桜さくらが。女みたいな名前だが、コイツはれっきとした男だ。

 色素の薄い髪と凛々しいアーモンド型の瞳を持ち、男として羨ましい恵まれた体格に高身長。おまけに人当りまで良いときた。

 そんなモテ要素の福袋みたいな男が、白いフードを被った女たちに詰め寄られて、さすがに困惑していた。分厚いローブの上からでも分かる白フードたちのスタイルの良さ。クソ、羨ましいぜ。

 心の中で歯噛みしながらひっそり聞き耳を立てていると、あのバカが勇者として異世界に召喚されたらしいことが分かった。なるほどテンプレか。

 そんで僕もそれに巻き込まれた、と。なるほどな。やっぱり今日はアイツなんかと一緒に帰るんじゃなかった。

 帰りのバスでは今日も見知らぬクソ男に痴漢されるし、マジで散々だ。

 第一、僕は男だっつの。それもこれも全部、女装なんてさせたあの変態バカ幼馴染の桜のせいだ。百万回死ね。いつか絶対、股間をおもくそ蹴り飛ばしてやる。

 土下座に近い形で跪き、祈るように手を合わせた白フード軍団。真ん中には桜。明るい髪が白い集団の中でとても目立っていた。

「勇者様!」

「まずは頭、あげて下さいよ。……奏夜、大丈夫?」

 キラキラした愛想を振りまきながら白フードに頭を上げさせたのち、心配そうにこちらを振り返る。

 そこでいきなり僕に話を振るんですか、そうですか。

 白フードたちそっちのけで僕なんかに話しかけるもんだから、彼女たちからの視線が痛いんですけど。コイツほんとバカ。こっちの迷惑も考えろよ。

 早く問いに答えなければ、今にもバカが駆け寄ってきそうな雰囲気を感じ取り、適当に平気だと答えてやる。

 無駄にキラキラしいこの幼馴染みに人前で近付かれると、ろくな事にならないのは身に染みている。


 そこからは桜が会話の主導権を握り、トントン拍子で話が進んだ。途中で可愛らしい王女様なんかも出てきてきちんとテンプレートをこなしていく。

 当然のように彼女を惚れさせるノルマも達成していやがった。微笑みひとつで女を落とすあいつが憎い。そして羨ましい。

 イケメンこの野郎! 可憐な王女様を誑かしやがって!

 天然たらし野郎はこの後、この国の王に謁見する事になるらしい。御苦労なこった。

「奏夜」

「あぁ?」

「その格好じゃ寒いだろ。これ、羽織っておいた方がいいよ」

「……おまえさぁ。はぁ、どーも」

 着ていたカーディガンを脱いで、さり気なく僕の肩に掛ける桜。

 コイツがモテる理由はこういうさり気ない気遣いとかなんだろうな。まあ、僕にこんな格好させるような時点で変態は確定だし、嫌いだけど。

 ムカついたから礼と共に腕を殴ってやった。それでも痛がる素振りなんてちっともなく、むしろ微笑ましく見下ろされた。

 クソ、上着がブカブカなのも腹立つな。僕の成長期はこれからだから、見てろよ。いつかは僕が見下ろして高笑いしてやるからな。

 その時、鋭い視線を感じてそちらを見ると、可憐に微笑みを浮かべていたはずの王女様が物凄い形相で僕を睨んでいるのが目に入った。

 ……あゝ、無情。


 白フードと王女様に連行される桜を見送った僕は、無表情すぎる銀髪の美女と共に客室に案内されていた。

 この人、誰? なんか無言で付いてきて、怖いんだけど。でも相手が美女すぎて話しかけられない。モブの悲しき性よ……。

 客室に到着し、必要最低限の説明を終えたメイドさんは足早に去って行ってしまった。

 美女がめちゃくちゃこっちを見てくる。最高に気まずい。こういう時、どうすりゃいいんだよ、オイ、桜!

 普段、女の人と二人きりで話したりすることが無さ過ぎて、冷や汗をかいてきた。思い切ってくちを開こうと思った瞬間、ふう、と軽やかなため息が聞こえた。

「貴女は、何者ですか?」

 グレーの瞳は鋭く、警戒心を隠そうともしていなかった。あまりに僕が挙動不審すぎたのかもしれない。

 組んだ腕に乗っている重量感のある胸に目線を奪われながら、しどろもどろに「勇者の幼馴染です」ということを伝えた。

 あんなクソが幼馴染だとはあまり言いたくないが、少しでも勇者に近しい者だということにしておいた方が後々便利そうだと思った。

 目を細め眉間にしわを寄せた美女は、ヒールの音を鳴らして近付いてきた。ひえ、いい匂い。

「貴女の、その髪の色は生まれつきですか?」

 するり、と白魚のような細い指先が僕の髪を一房掬う。至近距離で見下ろされて、ドキドキした。

「か、髪?」

 ほとんど何を訊かれているのか分からないまま反芻したら、少し離れたのちにため息と共に説明してくれた。

 曰く、黒髪は魔族の象徴らしい。そして、僕が魔族かもしれないと疑っているとも。

「僕は、魔族では……」

「そうですね。貴女からは魔力を感知出来なかった」

 悩ましげに顎に手を当てる美女。

 僕がそれにただ見惚れていると「明日には詳しく調べられるよう、取り計らいます」と言い残し、あっさり部屋から出て行ってしまった。

 かと思えばすぐに戻ってきて、「出歩く際はこちらを着用してください」とそこそこ大きな包みを置いていった。

 何だったんだ今の美女。めちゃくちゃ緊張して、自分が何を言っていたのかもいまいち思い出せない。童貞には刺激が強すぎるんぞ、あの色香。

 ばふっと顔面からベッドにダイブする。面倒なことになったと寝転がっていたら、いつの間にか意識を失っていた。


 空腹で目が覚めた時、真っ先に視界に入ったのはよく見なれた無駄にキラキラしい顔面。目が合うと、そいつは口元を緩めて「おはよ」と言った。思わず殴った。

 何が悲しくて起き抜けにイケメンと顔合わせにゃならんのか。

「顔はさすがに痛いよ、奏夜」

「知らん、失せろ」

「それはそうと、奏夜。その恰好で寝る時は気を付けた方がいいぞ。俺が来た時、パンツ見えてたし」

「あ?」

 ぎろりと睨みつけると、困ったように眉を下げる桜。

 パンツ見られるぐらい、女じゃねえんだから心底どうでもいいわ。つーか、この格好させたお前がそれを言うのか。

 頭をガシガシと乱暴に掻いて、ベッドから降りる。

 高級そうなテーブルの上に、ティーセットと軽食が置いてあった。聞けば、桜が持ってきたのだそう。

 軽食を摘まみながら、王様から聞いた話をそっくりそのまま聞かされた。王様と言っても女王様だったらしい。美少女な王女の親だ、絶対美女に決まっている。羨ましすぎる。

 肝心の内容はといえば、魔王をぶっ倒してほしいという至極分かりやすいものだった。はいはい、テンプレテンプレ。

 正義感に満ち溢れた桜は当然それを了承。しばらくここで準備を整えたら、すぐに出立するとのこと。

 そして――。

「僕にもついて来いって?」

「そう。だって、奏夜を一人にするわけにはいかないだろ」

「女子供じゃねえんだから平気だ。それに、おまえ聞いてねえの? 黒髪は魔族の象徴なんだってよ。ついていけるわけねーだろ」

「それならなおさらだ! 勇者と一緒にいれば、危険はないと証明出来る。そうだろ?」

 桜が、いつになく真剣な眼差しで真っ直ぐこっちを見る。

 う、確かに。勇者のそばにいれば安全なのかもしれない。いつでも殺せるから連れて歩いているのだという説明も出来なくはないし。でも、そんなんでお仲間さんたちは納得すんのかねぇ。

 桜は勝手に使命感に燃え、早速僕も連れて行けるよう交渉してくると言って部屋を出ていった。相変わらず台風みてぇな奴。

 でも、こればっかりは僕の今後に関する事だし、よく考えた方がいいな。さしあたって、髪の毛を隠せる方法でも考えるか。


 美女の残していった包みを解く。彼女なら、もしかしてこの髪に関しての対策を考えてくれているのでは無いかという希望的観測だ。

 中から出てきたのは――綺麗に畳まれたメイド服、だった。

「は?」

 なんだよこれ、なんで女物の服が、と考えたところではたと気づく。今の自分の格好を。

 あの美女は僕の恰好を見て、女だと勘違いしてしまったらしい。マジで変態バカ桜は後でシメる。

 包みの中には、亜麻色のカツラも入っていた。これを被れば一応は黒い髪を隠せそうだ。ロングヘアなのにはこの際目をつぶる。

 慣れない手つきで四苦八苦しながら、何とかズレないように装着する。

「うーん、違和感しかねえな……」

 鏡を見て呟く。見慣れない髪色だからか、黒い瞳が浮いて見えた。

 確か美女は、出歩く時はこれを着ろと言っていた。カツラだけでなくメイド服も、って事だよな……。

 見慣れぬ服を、指でつまみ上げる。メイド服、とはいえ秋葉原で見るようなフリフリでミニなものでは無く、装飾の少ないロングワンピースと白いエプロン。足元はソックスと編み上げブーツ。メイドらしい頭飾りがなかったらメイド服だとは思わなかったかもしれないほど、シンプルなもの。

 ただ女装だということを除けば、羞恥心はさほど無いかもな。女装でなければな! 僕は男だ!


 少し悩んだ末、着ることにした。今の服装と大差ないと気付いたからだ。むしろ布面積は女子の制服よりメイド服の方が多い。スカートで足元まで隠れるし。

 一先ずこれを着て外に出て、男の服装を用意してもらうのがいい。出来ればさっきの人に会えればいいんだけど。


 部屋の外に出て、しばらく適当に歩いてみる。

 すれ違う人達にちらちら見られている気がして落ち着かねえ。でも制服で出た方が余計に見られていたと思うし、我慢だ、我慢。

 周りの目線にビビって、人のあまりいないようなところに迷い込んでしまった。質の良さそうな絨毯がしかれた区域だった。

「クソ、これじゃ意味ねえな。戻るか」

「おい、君」

「あ? ……えっと、はい?」

 後ろから声をかけられて、思わず素のまま返事をしてしまったが、話しかけてきた男の身なりを見て口調を改めた。

 ギラギラと全身を飾り立てる宝石、質の良さそうな布をたっぷりと使った服装。肥えた肉体と偉そうな表情。どこからどう見ても貴族ですね、分かります。しかも小物悪役臭がプンプンしやがる。

 こういうのには深く関わらないのが吉。それなりに対応して、すぐ離脱するべし。

「儂の部屋の花瓶が割れた。処理せよ」

「畏まりました。増援を呼んで参ります」

「いや、規模は小さい。君一人で充分だ」

 嫌な視線だ。舐めるような、下卑いた目。こういう目には覚えがある。散々僕の尻を撫で回してくれた痴漢野郎共とそっくりだ。

 故に、ついていく選択肢はない。どうにかこの場から逃げ出さなければ、どうなるか分からない。こういう奴らは男だと気付いたら逆ギレしてきやがるから面倒だ。

 ジリジリと距離をとりながら、逃げる口実を探る。

「し、しかし、道具は取りに行きませんと……」

「構わん。いいから早く来い!」

 話通じねえ、この親父!

 がっしりと手首を捕まれ、感触を確かめるように何度か握り直されて大変気持ちが悪い。ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべているところも最悪だ。

 踏ん張ってみようと藻掻くが、思いのほか力が強くて振り解けない。

「やめろ! 離せ!」

「メイドの癖に生意気な女だ。目上の人への態度をしっかり教育してやる」

「僕は! 男だ!!」

 都合の悪い事は男の耳には入らないようになっているらしい。男だという僕の主張は聞き流され、掴まれた腕を壁に押し付けられる。こんな壁ドンは嫌だ。

 もう片方の手で引っぱたいてみるが、容易に捕らえられてしまう。運動不足の自分を恨んだ。

 せめてもの抵抗にと睨みつけてやったら、それさえも愉快そうに口元を歪めて、掴まれた腕を舐められる。全身に鳥肌が立った。キモイキモイキモイ。

 足でやたらめったらに蹴りつけてもビクともしない。見た目は脂肪の塊にしか見えないが、力士のように鍛えてんのかもな。クソ。

「なにしてるんですか」

 よく聞きなれた爽やかな声が男の後ろからした。首を伸ばせば、ニッコリと笑顔を張りつけた桜がいて、不本意ながらほっとした。

「なんだね、君は」

「俺はその子の知り合いです。手を離して下さい」

「ふん。この娘が粗相をしたのでな、教育してやっていたのだ。邪魔をするな」

「手を、離して下さい?」

 ぶよぶよな男の肩に指を食い込ませながらも、桜は爽やかすぎるキラキラスマイルを浮かべて淡々と喋る。相当怒ってんなあ、これは。

 桜にビビって男の拘束が緩んだ隙を見逃さず、素早く抜け出し距離を取る。

 おっかないイケメンが現れた上、僕にまで逃げられたとあっては男も諦めざるを得ない。偉そうな捨て台詞を吐いて、すごすごと退散して行った。ざまあみろ。

 二、三発は殴ってやりたかったが、もう顔も見たくねえ。さっさと忘れよう。

「桜、助かった。ありがとう」

 男が消え去っていった方から顔を背けながら、礼を言った時、いきなり肩を掴まれた。

「奏夜、ここでなにしてるんだよ! そんな可愛い恰好で一人で彷徨いたら危険な事くらいわかるだろ!」

「……男物の服を探してただけだ。こんな事になるなんて考えるはずないだろ」

「もう少し危機感を持ってくれ。頼むから」

 自分が僕に女装させてたことを棚に上げて、そんなことを宣う。イケメンだからって許されると思うなよ。

 でも確かに、危ないということはしっかり理解させられた。今回みたいなことがこれから先もあるかもしれないもんな。やばそうな奴には気を付けようと心に誓った。

 それともう二度と女の服装はしないということも。


 こうして、僕の前途多難すぎる異世界生活の幕が開けたのだった。



――

―――

2020年のエイプリルフールネタでした。

桜くんと奏夜くんのお話は三年前からあったのですが、こうしてちゃんと文にしたのは初という。

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