七夕と無意識――ソウヤ※
七夕。織姫と彦星が一年に一度の逢瀬を許された日。
どうして今日が、笹の葉に願い事を書いた短冊を飾る行事になったんだろう。と、そんな疑問を抱きながら、わたしは短冊に書く願い事を考えた。
「願い事……」
白いままの短冊を見下ろす。
特にこれと言って欲しいものがあるわけではない。おとーさんもおかーさんも優しくて、毎日とても幸せだし、一体何をお願いしたらいいのかな。
ええと、去年はなんてお願いをしたんだっけ。
「……あれ?」
全く、何も思い出せない。おかしいな。去年も短冊、書いたはずなのに。
思い出そうとしてもなかなか思い出せずに、もやもやしたまま短冊にペンを走らせた。
「そっうっやっ! お願い事、何にしたー?」
「別におもしろいことは……って、あ、桜ちゃん!」
爛々と瞳を輝かせて近付いてきた桜ちゃんは、書いたばかりの短冊をするりとわたしの手から抜き取った。隠す暇もなかった……素早い。
そして桜ちゃんは目で読むだけならまだしも、あろうことかわたしの短冊を読み上げ始めた。
「えーっと、みんなが幸せでありますように。と、あの人が笑えていますように? あの人、って誰のこと?」
「……し、知らない。何も考えないで書いたから」
目を逸らした。自分でもどうしてこんなことを書いたのか本当に分からない。
「そっかー。ふふ、皆の幸せをお願いするなんて奏夜は奏夜は優しいんだねぇ。でも、一つの短冊に二つもお願い事を書くなんてちょっと欲張りだよっ!」
桜ちゃんは悪戯っぽく笑って、短冊を返してくれた。そのまま、他のクラスメイトのところへと駆けていく。あ、「教室を走るな」って先生に怒られてる。
手元に戻ってきた短冊を眺める。
なんでわたしは、こんな願い事を書いたんだろう。“みんなが幸せでありますように”というのはさすがに理解出来る。でも、もう一つがさっぱり分からない。
あの人。あの人って、誰? おとーさん、おかーさん、伯父さん、桜ちゃん……うーん。
いくら頭を捻ってみても、あの人に当てはまるような人はちっとも思い浮かばなかった。
***
「あー、夢か。懐かし」
やけに鮮明だった直前まで見ていた夢を思い出しながら、もぞもぞと布団の中で寝返りをうつ。
カーテンの隙間から、光が零れてきていた。もう朝かあ。欠伸を一つし、のっそりと起き上がる。
そういや、今日って七ノ月の七日目か。随分とタイムリーな夢を見たな。
七夕の思い出の思い出といえば、やっぱり『ローソク出せ』かなぁ。校区内の家々を回ってお菓子をもらい歩くっていう、日本版ハロウィン。大半の家はお菓子だったから、たまにジュースを貰えるとちょっと嬉しかったりするんだよな。
桜に無理やり付き合わされていたけど、あれ、僕一人だったら絶対知らない人の家のピンポン押せない。怖いし。
そんなことを考えながら、だらだらと寝巻を脱ぎ、箪笥から服を取り出して着替える。
着替え終えるのとほぼ同時のタイミングで、部屋の扉が開く音がした。反射で扉の方を見た。
「あれ? ソウヤ、起きてたのか。おはよう」
白銀の長い髪を適当にまとめた堕天使ルシファーが、いけしゃあしゃあと朝の挨拶をする。
「てっ、め……ノックくらいはしろよ!」
「悪い悪い。まだ寝てるかと思って」
「まず寝ている時に部屋に入ってくんじゃねえ」
「ははは」
ルシファーは悪びれもせずに、へらっと笑いながら近付いてくる。
――どくん。
彼の笑顔を見た瞬間、何故だか心臓が跳ねた。どうしようもなく安堵して、鼻の奥がツンとする。
“あの人が笑えていますように”という短冊の文言を思い出した。まさか、ね。
ただこいつの顔面が良すぎただけに違いない。畜生、この、高APP男! 人外の美貌! SAN値チェックです!
「ソウヤ?」
「あんだよ」
「お前、なんでそんな泣きそうな顔してんの」
「してねー。お前の目は節穴か」
手近にあった枕をルシファーの顔面にぐいぐい押し付ける。
まさか表情にまで出ていたとは。無性に恥ずかしくて、しばらくそのまま枕を枕を押し付け続けた。
――
―――
ソウヤの七夕の日の思い出。
ルシファー、ソウヤが寝てる部屋に侵入して何しようとしてたんですかねぇ……。
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