既視感と後悔の――コンさん

 ソーヤを拘束具で牢に繋ぎ、早々に地下牢を後にした。

 彼女が魔族ではないだろうということは、俺がこの目で確認している。本人も嘘をついている様子はなかった。そもそも魔族であるなら、正体が露見するリスクを冒してまで勇者を救う必要が無い。

 しかし、ひとまず今はこうするしかなかった。俺はこの国ではあくまで余所者で、口を出す権限など無いに等しいのだから。


 ソーヤを逃がす算段を立てながら、石畳の地下道を歩く。前方では髪の貧相な宮廷魔法使いと、その手下共が生産性のない会話をしながら足取り軽く歩みを進めていた。

 本当におめでたい奴らだな。自分たちの失態を押し付ける相手が現れて浮かれているのが、手に取るように分かる。

 陛下が出立前に「覚醒の儀は待て」と命じていたにも関わらず、命令無視で強行するとはさすがに頭が悪すぎるだろう。どんな言い逃れをしたところで、何らかの処分は免れない。

 言い逃れの準備をするよりも逃亡の準備をした方が懸命だろ、という言葉は心の中に留めた。


 依頼であった異世界召喚は達成したのだし、俺も早いところ報酬を貰ってこの国から出て行った方がいいな。

 ソーヤを逃がせば、余所者の俺が真っ先に疑われるに違いない。そうなってしまう前に、姿をくらませなければ。面倒事は御免だ。

 ……面倒事は、御免なんだ。そのはずだった。

 そもそもソーヤを逃がそうとしなければ、これまで通り何の問題もなく依頼が終わるということは理解している。

 自分でも馬鹿なことをしているという自覚はある。俺は本来、これ以上この件に関わる必要などないのだから。

 顔見知りを見殺しにするのは多少寝覚めが悪いとはいえ、生きていればこういうことは間々ある。仕方のないことだ。

 そうやって、いつも通りに割り切ってしまうことも出来たはずだった。

 だが、無抵抗で捕らえられ、それでもにへらと笑って見せた顔が、どうしても妹と重なって。

 無力な自分が、また黙って見ているだけで何も出来ないままなのがどうにも耐えられなかった。

 気付けば、あの日の罪滅ぼしをするかのように体が動いてしまっていた。


 ふと視線を上げると、いつの間にか地上へ出る階段を登りきっており、外から差し込む強い日光に一瞬目が眩む。

 冷たい秋の風が頬を撫で、髪を攫い、天窓からは赤や黄に色付いた葉がひらひらと舞った。

「コンストラル殿は、この後どうするおつもりですかな?」

「……勇者様と殿下の様子を伺いに参ろうかと」

「左様でしたか。では、この場で一度解散ですな。夜一十六時の鐘が鳴る頃、この場所でお待ちしておりますぞ」

 ハゲは手下を連れ立って、そそくさと去っていった。

 こいつこそ責任者として勇者たちの様子を見に行くべきだろう。例え魔族が現れたからって、お前らのやったことが消えるわけではないというのに。

 まあ、いい。俺には関係のない話だ。


 踵を返して、通りかかったメイドに勇者の部屋の場所を訪ねると、そのメイドも今から向かうところだと言うので案内してもらうことにした。

 勇者には、一つ確認したいことがある。

 ソーヤは俺の魔法に介入して魔力を奪い取った挙句、ひと撫でで魔法を解除し、そして何らかの方法で魔力暴走をあっさりと止めてみせた。

 もし暴走を止めた方法が魔法だったならば、魔法が行使された痕跡が残っているはずだ。まずはその有無を確認したい。痕跡が無かった場合でも、少なくとも魔法とは違う何かであったということは判明する。

 どちらだったとしても、何故ソーヤがそんなことを出来たのかという問題は依然として残るのだが。やはり、そのあたりは一度本人にも確認したいものだ。

 しかし、あの時のソーヤはどこか様子がおかしかった。自分が何をしたのか、説明出来るのだろうか。

「あの、コンストラル様?」

「……はい?」

「貴方様とソーヤの関係が一部で噂になっています。お気をつけ下さいませ」

 薄水色の髪のメイドが声を潜めて囁いた。

 意味を理解して一瞬固まるも、怪しまれぬように言葉を絞り出す。

「……どういう意味です?」

 馬鹿な。たしかに、ここ二日ほど俺と一緒にいることが多かった者がソーヤであることは、いずれ暴かれるだろうとは思っていたが、この段階ではあまりにも早すぎる。

 関係が噂になるということは、ソーヤが魔族だということも出回っているということだ。まあ、それに関しては、耳ざといメイドたちが混乱した宮廷魔法使いたちの話を立ち聞いた、というところだろうが。

 しかし、やはりおかしい。意図は分からないが、このメイドが嘘を吐いているだけではないのか?

「ふふ。貴方様でも、こういう時はそういう表情をなさるのですね」

「何の、つもりですか」

「先人としての、ただのお節介ですよ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべたメイドは、気を取り直すように「さあ、着きましたよ」と言い、こちらの反応を待たずに護衛と二言三言話して去ってしまった。

 何だったんだ、今のメイドは。先人とはどういう意味だ。

 こちらを混乱させるだけ混乱させて、自分はさっさと退散するとはタチが悪い。

 あのメイドの言葉を信じるわけではないが、確かに気を付けておくに越したことはない。これまで以上に振る舞いには気を配ろうと決意した。


 勇者の部屋へは、あっさりと入室が許された。一悶着あるものだと思っていたが、先程のメイドがうまく取り計らってくれたようだった。

 部屋の中で待機しているメイドに、簡単に事情を話す。「既に別の方が診にきておりましたが……」と少し悩む素振りをみせたものの、メイドも同行するという条件で寝室に通された。

 まさか、すでに治癒魔法使いを派遣していたとはな。

 もし入室を渋るようであれば、護衛にはそう騙って中に入れてもらうつもりであったのだが、結果的にはあのメイドの口添えがあって助かった。

 勇者は安らかに眠っていた。とても魔力暴走を起こした後だとは思えないほど、静かな寝顔だった。

 通常、魔力暴走を起こすと一気に大量の魔力を消費するため、魔力不足に陥り精神に異常をきたす。当人には目眩や幻覚幻聴といった症状が現れ、そのまま放置していると肌が黒く変色したり歯が抜け落ちたりと徐々に肉体にも影響が現れるようになる。

 それでも何もしなければ、最終的に全ての魔力が尽き、全身が黒く萎びた人型だけが残る。辛うじて生きてはいるが、喋ることも動くこともなく、それはもはや人とは呼べないなにかになってしまうことだろう。

 基本的には魔力がある程度減ると気絶するため、魔力暴走の末にそこまで行くことは稀ではあるが、第一段階の精神的な異常はほぼ免れない。

 俺がやったように、暴走する魔力を抑制していけば強制的に気絶させることは出来ても、それは安らかな眠りとは程遠い。その寝顔は、悪夢に魘され苦悶に満ちた表情となる。

 一体、ソーヤはどんな方法を使ったんだ。そして、何故それが出来たんだ?


 ひとまず考えるのをやめ、集中する。

 目を閉じて、魔法の痕跡がないかを感覚で探った。水面に一滴の雫が落ちて波紋を作るように、徐々に探る範囲を広げていく。

 僅かな痕跡も見逃さないよう確実に、そして消してしまわぬよう慎重に。

 すると暫くして、微かだが確かに魔力の痕跡のようなものを探り当てることに成功した。やはり、あの時ソーヤが使ったのは魔法であったのだ。

 その事実に、未知なる謎の力ではなかったことの安堵と、何故ソーヤにそれが出来たのかという疑問が再び湧き上がる。

 彼女は、一体何者なんだ……?


 目的を果たし、早々と勇者の部屋を後にした。形式的に王族の居住区へと向かいながら、考えを巡らせる。

 あまり知られていないことではあるが、魔法は発動した者によってその痕跡に感情さえ残ることがある。強い感情であればなおのこと、それが色濃く現れる。

 強い悪意を持てば悪意が、強く心配する気持ちがあれば、それが痕跡にも残る。どういうわけか、俺はそれを見抜くのが昔から得意だった。

 あの魔法。勇者にかけられていた魔法の痕跡からは、負の感情は一切感じられなかった。ただただ救いたいと、その願いに満ちていた。

 それはつまり、ソーヤは心から勇者を想って魔法を発動していたということだ。牢屋に入れられる謂れなどないし、拷問など以ての外。

 黒い髪、そして魔法が使えるとあれば魔族と思うのも無理はないが、もし魔族なのであれば行動や思考が従来の魔族と乖離しすぎている。彼女が魔族ではないという証拠が一つ増えた。

 だが、それを証明するのはかなり難しい。

 魔法の痕跡に感情が残ることもあるのだと説明したところで、凝り固まった宮廷魔法使い達の脳味噌は理解を拒否するに違いない。魔族がやったことにすれば手っ取り早いのだと、思考停止するに決まっている。

 そのうえ下手に動くと、俺の身さえも危うい。魔族を手引きしたのはお前なのではないかと濡れ衣まで着せられそうだ。

 どうすれば良いものか。考えあぐねる俺の目の前を、慌てた様子で駆けていく宮廷魔法使いが横切った。

  そういえば、城内の混乱は思ったよりも少ない。混乱した宮廷魔法使い達もいるにはいるが、他の使用人たちは何事かといった様子で眺めているだけだ。

 先程のメイドの口振りでは魔族が出現した噂がもっと出回り、混乱が広がっているものだと思ったが、そういう訳ではないらしい。

 やはりあのメイドの言葉は虚言だったのだろうか。


 それから暫し進むと、ひときわ豪華な王族の居住区の入口へ着いた。財力を見せつける贅沢の限りを尽くした装飾に、立ち入りを憚られる。

 入口の脇には無駄に重そうな甲冑に身を包み、ごつい槍を携えた見張りが二人。互いの槍を交差させ、隙のない様子でこちらを見ていた。

「何用だ」

「勇者様の魔力にあてられた王太子殿下の様子を伺いに参りました。中へ通せとは申しません、様子だけでも教えて頂けませんか?」

「……ふむ、事情は把握しているようだな。いいだろう。既に殿下の治癒は終えた。直に目覚められるはずである」

 やはり。勇者にも治癒魔法使いが派遣されていたのだから、当然王子にも派遣されているだろうと予想はしていた。

 こちらには義務的に来ただけであって、用はない。王子とは話した事もないし、もし中に通されても困るくらいだ。無事なのだと分かればそれで充分。

 勇者と王子の無事は確認出来た。今はまだ眠っているが、明日までには二人とも目覚めることだろう。

 見張りに礼を伝え、その場を離れた。


 さて、夜一十六時の鐘まではまだ時間があるな。

 ソーヤを逃がす手段はいまだ纏まっていないが、一度ハゲのいない所で彼女に会っておくか。

 俺との繋がりを勘付かれてしまう危険はあるが、ソーヤはあのハゲに相当怯えていたようだったからな。いざと言う時に余計なことを口走られては困る。それとなく釘を刺しておくとしよう。

 昼六十四時の鐘が鳴り響くのを聞きながら、俺は再びソーヤのいる地下牢へと足を運ぶのだった。



――

―――

本編14話の後から18話の前までのコンさんの話。

これはもともと本編にあったコンさんsideの話を大幅に加筆したものになりますね。

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