救世主のような彼は――ウシオ※
「また、来ておくんなんしね」
言って、ふわりと微笑みを浮かべてやれば皆簡単にその気になってくれるから、つくづくこの仕事は楽だ。ニコニコと微笑んで、やる事さえやってりゃ金が入ってくるような、頭の悪いオレにも出来る簡単な仕事。
この変な口調も、オレの育ちの悪さからくる口の悪さを隠すのには丁度良い。
名残惜しそうにオレの髪をふわりと撫でつける目の前の男の手に、愁いを帯びた風を装って甲斐甲斐しくオレの手を重ねてやる。
それだけの事で男はその気になって微笑み「また来るよ」なんて頼りない言葉を吐くと、一度も振り返ることなく朝焼けに滲む“彼らの街”へと帰っていった。
この光景を見る度に、どれだけ愛の言葉を囁かれようと、結局オレたちは夜だけの相手でしかなくて。誰かの一番になんてなれないのだと実感する。特にオレのような男も相手にするような輩は、尚更。
男が完全に見えなくなり、建物へ戻ろうと踵を返した瞬間。下腹部にずき、と鈍い痛みが走り、よろめいた。
手近な柵を掴み、その痛みに耐える。数秒そうしていればゆるゆると波が引くように痛みも消えていった。
この痛み、は何度経験しても嫌なものだな。子供の頃から受け入れてきたものだというのに、それでも体が拒否するようにいつまで経っても、慣れない。
しかしここで働く以上、きっといつかはこの痛みにすら慣れる日が来るんだろう。その頃にはオレはどれほど醜く、汚く、穢れているのか。
今以上に穢された未来のオレを思い浮かべて、嘲笑が漏れた。
朝特有の冷涼な風がオレの頬を、髪を、ふわりと撫でていく。普通なら心地よいはずのそれは、今のオレにはひどく鬱陶しいものに思えた。
「オイ、お前さん。突っ立ってねぇで早く館に戻りな。風邪でも引かれちゃかなわねぇ」
「……ごめんなんし。今戻りんす」
「しっかし、お前さんも随分と有名になったもんだな。今じゃここらで一番の人気なんじゃねぇか? その調子でじゃんじゃん金を稼いでくれよ」
下卑いた笑みを浮かべた店主が何かを言っているのを微笑みで聞き流し、倦怠感の残る体を引きずりながらゆっくりと、異国の建物を模したらしい館へ向かった。
店主は嫌いだ。来るもの拒まずで男女問わずに身体を売るオレを、蔑みの目で見るのを隠そうともしないくせに、金儲けの道具であるオレの機嫌を取ろうと必死で。
でも、それでもオレは、アイツみたいのが客としてオレを指名するのならソイツらの望むような自分を演じるのだろう。そんな自分が、一番嫌いだ。
一度、自分に割り当てられている部屋に戻ると、手早く必要な道具を揃えて湯浴み場へと向かう。
早朝の湯浴み場は空いている。何故なら、客を送り出したあと仮眠をとるのが常だから。オレは他の男娼たちと仲良くする気にはなれないために、いつもこの時間に入っているのだけど。
湯浴み場の扉を開くと、カラカラと軽快な音がした。開け放った扉の向こうからムワッと香る香草の甘い匂いに顔を顰めた。
白く立ち込めた湯気の中で作法通りに湯で身体を清め、それから白青の湯に足を踏み入れる。…………オレたちの体はいくら流しても、洗っても、清められるはずはないのに、と毎度思ってしまうのはオレだけなのだろうか。
湯に浸かっていると、白い湯気の向こうにゆらゆらとたよりない黒い人影があるのに気付いた。
それは向こうも同じだったようでパシャ、という小さな音がした。
「あれー? この時間にお風呂なんて変わってるね」
「…………だ、だれでありんすか」
「あっは、変な言葉遣いだねおまえ。それともこの辺ではそれが主流なのかな」
オレの質問を無視して、朗らかなアルトの声はペラペラと喋ることをやめない。
新入り、だろうか。
店主が雇った魔法使いの結界のせいで、内から無断で外に出ることはもちろん、外から無断で入り込むこともほぼ不可能なはず。
新人教育には関わっていないオレに真偽は分からないが、この時間にここにいるということは新入り以外には考えられなかった。
そう思っていたのに、パシャパシャと水音を立てて近付いてきた人影を見て、オレの予想が外れていたのだと気付く。
外見を見た限り年齢はオレよりも下、まだ少年のように見える。その少年の吸い込まれそうなほど黒い髪は闇より深く、一部だけが艶やかな濃い紫。きれいな紅の瞳は面白そうにオレを見下ろしていた。しかも、その少年は湯浴み場だというのに何故だか服を着て、水面に立っていたのだった。
水面に立つという不可思議な事よりも、少年のどこか近寄り難いような気品と高貴さが気になり、綺麗な彼に穢れた自分を見られるのが堪らなく恥ずかしく思えた。
顔に熱が集まるのが自分でもわかり、さっと下を向く。
しかし、白い湯気の中でも目ざとくそれに気付いたらしい目の前の少年は、ずいっとオレに顔を近付け、白くて柔らかい指でオレの頬を撫でて顎を掴み、上を向かせた。
「何、顔赤くしてるの? あはっ、まさか裸を見られて恥ずかしいだなんて言うつもりじゃないよね? こんなところにいるおまえが」
「っ……そ、それは」
「ま、どうでもいいけどー。それにしてもここってばむせ返るほど甘ったるい匂いで溢れてるよね。僕、具合悪くなりそー」
突き放されるように乱暴に離された手。少年に掴まれていた場所が熱を持っているように、熱い。
少年が何を言っていたかなんて気にしている余裕はなく、ただその心の中まで見透かしてしまいそうなほど妖美な紅の瞳に魅入られていた。
オレが息をするのも忘れて少年を見続けていると、少年は訝しげにオレを見下ろす。
「なに?」
「あ、や……なんでもないでありんす」
「ふーん? あ、そうだ。ここで会ったのも何かの縁だし、忠告しといたげる。死にたくなかったら、今夜はこの館にいない方がいいよ。それじゃーねー」
艷麗な黒髪の少年はそう言うと、紅の瞳を細めてオレを見てからあっさりと白く立ち込める湯気の中へと消えていってしまった。
オレが出会った中で一際輝いて見えた彼は、一体何者だったのだろう。
しばらく呆然と湯に浸かりながら少年の事を思い出していたお陰で、若干逆上せる羽目になった。ぼんやりする頭と熱をもつ体に鞭打って湯から出ると、湯冷めしないうちに湯浴み場を後にした。
それにしても、今夜はこの館にいない方がいいって、どういうことなのだろう? 自室に戻る道中、先ほどの少年に言われた言葉を思い出して不思議に思う。
ここに囚われ縛られたオレが、好き勝手に外を出入りできるとでも思っているんだろうか。
……そもそも、今夜は既に客が入っている。しかも今日は貴族のお偉いさんだ。上手くいけばたんまりと金を巻き上げられるだろう。忠告をされたところでオレに館の外へ行くという選択肢などはなから、無い。
自室に戻ったオレはベッドへ倒れこむように身を預けた。そして眠気に誘われるまま泥のように眠りについた。
*
目を覚ましたのは喧しい叫び声のようなものが聞こえたからだった。
もしや約束の時間を寝過ごしてしまったのかと思い、慌てて身なりを整えて部屋の扉を開く。
違和感に気付いたのは扉を開けてすぐ。
いつもはオレの部屋と廊下を挟んだ正面には他の奴の部屋の扉がある。しかし、今そこには扉などはなく中庭の木々が眼下に見えていた。
どういうこと? 何故、部屋が……いや“建物の一部が消えてしまっている”んだ?
混乱する頭を落ち着かせるために数回深呼吸する。そしてこれからどう行動すべきか考えた。
考えた結果、ここにいたらオレの部屋も危ないのではという結論に達し、とりあえず下へと向かった。下に行けば誰かしら説明できる人物がいると踏んだからだ。
階段で数人の男娼とすれ違う。怯えた表情を見せる彼らは口々に「マゾクがボク達を殺しに来たんだ!!」「恐ろしいマゾクがこっちに来る……!」「そっちにはマゾクが……」と口にして、オレを引き留めようとする者さえいた。
マゾク、とは何だ? 初めて聞く言葉に、眉を顰める。どうやら皆はそのマゾクとやらに怯えているようだけれど、オレには彼らが怯えるマゾクというものの恐ろしさがいまいち実感できなかった。
彼らの怯えようから推測すると、相当恐ろしいものだというのは分かるものの、上階へと逃げたところで逃げ場がなくなるのがオチだろう。アイツらはバカなんじゃないのか?
マゾクとやらから逃げようとして上の階へと逃げていく男娼たちを尻目に、オレは下へ下へと向かった。
「あ、向こうから来た馬鹿がいる」
二階から一階へと続く階段の踊り場へたどり着いた時、黒に一房が赤い髪と猫の耳を持つ少年と出くわした。階段の下から黄色い瞳を細めてオレを見上げていた。
じゅ、獣人……!
学のないオレでも獣人は知っている。何度か獣人がオレのいたスラムの人間を攫いに来たことがあるからだ。スラムに来たそいつは豹のような丸い耳をしていたけれど、こいつは猫の獣人らしい。髪の色と同じ黒い猫の耳が音に反応してぴくぴくと動いている。
獲物を狙うような鋭い黄色の瞳と目が合う。このままじゃ、殺される……そんな悪寒が背中を駆け抜けた。
逃げなきゃ、という考えに急かされるように後ずさる。逃げてきた男娼たちも今のオレと同じような心情だったんだろうか。今更そんなことを考えてもどうにもならないというのに、どうでも良い事ばかりが頭の中を駆け巡る。
自然と呼吸が早くなり、脚もがたがたと震えてきた。
恐怖に支配されたオレが逃げようと、猫の獣人に背を向けた――その時。
「残りは上に逃げた子達だけみたいだねぇ」と、甘ったるいアルトの声がやけにハッキリと鮮明にオレの耳へと入ってきた。
それが今朝、湯浴み場で出会った黒髪の少年の声だと気付くのに時間はかからなかった。
反射的に振り向き、階段の下を見るとつまらなさそうな表情で気だるげに猫の獣人へと近付くあの少年がいた。
彼の姿を見た途端にどくん、と心臓が跳ねた。猫の獣人に睨まれていた時とは違う心臓の鼓動に動揺する。
「あ、リュウさんお疲れ様です! 僕の方はその階段の上で震えてる馬鹿を殺れば終わりますから、見てて下さいね!」
「へぇ……って、あれ。その青髪のおまえ、今朝の奴じゃん。今夜は館にいない方がいいって忠告してあげたのに聞いてなかったの?」
手だけで猫の獣人を制し、呆れたようにオレの方を見上げる“リュウさん”と呼ばれた黒髪の少年は、ひとつ溜息を吐いた。
壊れた館に吹き込む風が少年の艶やかな髪を、白い頬を、緩やかに撫でていく。風に巻き上げられた髪を鬱陶しそうに手で払い除ける少年から目が離せなかった。
自分でも訳が分からないくらいに、何故だか彼に惹かれる。
オレが少年に目を奪われていると、少年の隣の獣人が舌打ちをしてオレを睨みつけてきた。
「ねえ、あんた。リュウさんが話しかけてんのに無視するとか、今すぐ殺されたいの」
「……ひっ。わ、わっち達は自由に館の敷地内から出ることが出来ないのでありんす……あなた様の忠告を蔑ろにしたわけではありんせん!」
「ふうん。じゃ、おまえだけは僕が逃がしてあげるから、何も言わずについてきて。分かってると思うけどおまえに拒否権はないよ」
「えっ!? リュウさんコイツ逃がすんですか? なんで……」
少年は黙れ、とでも言うように紅の瞳をすっと細めた。猫の獣人はびくりと猫の耳を震わせると素直に口を閉じた。
圧倒的強者の雰囲気を漂わせる少年に見惚れていると、その少年と獣人はこちらへと階段を上ってきた。少年が近付いてくると、今朝彼に触れられた頬が、顔が、熱を帯びる。熱い。
そのうえ、オレの目の前まで来た彼に「おまえは髪の色は青いくせに顔はいつも赤いんだね」なんて言われてしまえば、何も言えずに赤い顔を隠すように俯くしかなかった。
黒髪の少年の半歩後ろをついていく。
獣人はしきりにオレを睨んできたけれど、もうさっきのような恐怖は感じない。
今日初めて会ったはずなのに、黒髪の彼が近くにいるだけでこんなにもオレは心が落ち着くのかと、驚いた。虚しさしかなかったオレの心を埋めてくれる、そんな気さえした。
こんな事を誰かに思うなんて事は初めてで、どうしていいか分からず、今は黙ってついていく事しか出来ない。
「あ、そうだ。ヒイロ、下の階にあれやっておいてよ」
「え、……はい。リュウさん、どうかお気を付けて」
よくわからない会話をした後、猫の獣人はオレをひと睨みして来た道を引き返していった。
オレはただただ黒髪の少年の後をついて行く。すると、先程すれ違った男娼ではない、別の男娼数人が服の裾を引きずりながら必死に逃げているのが遠くに見えた。こちらを見て、「マゾクだ、逃げろ」と言う声も聞こえる。
マゾク。この少年がマゾク? 周囲にはオレと少年しかいなくて、オレがマゾクな訳がないのだからそうとしか考えられないか。
オレにはこの少年がマゾクだと呼ばれても、恐ろしい存在には思えなかった。彼はオレを逃がしてくれると言った。ここから。牢獄のようなこの場所から。
黒髪の少年はなおも逃げようとする男娼たちを見据えて、一言。
「逃げないでよ」
甘い甘いアルトの声で紡がれたその言葉は、優しくゆるりと耳を溶かしてしまう薬のようだった。
ぞくぞくとした快感がオレの体を駆け巡る。思わずふらついてしまって、館の壁に手をついた。黒髪の少年はそんなオレを横目に見たあと、くす、と笑って、怯えて動けなくなった男娼たちへと視線を戻した。
そして、右手を突き出して何かを小声で呟くと男娼たちの身体は突如として造作もなく捻れて、ただの赤い塊となって弾け飛んだ。
衝撃的な光景だった。けれど、返り血などを浴びることなく華麗に人を手にかけた少年には、不思議と怖さは感じなかった。それどころか綺麗だとすら思った。
少年は何も無かったかのように平然と進んでいく。熱に浮かされたようにぼんやりとしたままオレは少年の後ろをついていった。
最上階へとたどり着くまでに何度か男娼たちと遭遇した。少年は平然とした様子で全員殺して進んだ。ある時は炎で、ある時は雷で、またある時は毒のようなもので。多彩な殺害方法が物珍しくて、オレは食い入るように見入ってしまった。
そうしているうちに、最上階の一番奥の部屋に辿りついた。一際飾り立てられたここは店主の部屋だ。ここにはどんなお得意様ですらも立ち入らせないと聞く。もちろんオレもここまで立ち入った事はない。
ゆったりとした動作で少年はごてごてと装飾が施された両開きの扉を両手で押した。ガコンッと鍵の壊れる音がして、ギィと小さく音を立てながら扉が開かれる。
そして見えてきたのは薄暗い室内で腰を抜かして床に座り込み、怯えた表情で固まる店主の姿。
「あはっ、みぃつけた。かくれんぼはおしまいだねぇ?」
「ひっ、か、勘弁してくれ……ころ、殺すのだけは……」
「誰が殺すって言った? やだなぁ、おまえみたいなクズを僕が直接殺してあげる訳ないでしょ」
静かな怒りを滲ませる少年に、店主は怯えながらも殺されないと分かって少し安堵しているようだった。
その安堵を感じ取ったらしい少年は舌打ちをすると、どこからか取り出した小振りのナイフを右手に握り、腰を抜かして動けない店主に素早く近づいて両脚をざっくりと切り裂いた。切り裂いた脚から鮮やかな赤が噴き出す。薄暗い部屋でもその色は鮮明に色づいて見えた。店主は嫌な奴だったけれど、血の色だけは綺麗だと感じた。
ぼたぼたと止めどなく溢れ出る赤、赤、赤。
店主は突然の事に呆然とした後、耳障りな悲鳴を上げた。流れ出る赤に見入っていたオレはハッと我に返る。
「痛い? 痛いよねぇ? おまえなんてそのままもがき苦しんでればいいよ」
「な、何故こんな事をする!」
「何故? 僕は魔族だよ。理由なんてないよ、殺したいから殺す、苦しめたいから苦しめる、それだけ」
苦痛と恐怖に歪む顔を涙で汚す店主を冷たく見下ろし、そう言い捨てると少年はいきなりオレの隣へと回り込んできた。
完全に気を抜いていたオレはいきなり近づいてきた少年に驚いて、自分の服の裾で転びそうになった。
少年は一瞬驚いたようにオレを見たが、瞬時にその表情を隠して再び店主の方を見る。
その時、どこからか焦げ臭い匂いと、パチパチと何かが燃えているような音が聞こえた気がした。
「そうそう、おまえが金儲けに使っていた籠の鳥達はこの青いコ以外僕達がみんな殺しておいてあげたから、感謝してよねー」
「くそっ、マゾクめ……き、貴様ら、か、下等種族が人間様にこんな事をしていいと思ってい、いるの……か!」
「あは、この状況でよくそんなことが言えるね。その度胸だけは褒めてあげてもいーよ。でも、おまえはもう用済みだから……《転移》」
オレの腕を握って少年が転移と唱えると、瞬間、景色がぐにゃりと歪んで気持ち悪くなったオレは思わず目をつぶった。
次の瞬間、ふわっと甘い花の香りがして目を開けると、そこはさっきまでいた室内ではなく屋外だった。それも、館の敷地の外の、だ。こんな場所は見覚えがない。
いつの間にかオレは館の敷地の外まで出る事が出来ていたらしい。あまりにもあっさりしていて、拍子抜けする。長い間逃げ出したいと思っていた場所からちゃんと脱出出来たというのに、いきなり過ぎて困惑の気持ちの方が大きい。不思議な気分だ。
困惑するオレを面白そうに見た少年が「振り返ってみなよ」と言ってオレの後ろを指さした。なんだろうと思いながら、振り向く。
「炎が……」
「あれはさっきまでおまえが囚われていた鳥籠だったもの。でもその鳥籠はもう炎に飲まれた。開放されて自由を手にした今のおまえなら、どこにでも羽ばたいていけるよ」
薄い紅の瞳に、燃え盛る館を映しながら少年はゆっくりと言葉を紡いだ。
あれが今までオレがいた牢獄の様な館だとは何故だか思えなかった。それほどに、炎に包まれた館はくだらなく、ちっぽけなものに見えた。
外に出てしまった今となっては少しも興味が湧かない館だったものを一瞥し、少年へと視線を移す。
ずっと気になっていた事があるからだ。
「……何故、あなた様はわっちをお助けくださったのでありんすか」
「その喋り方、止めなよ。あと、僕はおまえを助けたつもりは無い。僕が助けたと言えるのは僕が殺した奴ら、だけだから」
どこか悲しげな目をして、少年は言った。オレにはなぜ彼がそんな顔をするのかも、言葉の意味も、分からなかった。
オレが少年の言葉の意味について考えているうちに、いつの間にか少年の姿は消え、燃え盛る館とオレだけがその場に残されていた。
これからどうやって生きていけばいいのかとかよりも、オレの頭の中はただただ黒髪の少年の事ばかりで埋め尽くされている。彼にまた会いたい、そんな気持ちで。
少年の事を考えながらその場で炎に包まれる館をぼんやりと眺めていたオレだったが、ここにいると不審に思われてしまうと気付き、慌てて周囲を確認した。周りには人の気配はない。賑わっていた昨日までの日常は消え去ったのだと、改めて実感した。
オレは一つ大きく深呼吸をした。そして、彼にまた会えるまで何が何でも生き続けてやるという決意を胸に、歩きづらい服の裾を無理やり破り捨ててゆっくりと歩きだした。
それは、昨日までの未来に希望なんてなかったオレとは違う、明確な目標を胸に抱いた新しいオレの第一歩だった。
この後、一年も経たないうちに黒髪の少年と再会し、オレは魔族になったのだが、それはまた別の話。
――
―――
魔族になる前、男娼だったウシオとリュウの邂逅。
うーん、慕い方が危うい男。
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