第17話 神殿潜入
メドゥーサの生首が埋め込まれた盾を女神アテーナーから奪い取って来るという計画は、アイダたちほぼ全員の同意事項となりつつあった。
だが、
「ちょっと待って。セラムの意見はどうなの?」
女神の怒りを買うかもしれないという計画が進行中なのである。熾天使のセラムにとっては重大事ではないか。この計画が議論されている途中、一度も意見を言ってない。
「セラム、貴方の意見を聞かせて」
「…………」
もちろん賛成などと言えるわけがないはずである。熾天使セラムが女神に対して徒党を組み行動を起こすという事は、場合によっては天界を追われかねない重大事なのだ。下手をすると魔王の様に、地位を剥奪されて魔界に落とされかねない。
「賛成は出来ないけど、皆さんの目を見ていると、決意は固そうですね」
「…………」
「分かりました、私も行動を共にします」
「セラム!」
すぐ声を出したのはレイラであった。
「貴方だけは参加しない方が……」
「レイラ、私はもう皆さんの一員です。ただ見ているだけという訳にはいきません」
「セラム……」
「それに、女神であるはずのアテーナーの非道には、私も疑問を感じてました」
「…………」
「アテーナーから酷い仕打ちをされた者は、メドゥーサだけでは無いんです」
「そうか、熾天使のセラムさんが一緒に戦ってくれるというのなら、鬼に金棒だな」
だがそんなキイロアナコンダの声に、セラムは状況を冷静に見ている。
「ただ女神アテーナーの力は非常に強大で、とても私などが敵う相手ではありません。出来れば話し合いで解決してくれると良いのですが……」
もちろん盾の生首を返して欲しいと言って、女神アテーナーがすんなり返してくれるわけは無い。やはりここはアテーナーの隙を伺ってこっそり頂いてくるしか無いだろう。
結局おれが取って来ると言ったキイロアナコンダを筆頭に、トゥパック以下全員がアテーナーの神殿に潜り込むことになった。
実際には風の悪魔少女レイラが皆を風に乗せて運ぶ事になる。
アテーナーのいない神殿の内部はがらんとしていて、盾は探す必要も無く見つかった。壁に無造作に立て掛けてあったのだ。ただし、想定内ではあるが、その盾を2匹の大蛇が守っている。
「おれが片方と戦っている間、他の1匹の注意を引きつけていてくれないか。さすがにおれ1人で同時に2匹は無理だ」
ワイナがキイロアナコンダに聞いてきた。
「蛇のおまえに聞くのもおかしいが、蛇の弱点はなんだ?」
「目があまり見えていない事かな。だから背後からの攻撃には弱い。その代わりに嗅覚は優れている。いずれにせよもうこの2匹はおれたちを認識しているから、背後から忍び寄る事は出来ないな」
「…………」
キイロアナコンダは蛇に変身すると、ジリジリと大蛇に近づいて行く。
ワイナとトゥパックは剣を抜き、キイロアナコンダとは逆の方向から残りの大蛇を挑発し始める。大蛇と戦う際の最大の注意点は、巻き付かれない事だ。こんな大蛇に巻きつかれたらアウトである。
ワイナもトゥパックも離れた位置から剣で攻撃を加えて行くが、その鱗のような皮膚は全く剣を通さない。確かにこれでは牽制しか出来ない。
一方キイロアナコンダは大蛇との死闘を始めていた。他の猛獣の様に唸り声を上げるわけではないから静かではあるが、凄まじい殺気である。絡み合い鎌首を引いて互いの隙を狙っている。先に食い付いた方が勝利する。なぜなら一度相手の首に食い付いてしまえば、あとは徐々に口をずらして、頭全体を飲み込めばいいだけであるからだ。だから狙うは首の一点。もちろん互いに隙を与えるわけは無い。充分に鎌首同士の距離を取って睨み合いが続き時間が経って行く。
「まずいぞ、このまま勝負がつかず、アテーナーが帰って来たらアウトだ」
「もうこれを使うしか無いわね」
レイラが袋を取り出した。キイロアナコンダから聞いていた、蛇退治の秘密兵器である。
「よし、おれがやってやろう」
袋の中身はニンニクをすり潰した粉状のものである。強力な匂い兵器だ。トゥパックは一掴のニンニクを袋から取り出すと、キイロアナコンダが対峙している大蛇の鎌首に向かって投げつけた。
大蛇が一瞬怯んだ隙を、キイロアナコンダは逃さなかった。その首に飛び掛かったのだ。後は頭を徐々に飲み込むだけである。
ワイナが挑んでいる大蛇にも、トゥパックはニンニクを投げつけ、首を押さえ込んだ。
「ワイナ、やれ!」
ワイナが大蛇の頭に剣をあてがうと力任せに押し込んだ。だが、
「うぐっ、ワイナ、早くなんとかしろ!」
ブルブルとふるえる大蛇がトゥパックの首を巻き始めたのだ。
ワイナは更に何度も鎌首に剣を刺して、やっと大蛇を仕留めた。
キイロアナコンダはジリジリと口を歪めて相手の鎌首を飲み込み始めている。
「何やってんだ、もう時間が無いんだよ」
トゥパックは大蛇の首を掴んで押さえ込むと、
「吐き出せ、後はワイナがやる」
こうして2匹の大蛇は始末された。
「離れていてくれ、盾はおれが取ってくる」
蛇から再び戦士に戻ったキイロアナコンダがひとり盾に近づいて行く。そして用意してあった袋に入れると戻ってきた。
「よし、撤収だ」
「まずい、アテーナーが戻ってきたぞ!」
「おまえたち、そこで何をしている」
戻ってきた女神アテーナーに見つかってしまった。アテーナーは足元に横たわる大蛇の死骸を見た。その頭からは血が流れ出ている。
「何をしたのだ?」
アテーナーの声が神殿内に響く。絶体絶命である。ここで熾天使のセラムが前に出ると説明をしようとした。それを見たアテーナー、
「んっ、その方は……」
だが事態はここでとんでもない展開になってしまう。
「やろう、これでもくらえ!」
なんとトゥパックが、女神アテーナーの顔に向かって、ニンニクの粉を一握り投げつけてしまったのである。
「トゥパック、なんて事をしたの!」
「メドゥーサの仇を取ってやる。これでもう後戻りは出来ないぞ」
「出来ないどころか、一巻の終わりよ」
「とにかく、ここは早く逃げようぜ」
さすがの女神も、まさかのニンニク攻撃にひるんだ。その隙に全員が風に乗って女神の前から逃走してしまったのであった。
「メドゥーサさん、これが盾です。貴方の首も取り返せました」
「…………!」
メドゥーサはトゥパックの前で首を抱きしめている。
「アイダ、私は皆さんと別れなければならないかもしれません」
皆がメドゥーサを囲んでいる時に、突然熾天使のセラムが声を掛けてきた。
「セラム、どうしたの?」
即反応したのはレイラである。
「ニンリル様からの呼び出しです」
女神ニンリル、精霊界では風の女神であり、シュメール神話に登場する女神でもある。セラムが風の悪魔少女レイラの守護天使になっているのも、ニンリルからの指示であった。その女神ニンリルから急に呼び出されたというのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます