第14話 魔法の小箱
「レイラ……」
「付いて来ないで!」
アイダを筆頭にワイナ、キイロアナコンダ、そして最後尾から不穏な雰囲気の風の悪魔少女レイラとゴリラのトゥパックが歩いている。
「トゥパック、あなたとはもう絶交したんだからね」
「…………」
立ち止まって巨漢のトゥパックを見上げ、両手を腰にプンプンと仁王立ちのレイラである。
「何故振り向いたの、まだ後ろ足が残っていたじゃない!」
「レイラ、もう皆冥界を出たから良いと思ったんだ」
「全く……」
せっかく魔王ベリアルを地上界に戻せて、熾天使のセラムに喜んでもらえると思っていたのに、とレイラ。うなだれて身の置き所も無いといったトゥパックを見ても、未だに怒りが収まらない。プリプリと小言を言い続けるレイラを、犬のノラも当惑気味に見上げている。
ここでついに熾天使のセラムが声を掛けてきた。
「レイラ、もういいの、トゥパックさんを許してあげて」
「…………」
セラムは自分の胸を指さし、
「ベリアルはここに居るって言ったじゃない」
「セラム、本当にそれでいいの?」
「もちろんよ」
「分かった」
やっと機嫌を直したレイラは、トゥパックと並び2人だけで歩き出す。
「何だあの2人は……」
さっきまであんなに険悪だったのに、キイロアナコンダが訳分からんと、あきれ返って見ているのであった。
虹の精霊アイダは再び皆を集めた。ジャガーのワイナ、キイロアナコンダ、ゴリラのトゥパック、風の悪魔少女レイラと犬のノラ、そして守護天使のセラムたち7人は新しい旅に出発しようとしている。
「ご主人様」
「何だ?]
カラスが木の枝にとまっている。
「前のご主人様が残した小箱はどうなさいますか?」
「小箱?」
「はい」
カラスは死亡した前の主人、すなわち冥界の入り口を縄張りとしていた魔女が所有していた小箱を、そのまま残して行くのかと聞いてきたのである。
「小箱とは一体何の事だ?」
「魔法の小箱で御座います」
「魔法だって……」
「トゥパック」
「んっ」
「あなたさっきから何をぶつぶつ言っているの?」
隣にいたレイラがトゥパックの言動を怪しみ、聞いてきたのであった。トゥパックとカラスとの会話は当人同士しか理解できない。レイラにはガラガラとした鳴き声が聞こえているだけである。
ここで思わず本当の事を話そうとしたトゥパックであったが、
「あっ、実は、その、なんだ……」
「トゥパック、出かけるぞ」
「分かった、今行く」
前を行くキイロアナコンダの声掛けに思わず乗って、ごまかしてしまうトゥパックであった。魔法の小箱とは一体何なんだ。まだ皆にはカラスの事も、ましてや魔法の小箱などという面白そうな事は、内緒にしておいた方がよさそうだ。ひとりにやにやとするトゥパック。
「ご主人様」
「その話は、また後だ」
「…………」
トゥパックは召使のカラスを残し、レイナの後を追ってどたどたと駆け出した。
パルテノン神殿は古代ギリシア時代にアテナイ、現代で言えばアテネの都市国家で、もとは城塞としての丘であったアクロポリスの上に建設された。アテナイの守護神であるギリシア神話の女神アテーナーを祀る神殿である。パルテノンは処女神の宮殿を意味し、そなわる気品は伝説的であり、円柱は上に向かって見えるわずかな膨らみが気品を感じさせる。
そして天空神ゼウスと知性の女神メティスとの間に生まれた娘アテーナーは、知性に溢れたとても美しい女神だったが、気高く理性的な戦いを好んだといわれている。さらには非常に思慮深い女神としても知られているが、その反面、男勝りで気が強く、自由奔放でプライドが高かったとされる。また、自身の神殿を汚したポセイドンの愛人であるメデューサには、その姿を頭髪が全て蛇という醜い化け物に変えるという苛烈な罰を与えており、死後もそのメデューサの生首を盾にはめ込んで利用するという恐ろしい一面もあった。
「カラス、何処に居る」
「御用でしょうか、ご主人様」
トゥパックがやはり気になるのは魔法の小箱である。アイダやレイラ達の居ない時を見計らって、カラスをこっそり呼び出して聞いたのであった。
「お前の言う魔法の小箱というのは今どこにあるのだ?」
「洞窟に置いて御座います」
「もって来れるのか」
「もちろんです」
「よし、では今すぐ持って来い」
「分かりました」
やがてカラスが爪で掴み運んで来たものは、両手のひらに乗るほどの箱であった。
「汚ねえ箱だな」
「…………」
トゥパックは直ぐに開けようとするが、
「待って下さい、ご主人様」
「何だ」
「箱を開けてはいけません」
「なに」
箱を開けようとしたトゥパックの手が止まる。
「開けるなとは、どういうことだ」
「私は前のご主人様から、この箱を絶対開けてはならないと言われていました」
「何言ってんだ、開けられない箱など持っていても意味無いではないか」
「…………」
トゥパックは強引に開けてしまった。
「ウワッ」
蓋が開けられると、中から何かが出て来たのである。白い、もやっとした何かであった。
「何だ!」
ふわっと舞い、中空に浮かんだそのものは、やがて人の形となり言葉を発した。
「そなたはトゥパックだな」
「…………!」
美の女神をほうふつとさせるような女人である。身にまとっているペプロスと呼ばれる白いドレスは高級な生地では縁に線条が入って、様々に染色や刺繍も施されている。古い時代のギリシアでは機織りは奴隷ではなく、庶民から貴婦人まで皆が当然行う作業と考えられていた。その女神のような容貌の女性は、ギリシャ神話に登場する女たちの代表的なドレス姿でトゥパックを見下ろしている。
「出してくれた礼を言うぞ」
「…………」
だがその女人はすぐ元の白いものとなって消えてしまい、トゥパックは声も無く呆然と見送るだけであった。
ギリシア神話に登場する英雄にペルセウスがいる。ゼウスの血を引く半神であり、セリーポス島で成長したが、島の領主から怪物メドゥーサの首を取ってくるように命じられ三姉妹の魔女の元に行く。彼女たちは生まれつき醜い老女で、三人でたった一つの眼と一本の歯しか持っていなかった。その眼と歯を奪うと脅すことで無理やりハーデースの隠れ兜を得て、さらに他の神々から授かった魔術的な武具を駆使してメドゥーサ殺しを成し遂げ首を切り落とした。
ところがこれを知って悲しんだ海神ポセイドーンは、メドゥーサの生首を箱に入れて静かな海に沈めようと画策したが果たせなかった。だからその魂だけを箱に閉じ込めて三人の魔女に渡し、生涯人目に触れさせてはならないと伝えた。そしてさらに、決してこの箱の蓋を開けてはならない、もし開けたならその方達の魂は永遠にもだえ苦しむだろうと言い残したのだった。小箱は炎と鍛冶屋の神とされたヘーパイストスが造ったものであった。
アイダたち一行が進む先では、女神アテーナーが旅人や住人に難儀を及ぼしているという噂が広まっていた。おかげでアテーナーの評判がすっかり地に落ちてしまったというのである。
ギリシア神話でアテーナーは英雄たちに協力的な女神として知られている。メデューサをペルセウスが退治する際には呪いの眼を直視しなくても戦えるように鏡面仕上げの盾を貸し与えている。また、ヘラクレスが毒の糞をまき散らす怪鳥ステュムパーリデスを退治した際には、ヘーパイストスが創った青銅製の巨大な銅鑼を貸し与えました。その他にも英雄ベレロポンに空飛ぶ馬ペガサスを手懐けるための黄金のくつわを与えたという逸話が残っている。
つまり女神のアテーナーがそんな悪さをするなど有り得ない事なので、アイダたちは疑っていた。
「アテーナーが訳もなく悪さをしているなんて、信じられないわ」
とアイダが言う。
「何かの間違いじゃないのか」
「それとも魔物か何かがまた現れたのか」
「…………」
とにかくすぐ調べてみようとなった。
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