第31話 ドラゴン・バーブガン
「森の近くに行ってみましょう」
少女と一緒に遊んでいたという子の話を聞き、アリとアイダたちは森までやって来た。少女の両親も一緒である。
「ノラ、匂いを嗅いでみて」
両親から受け取った少女の服から残された匂の後を辿ろうとするのだが、既に日が経ちすぎて、匂いは残されていなかった。
「仕方が無いわ、消えてしまったのが夜なら、私たちも夜になってから来てみましょう」
アイダの提案で夜また来ることになった。
月の出ている夜である。
風は無い、
虫も鳴かない無限の静寂、
明るい月の下に漆黒の森が静かに横たわっている。
皆が黙々と歩いていた、その時、
「あの声は――」
何処からか聞こえて来る少女の歌声に、両親が気づいた。声のする方に走って行くと、そこに手を叩いている精霊が居る。
「あっ」
気配を感じたのか、驚いた精霊が逃げようとするが、ジャガーになったワイナが飛び掛かり、行く手を遮った。やって来たアイダたちの姿を見た精霊が大人しくなって立っている。
「貴方が誘拐したのね」
「…………」
「少女は何処」
精霊は素直に祠を指さした。
無事解放されて両親の元に帰った少女には、巨樹の精霊からお詫びのしるしにと、綺麗な箱が渡された。
アイダたちに礼を言う少女に、
「これからも勇気を出して生きて行くのよ、下を向いていたら、虹を見つける事は出来ないの」
アイダの言葉に少女はこっくりと頷いた。
そして再び旅が始まる。虹の精霊アイダはワイナやトゥパックとキイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラと犬のノラ、トゥパックの従僕カラスを連れて新たな冒険に出たのだが、ここはとある村外れ、
「助けて下さい」
「どうしたの?」
年老いた男がふらふらと歩いて来ると、アイダたちの前で崩れ落ちるようにしゃがみ込んでしまうではないか。
「しっかりして」
レイラが呪文を唱えて、農夫らしい男はやっと話せるようになった。
「ドラゴンが暴れているんです」
「ドラゴンですって!」
伝説上のドラゴンは鋭い爪と牙を具え、口から炎を吐く。空を飛ぶことも出来るが、洞穴などをすみかとしている。体色は漆黒、蝙蝠のような翼と鋼にも勝る鱗で全身が覆われている。金銀財宝を守っていた洞窟から出て空を飛び、大気を乱して嵐を引き起こすという。
「詳しく話して、そのドラゴンがどうしたの?」
「実は……」
老人は話し始めた。
「先代の王が亡くなられて、若い王子が急遽この国を治める事になりました。しかし王になられるとすぐに、この大洋の果てには何が有るのかと、家臣一同が首をかしげるような質問をされました。若い王は時々突拍子もない事を言い出されます。大洋の果てにたどり着く事など出来るわけがないという話を信じておられなかった。それで自ら探検するためには、まず莫大な資金が必要となる。そう考えられた王は、ドラゴンが守っていると言われている洞窟の宝を横取りしようとされたのです」
「…………」
「周囲の家臣はもちろん、それを知った国中の民が反対したのですが、王はまったく聞く耳を持なかったのです。腕の立つ者を厳選して無謀にも一緒に洞窟に入って行かれました」
老人の話すドラゴンは地元民からバーブガンと呼ばれ、原始宗教や地母神信仰における不死の象徴として崇められる蛇が、神格化された存在だった。知性は高く人語を解し、強い魔力を持ち使うこともあるという。非常に硬い鱗を持っており、並の剣では歯が立たないと言われる。そしてドラゴンの巨体を羽ばたきと揚力で空を飛ばす十分な大きさの翼を広げると、空が暗くなるほどなのだ。しかし、悪魔やサタンとも呼ばれる巨大な竜は天上でミカエルと戦って敗れている例もある。ところがこの国のドラゴン・バーブガンは古くから民の守護神でもあり、信仰を集めていた。だが年若い王はそんな事を意に介さなかったのだ。
数十人の武装した部下を連れた王は洞窟に入って行ったが、いつまで経っても帰ってこない。何日も過ぎた頃、ようやく1人だけが戻った。その者は訊問に答えて、
「おお、聞いて下さい。王と私どもは洞窟の中をずっと進んで行き、ついに金銀に輝く宝の山に出くわしたのです」
「…………」
「ところが、私はしんがりを務めておりましたが、前にいた者は皆、怒ったドラゴンに飲み込まれてしまい、私だけがかろうじて逃げて来れたのでございます」
しかし、それからが大変だった。神聖な洞窟を荒らされ、宝物まで奪われそうになったと感じたバーブガンは、毎日のように国中に火を吹きかけ始めたのだという。
「このままバーブガンの怒りが収まらなければ、国が滅びてしまいます」
「分かったわ、行きましょう」
アイダたちは直ぐ洞窟に向かってみる事にした。
洞窟に至る道筋の町や村は焼かれて未だにくすぶっている。早く止めなければ大変な事になるだろう。
「急ぎましょう」
「私が先に行って様子を見てきます。トゥパック」
「よし」
レイラが今回もゴリラのトゥパックに声を掛け、犬のノラを伴って風に乗った。
やがてドラゴンが住むと言う山に近づく。中腹辺りからは滝が流れ落ちているのだが、あまりにも落差がある為、途中で水が霧となり消えてしまっている。
洞窟は険しく切り立った山の頂近くで大きな口を開けていた。内部は広々としているが、ドラゴンの気配は感じられない。巨大な通路を何度か折れ曲がると、一段と広い空間が現れた。
「何と!」
金や銀の燭台やら宝石類が文字通り山となっている。
「これが王の狙っていた宝ね」
「すごいもんだな」
その時、ノラが振り返り唸り声を上げた。
「まずい、ドラゴンだ」
「帰って来たようね」
「隠れて様子を見るか」
「ノラ、吠えちゃだめよ」
だが、ドラゴンの嗅覚も優れていた。周囲を一瞥すると、
「んっ、この匂い、……隠れても無駄だ、出てこい」
ドラゴン・バーブガンの重々しい声が洞窟内に響き渡る。
「また来おったのか、儂の宝を奪おうなどと、愚か者め」
「貴方の宝を奪いに来たのではないわ」
隠れていた岩陰から姿を現したレイラ、トゥパックとノラも出て来る。
「民の家々を焼かないで欲しいの」
「何だと」
「皆が困っているのよ、貴方は村人の守護神ではなかったの?」
「んっ、お前は、人間ではないな」
「私は……」
レイラは自分が悪魔である事を正直に話した。
「悪魔だと――」
「レイラ、危ない!」
悪魔と聞いたバーブガンがいきなり襲って来たのだ。トゥパックは剣を抜き、ドラゴンに切り付けたが鈍い音がして刃が跳ね返される。
「ノラ、だめ」
飛び掛かって行こうとしたノラをレイラが引き止めた。バーブガンはじりじりと迫って来る。怒りに満ちた赤い目が不気味に光り、不思議なにらみ合いが続くのだが、その動きが止まっている――
「おかしいわね」
レイラの疑問である。
「何故炎で一気に攻撃してこないのかしら」
「確かに動きが変だな」
レイラたちは岩を背にしている。ドラゴンにこの距離で炎を吐かれたら最後ではないか。レイラとトゥパックが少しづつ横に移動すると、足元の金貨が音を立てて崩れた。
「分かったわ、これよ」
「…………」
「金貨だわ、バーブガンは自分の吐く炎で金貨や貴重な金食器を溶かしたくないのね」
「そうか、それでこいつ此処では暴れたり炎を吐いたりしないんだな」
だがドラゴンの武器は炎だけでは無かった。
「アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァ……」
「トゥパック、逃げるわよ!」
ドラゴンが呪文を唱え始めたのだ。レイラはトゥパックとノラの気配を消して洞窟の外まで移動させるとすぐ風に乗った。
「危なかったわ」
「彼奴呪文を使うのか!」
住民の世代がどれだけ代わっても、この地で生き続けてきたバーブガンは知性が有るだけではなく、呪文も会得していたのである。
「バーブガンを倒すのも説得するのも簡単ではなさそうね」
レイラから話を聞いたアイダの感想である。ここで再びバーブガンが暴れているとの情報がもたらされた。
「行きましょう」
アイダたち全員でバーブガンが現れたと言う集落に駆け付けた。
「止めなさい」
炎を吐き村の家々を焼き払っているバーブガンにアイダが声を掛けた。
「ん?」
「そんな事をして何になるの、貴方は村の守り神だったはず」
「また現れたな、お前たちも皆悪魔とでも言うのか?」
「いいえ、違います。ですが、とにかく炎を吐くのだけは止めて私の話を聞いて下さい」
「……お前の話を聞けだと、聞いてどうなる。此処の連中は儂の守っている宝を横取りしようとしたんだ」
「…………」
「儂に刃を向けてな」
ドラゴンは荒々しくアイダに向かって来た。
「お前たちの話など聞く気はないわ」
バーブガンはアイダに炎を吐く、
「アラカーー、シャーーヴォアーー」
「んっ!」
アイダの呪文で炎が跳ね返されている。
「なに!」
バーブガンは全身を震わせて炎を吐き出し始めた――
アイダとレイラが2人掛で呪文を唱え、
「アラカーー、シャーーヴォアーー」
「アラカーー、シャーーヴォアーーシャザム」
ドラゴンとの力が拮抗して炎が途中で止まった。
「んっ――」
バーブガンは何度も地を引き裂いて突き進み、攻撃してきた。だが戦いを見守るジャガーのワイナも他の2人も手が出せない。猛々しく舞い上がるドラゴンの鱗を見れば、剣で対抗できる相手ではない事が良く分かるからだ。
バーブガンに対抗するアイダ、レイラ、激しい戦闘の衝撃で天地は轟き震えた。地鳴りを伴う凄まじい戦いが繰り広げられ、アイダとレイラを打ち倒そうとするが、2人がかりの呪文に苦戦を強いられるバーブガンである。
そしてついに攻撃の手を休め、深く息を吐いて2人を交互に見るドラゴンにアイダが声を掛けた。
「バーブガン、もう止めましょう。私たちは十分戦ったわ」
「お前たちは一体何者なのだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます