第32話 仲間に加わったドラゴン


 ドラゴン・バーブガンの前にアイダ、レイラ、ワイナたちが並んでいる。


「私たちは精霊界の悪霊や怨霊、怪物など人々に害を及ぼす者達を追い退治する旅を続けているの」

「それで儂を退治しに来たと言う訳だな」

「でも貴方は村人の守護神だったでしょ。魔物や怪物の類では無いわ」

「…………」


 その後アイダから詳しく話を聞いたバーブガンは、しばらく目をつぶっていたのだが、


「それは面白そうではないか」

「…………」

「儂もその旅に同行させてはくれぬか?」

「えっ」


 なんとドラゴン・バーブガンがアイダたちの仲間に加わり、旅をしたいと言うのである。


「でも貴方は洞窟の宝を守る義務があるんでしょ」


 ドラゴンが守っている宝は、はるか昔の王から委託されたものであり、住み着くうちに村々の守護神ともなっていたのであった。


「儂に宝の保護を委託してこの世を去られた王の話はいずれしよう」

「…………」

「だが、もう宝を守る務めは十分果たした。これからはお前たちの旅に加わるぞ」


 ドラゴンはアイダたちの仲間になると、一方的に宣言してしまったのである。




 アイダとレイラ、そしてバーブガンが呪文を唱えて山を崩すと、入り口が完全に塞がれ洞窟は封印された。


「これで良し」





 旅に出るアイダたちは、新たにドラゴン・バーブガンを仲間に加えている。先頭を行くアイダ、そしてワイナ、トゥパックとキイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラと犬のノラ、トゥパックの従僕カラス、最後は上空を舞うドラゴン・バーブガンで更なる冒険の旅であった。

 だが、その旅もしばらくして不都合が生じて来た。地上を歩くアイダたちと空を舞うドラゴンとでは歩調、いやペースが合わないのである。それは当然で、ドラゴンがひとたび翼を広げて飛び立てば、すぐさま辺りの山並みなどは通り越してしまうのである。


「儂も人間に変身しよう」

「えっ!」


 バーブガンは唐突にそう言うと、何やら呪文を唱え始めた。


「どうだ」

「あっ……」


 皆の前で人間の姿に変身したバーブガンであるのだが、トゥパックが遠慮がちに声を掛けた。


「その、なんだ、言っちゃ悪いが、人間に尻尾は無いんじゃないか……」

「あっ、そうか」


 自身を振り返って、再び変身するバーブガンである。


「これではどうだ」

「その角もいらないと思うぞ」

「…………」


 更に変身――


「これでどうだ」

「…………」


 しかし、やはりどこかおかしい人間の姿である。ここでついにアイダが声を掛けた。


「大丈夫よ、その内慣れて来るから」

「…………」


 皆はそうだそうだと無理やり納得する事にした。






「それにしても洞窟ではすごい宝だったな」


 バーブガンの横を歩くトゥパックが話を切り出した。


「あの方は儂と共に戦った英雄だったのだ」

「…………」


 一緒に歩くレイラも興味深げに聞いている。あの方とはバーブガンに宝の保護を委託して世を去ったはるか昔の王であった。


「その頃、この国には王と対立する勢力が有ってな……」


 いつの間にかアイダを含めて皆がバーブガンの話に聞き入っている。


「邪悪な魔女を味方に引き入れて王に戦を挑んで来たのだ」

「…………」

「国が二分する激しい戦いになった。だが王は国内の戦で民が悲惨な目にあうのを憂いて、早く終わらせようと敵に妥協案を出された。王自身の引退を条件に停戦して話し合おうと言うのである。敵勢力とは王の従弟であり、ひそかに王の地位を狙い画策していた経緯がある」

「よくある話だわね」


 レイラのつぶやきに皆がうなずいた。


「ところが、そこから敵の陰湿な策略が始まった」

「…………」

「数々の陰謀が渦巻いたが、やがて決定打が放たれた。王が身体の不調を訴えて病の床に就いた時、主治医から薬を処方されたのだが、これが敵の手にかかり、毒の入ったものと交換されてしまう。王の身辺に敵のスパイが混じっており、誰もそれに気が付かなかった。なにしろ身内同士の戦いであるから、親しく装っていれば敵味方の区別がつかない。その毒は魔女が処方したもので、王の身体を徐々にむしばんでいった。しかし、薬は王の信頼している主治医の処方であるからと誰も疑わなかったのだ」

「…………」

「そして雪の降る殊の外寒い冬の早朝であった、寝室の床に倒れ事切れている王が付き人により発見されたのである。王の忠実な家臣数人はその死を秘して、未だ王は病の床にあるかのように振舞う。そしてすぐさま宮殿の宝をひそかに運び出し、敵の手に渡らないようにと人里離れた山間の洞窟に隠してしまった。だが、もちろんいつまでも王の死を隠し通すことは出来ない。ついに政敵が王の寝室にまで押しかけて来た。宝が運び出されていた事実も発覚し、敵の執拗な追及の手が家臣たちに及んだが、全員が殺されても口を割らなかった」


 ここまで話すと、またトゥパックが口をはさんだ。


「お前は反撃しなかったのか?」

「王が亡くなってしまった後での反撃が何になる。それに……、当時は儂も王子もまだ幼く、敵は同じ宮殿の内部に居る。王は国が乱れて民が悲惨な目に合うのを憂いておられたのだ。結局王の後継者は従弟に決まり戦は終わった。そして洞窟の宝だが、儂は王の生前からひそかに頼まれていたのだ。王は万が一の事態が起こった時は、国の宝を隠してお前が守れと。だが、時代は変わり、王の直系の子孫も返り咲くこと無く途絶え、宝を生かすチャンスは無くなった。目障りだった幼い王子を謀殺した従弟も、度重なる政変に消えて新たな血筋の者が国を引き継ぐ。儂が守って来た宝は不確かな伝説上の話となり、その所在を知り狙う敵も居なくなった。移り行く時が全てを洗い流してしまったのだ」

「…………」

「だが今回の騒動で儂は久しぶりに目が覚めたわ、ハッハッハッ」

「…………」

「と言う訳で、宝を守る意味はもはや無い。洞窟は封印してしまったしな。この地に留まる必要は無いのだ。……お前たちが感じている通り、儂はもう年寄りだが、まだまだ若いもんには負けん。精霊界の為になるのなら、最後にひと肌脱ごうではないか」


 そう話し終わったドラゴン・バーブガンはどこか吹っ切れたような表情になると、口の端から出ている牙を隠そうともせず悠々と歩き出した。力の衰えてきたドラゴンは魔法を使えるようになっていたが、全盛期のバーブガンであれば、アイダとレイラ、さらにはワイナたちが束になって戦っても敵う相手ではなかったのである。







 ドラゴン・バーブガンを交えたアイダたち一行はまた新しい土地にやって来た。大きな岩が点々と並ぶ山間部で、その岩々に寄り添うように立つ民家の間を縫って人々が歩いている。


「あら、随分大勢の人が……」


 数十人の行列が続いて、皆が重そうな荷物を担いでいる。


「何かしら?」

「皆さんは何をなさってるんですか?」


 近づいたレイラが行列の1人に聞いた。


「ガイエウス様のお食事を届けるんです」

「ガイエウス様ですって?」

「はい」

「ガイエウス様って……」


 男は答える前に行ってしまった。


「レイラ、ついて行ってみましょう。これは何かあるわね。皆さんの顔があまり楽しそうではないわ」


 確かに全員が一様に押黙り、黙々と歩いているだけである。その様子から祭りとかではなさそうである。それに男の言った通りの食事だとしても、あまりにも量が多い。この土地はそれほど豊かなのか。どう見てもそんな余裕があるとは思えない村ではないか。


 やがて人々は村外れではあるが、広い原野にやって来た。そこには粗末ながら祠らしきものが祭ってある。村人の一行は各自が担いできた食材やら何やらを次々と祠の前に並べ終わると、皆が揃って手を合わせ祈り始めた。


「ガイエウス様、ご希望の食事をお持ちいたしました。どうか召し上がって下さい」

「ガイエウス様……」

「ガイエウス様、どうか……」


 全員が膝まづいて次々と祈り始めたのだが、中には辺りの様子を伺い、震えている者も居るではないか。そのうちに皆の祈る声がふと止まった。


「…………」

「…………」

「…………」


 ――ズン—―


「ヒエッ!」

「ヒッ!」


 ――ズン――


 大地の震動に身を縮めて夢中で祈り続けていた村人であるが、ついにたまらず一斉に逃げ出した――


 ――ズン――


 レイラの足元に居る犬のノラがうなり声を上げた。ガイエウス様とやらが姿を現したのである。


「これは!」

「何!」

「何だ此奴は!」


 ワイナもキイロアナコンダも剣を握り抜こうと身構えた。トゥパックは既に抜いて身構えている。


「ガアーー」


 とカラスも羽ばたき舞い上がった。

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