第33話 ドラゴン・バーブガンVS魔人・ガイエウス

 それは天を衝くように巨大な魔人であった。頭がワニである巨人ガイエウスは、神話に登場するなら史上最強の怪物で、その体は星々と頭が摩するほどである。首から下は人間と同じだが、底知れぬ力を持っているという。短気で獰猛、怪力と強力な魔力をもち、村々を訪れては犠牲者を見つけ死にいたらしめるとされている。村人はその力を恐れて供え物をしては災厄を防ごうと努力をしていたのである。ガイエウスは炎から生まれたとされているが、イスラム教では悪魔が炎から作った魔人だと言われている。

 

「ガイエウス様を退治しようなどと、そんな恐ろしい事をしないでくだされ」と村人は遠くから懇願した。ワイナたちが剣を抜いているのを見たからである。

 村人はガイエウスの復讐を恐れている。だが魔人が人々を苦しめている現状を見過ごす訳にはいかない。


「ガイエウスよ、何ゆえに人々を襲い苦しめるのだ」

「んっ?」


 ガイエウスがじろりと地上を見下ろすせば、剣を構える3人が眼に入る。


「危ない!」


 いきなり太い棍棒がうなりを上げて振り下ろされて来る――


 ワイナ、トゥパック、キイロアナコンダは飛び下がり、かろうじて難を逃れた。棍棒が振り下ろされた後は深い穴が開いた。


「これはまずいぞ、巨大すぎて剣が届かない」

「待って、私たちがやるわ」


 話が通じる相手ではなさそうである。今度はアイダとレイラが前に出ると、呪文攻撃を開始する。


「アラカー、シャーヴォアーーシャザムァーハースヴァーハー」

「アラカーー、シャーーヴォアーーシャザムスヴァーハースヴァーハーー」


 だが、再び棍棒が振り下ろされる――


「…………!」

「駄目だわ、呪文が効かない」


 うなりを上げて振り下ろされる棍棒を避けた2人が巨人を見上げた。これでは確かにワイナたちの剣も巨人まで届かないだろう。


「そうか、ここは儂の出番だな」


 バーブガンが前に出て来た。既に人間の姿ではない、いつの間にかドラゴンになっている。バーブガンが翼を広げてガイエウスに戦いを挑んむ様子は、天空に向かって突進して行くようである。迫りくるバーブガン見たガイエウスは炎を吐き、棍棒を振り回す。樹齢1,000年も経ただろう太く固い木を丸のまま削ったものである。当たればバーブガンといえどもその身体は細切れとなるに違いない。

 これに対し、バーブガンも炎をもって応戦した。ガイエウスは離れた場所からは炎を投じ、接近すると棍棒で殴りつけてくる。だが激闘の末、追いつめられたガイエウスはさらに凶暴性を発揮する。振り回した棍棒の一撃がバーブガンの脇腹にさく裂。バーブガンは口から血を吐いて地に落ちたが、再び唸り声を上げて立ち上がった。

 棍棒を振るい炎を吐き暴れ回るガイエウスに共鳴して、天が雷鳴を轟かせ、山々が鳴動する。バーブガンとガイエウスの火炎、両者が発する熱で大地は炎上し、天と海は煮えたぎった。さらにその戦いによって激しく揺れる大地で見守る村人たちは恐怖している。

 しかしついにバーブガンの炎がワニの頭を焼くと、ガイエウスはよろめいて地に倒れ込み、身体までもが炎に包まれた。この炎の熱気は溶鉱炉が熔かした鉄のように大地をことごとく熔解させた。

 しかしバーブガンも明らかに負傷している。その様子を見たアイダは救援に向かい、呪文で治療する。力を取り戻したバーブガンは再びガイエウスと最後の壮絶な死闘を繰り広げ、巨人に黒焦げの深手を負わせて追い詰める。

 敗走を続けた魔人は最後に棍棒を投げつけてきたが、それを避けたバーブガンはガイエウスを押し倒してその胸を巨大な爪で握りつぶす。周囲に鮮血がほとばしりバーブガンが勝利した。

 ガイエウスは最後に痙攣して息絶え、遺体は岩となって残ると、割れ目から溢れ出ている血は、赤い小川と呼ばれて流れ続ける事になる。






 魔人ガイエウスを退治して再び旅に出たアイダたちは、先頭にアイダ、そしてワイナ、トゥパックとキイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラと犬のノラ、空を舞うトゥパックの従僕カラス、最後は口から牙をのぞかせ歩く人間の姿をしたドラゴン・バーブガンであった。



 一方、ここは北アフリカの東岸に位置するエジプトである。

 オスマン帝国のエジプト州総督ムハンマドは、海軍の提督となっていたバルバロス・オルチ、通称赤髭と呼ばれた海賊の要請により、アリ王国の討伐に乗り出す事となっていた。

 オスマン帝国の支配下となっているエジプトは、1つの州とされてイスタンブールから派遣された総督によって統治されている。しかし、エジプトの軍人階級であるマムルークや駐留軍の有力者、そして現地の有力軍人たちが大きな影響力を保持し続けていたことから、オスマン帝国のスルタンにとって、エジプト支配は常に困難な課題であり続けた。

 だがムハンマドはそんな事を意に介していないようである。軍を動かす口実もあるアリ王国への遠征は、野心を持つムハンマドにとってオスマン帝国から独立して自身の王国を得る絶好の機会であったのだ。

 オスマン帝国に反発する地元のマムルーク勢力を抱き込み、事実上の独立勢力を動かす事となったムハンマドは、20,000人の軍隊をアリ王国征服のために編成した。そして赤髭を別動隊の指揮官にして800人の兵を5隻の船でアリ王国沿岸に向かわせる。



「アイダ、またアリ王国から緊急の使者が参ってます」

「えっ」


 あの追放した海賊の赤髭がオスマン帝国の軍に働きかけて、アリ王国の討伐に向かって来るようだと言うのである。


「しかも呪術師ムルングも加わっているのだとか」

「……レイラ」

「はい」

「オスマン軍の兵力を調べて。それからマリ王にも直ぐ知らせるのよ」

「分かりました」


 オスマン軍、いや事実上マムルーク軍の進軍は、これをきっかけに矛先はマリ王国にも及ぶ可能性もあるのだ。連携して対処する必要がある。



 ムハンマドが扇動したマムルークは、10世紀から19世紀初頭にかけてトルコとアラビア半島を中心とするイスラム世界に存在した、奴隷身分出身の軍人を指す言葉だ。その多くが幼少の頃から乗馬に親しんでいる騎馬民族の出身で、また幼少のうちに購入されて乗馬、弓射、槍術などの徹底した訓練を受けて弓射を得意とする騎兵のエリート軍人として育成された。素朴で忠誠心が深いことから支配者によって盛んに登用された。

 奴隷として購入された若いマムルークは、教育施設に入れられ、イスラム教に改宗するとともに、アラビア語、イスラム法、礼拝の作法、乗馬、弓射などの文武の学問を身に付けさせられた後、一人前のマムルークとして認められると法的に奴隷身分から解放され、マムルーク軍団に編入された。そして主人との縦の関係のほかに、同じ主人の同じ教育施設で育った同期の者たちの間には同窓の仲間として強い紐帯が結ばれた。

 その仲間内の1人にシャジャルと名乗る女性が居た。幼少時より女官見習奴隷としてカリフの後宮で育ったシャジャルは、テュルク系あるいはアルメニア系の出身と考えられている。アラビア語で「真珠の木」を意味する名前であり、類いまれな美しさで、見識があり、知性的であったとされている。さらに美しい容貌にくわえて、マムルーク軍団を統率する政治的手腕をも備えていた。


 シャジャルとマムルークのリーダー4人は、総督ムハンマドの指示を受け天幕の外に出ると、4人の視線はシャジャルに向かう。そして何やら意味ありげな無言の意志表示を交わして四方に散った。マムルークたちの不穏な様子を知らないのはムハンマド1人であった。






「マリ王は、すぐさま20,000人の弓で武装した兵士をアリ王国に向けて出発させてくれるようです」


 レイラの報告である。


「分かったわ、アリ、今回はどのくらいの兵を動員出来るのかしら」

「1万は参加できます」


 そして再びレイラの報告で、敵軍もやはり20,000人ほどだと分かる。


「その兵力差だとすると、マリ王の兵が到着するまで戦闘は避けた方がいいわね」

「はい、なるべく時間を稼ぎましょう」


 アリ王は砂漠に居る軍をあえて何度か移動させ、敵が戦闘態勢に入るまでの時間を稼いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る