第5話 風の悪魔少女レイラとノラの怪鳥追跡

 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女を連れて歩き出した。少女の傍には犬がぴったり付いて、何度もレイラを見上げている。悪魔少女はこの忠実そうな犬に名前を付けてあげる事にした。


「そうね、あなたは野良犬だったんでしょ」

「…………」

「だったら、ノラにしましょう、どうノラ」

「…………」


 声を掛けられて嬉しそうではあるが、無口な野良犬である。


「ノラ!」


 突然走り出した少女が振り向き大声で呼ぶと、コケるようにダッシュして付いて行く犬に皆が笑った。


「ノラ」


 今度はゴリラのトゥパックが呼ぶが、犬は少女の足元から離れようとしない。


「あ、こいつ、そうかおれより悪魔の方がいいんだな」

「悪魔なんて……」

「悪魔でなきゃ何なんだ」

「……私にもちゃんとした名前が有るんです」


 風の悪魔少女の名前はレイラであった。


「何だ名前がちゃんと有ったんだ、だったら最初からそう言えばよかったじゃないか」

「だってあなたが一方的に私の事を悪魔悪魔って言い続けたでしょ」

「…………」

「ごめんなさいね、これからは貴女をレイラって呼ぶわ」


 虹の精霊アイダが取りなすと、ノラが嬉しそうにレイラを見上げていた。





 アイダたちパーティーの行く先に待ち構えている今度の敵は、魔王ベリアルが背後に居た。悪魔学においてもその名が知られている、非常に強大な魔王であり、複数の軍団を指揮しているとされている。元は高位の天使で、堕落する前は有名な熾天使ミカエルよりも階級が上だったともいわれている。


「レイラ」


 アイダが風の悪魔少女レイラを呼んだ。


「精霊界の北の外れで謎の怪物が暴れているというけど、どうなっているか調べて来て。それから話が本当なら、背後に居るという魔王ベリアルの事もね」

「分かりました」


 風の悪魔少女レイラはノラを連れて風に乗り、パーティーを離れて行った。






 風の悪魔少女レイラは荒涼とした谷の上から、ノラと共に崖下を見ている。


「ノラ、あそこを見てごらん」


 村人が追い立てられ、その足元に舞うのは赤茶けた大地の土埃。皆うつむいて黙々と歩いている。


「さっさと歩かんか」


 鞭を持った半獣の獣人間が村人を大勢で追い立てているのだ。上半身は牛のようであるが、長い角を生やし、二本の足で立っている。


「もしかしてあれが魔王ベリアルの軍団兵士なのかしら」

「…………」


 しかし、ここで突発事故が起きる。

 1人転んで起き上がれなくなった村人がいる。獣人の鞭が振り下ろされたのだが、村人は起き上がることが出来ない。


「起きんか、こら!」


 ついに獣人は剣を抜いた。


「ウッ――」


 唸ったノラが身構え、剣が村人の首に振り下ろされると飛び出して行ってしまう。


「ノラ、駄目、戻って!」


 だが、遅かった。ノラは一気に崖を駆け降りると、半獣人間に襲い掛かってしまった。突然襲撃されて、顔を覆った獣人は唸り声を上げて手を振り回す。


「アラカザンヴォアラホシーー」


 風の悪魔少女レイラは呪文を発して風に乗り、ノラを救い出すとその場を離れた。


「ノラ、駄目じゃない、あんな無茶をしたら」

「…………」


 ノラは黙ってうつむいている。


「……あ、そうか、ごめんね、お前の気持ちは……」


 レイラは足元に来たノラの頭を優しく撫でた。

 その後、レイラとノラはさらに周囲を調査し始めた。精霊界の北の外れで、謎の怪物が暴れているという情報である。


「怪物らしいものは居ないわね」


 その時、


「ウッ~~」


 ノラが何かの匂いに唸った。風の悪魔少女は、数キロ先の変化も風に乗って来る情報で知ることが出来る。だがノラはそれ以上に匂いで、辺りの異常を感じ取っているのだ。


「どうしたの」

「ウッ~~」


 ノラの唸り声が止まない。


「何か近くに居るのね」


 犬は人間よりも敏感に匂いを人間の数千倍感じることができると言われている。ただ、犬も人間も匂いを感じる基本的な仕組みは同じで、嗅上皮と呼ばれる鼻の粘膜にある嗅細胞に匂い分子がくっつくことで脳に情報が伝わり、匂いとして認識されれる。犬の嗅覚が優れているのは、この嗅上皮の範囲が人間よりもはるかに広いためだ。匂い分子をキャッチする嗅細胞の数が人間と比べて圧倒的に多いからである。

 レイラはノラを連れて、用心深く辺りを調べ始めた。


「ノラ、今度は何が有っても、私がいいと言うまでは動いたらだめよ」

「…………」


 それは近くの川に居た。水浴びをする、おぞましき怪鳥ハルピュイアだ。半人半鳥の怪物で、顔から胸までが人間で翼と下半身が鳥であり、醜い女性の顔をしている。鷲のようなかぎ爪を持ち、いつも飢えていて、魔王ベリアルに仕える死の女神である。

 レイラはノラと注意深く近づいて行く。だが、レイラが枯れ枝を踏んで音を立ててしまった。


「ガッ」


 怪鳥は振り向くと、しばらくの沈黙が続いた後だ、ゆっくりこちらに向かって歩いて来るではないか。レイラとノラはブッシュに隠れている。そして怪鳥は2人のすぐ傍まで来ると辺りを窺い始めた――


「匂うよ、誰か隠れているね」


 息詰まる瞬間の後、


「そこだ!」


 怪鳥がいきなりレイラに飛び掛かった。


「ガッ――」


 ノラが変身したのはその時だった。鋭い牙が怪鳥の喉をめがけて喰い掛かる。

 レイラを放した怪鳥は、ライオンのような巨獣に変身したノラと激しい格闘を始め、すぐ両翼を広げて羽を逆立て威嚇を開始、隙を見てノラの背中から首にかけて鋭い爪で掴んでくる。両者は転げまわって飛び跳ね、優位な姿勢に立とうとする、しかし人面の怪鳥にノラのような牙は無い。ノラの反転攻勢に、怪鳥はついに退散して行った。


「ノラ、すぐここを離れよう。あいつが仲間を連れてきたら厄介だわ」





 その後も調査を続けていたのだが、一向に進展はない。それにしても疑問なのは、あの追い立てられていた村人は、一体何処に連れていかれようとしていたのだろうか。レイラはさらに調査する範囲を広げてみる事にした。但し、あの怪鳥はレイラと同じように風に乗る事が出来るはずだから、行動範囲は被る。調査は注意深く続ける必要がある。だが、ここでレイラは全く逆の判断を下した。


「ノラ、あの怪鳥の後を追うのよ」


 犬が嗅ぎ分けるのが得意な匂いは、酢酸である。天然に広く存在する脂肪酸の一種で、人間の汗に含まれる酸っぱい匂いの成分で、酸味と刺激臭を放つ。あの怪鳥は半分人間である。そしてノラとの格闘で汗をかいたはずだ。後をつけるのには絶好のチャンスである。そして犬はわずかな匂いを嗅ぎ取ることを得意としている、特に嗅覚の優れた犬では、4日前の人の足跡の匂いを嗅ぎながら160kmも追いかけることができたという。逃げた怪鳥の後を追って行けば必ず仲間のところに行きつくだろう。そこには敵の本拠地があるかもしれないではないか。レイラはそう判断したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る