第8話 アイダたちの進軍

 最後の審判という概念は原始の神々からある。そしてゾロアスター教からその存在が知られている。イラン高原に住んでいた古代アーリア人は様々な神を信仰する多神教であり、火のみならず、水、空気、土もまた神聖なものととらえられているゾロアスター教のルーツであった。その教義の最大の特色は、善悪二元論と終末論である。世界は至高神と悪の霊、およびそれに率いられる善神群と悪神群の両勢力が互いに争う場であるとされる。


 ゾロアスター教の歴史観では、宇宙の始まりから終わりまでの期間は創造、混合、分離の3期に分けられ、現在は混合の時代とされる。混合の時代は善悪が入り混じって互いに闘争する時代である。善神群と悪神たちとの闘争後、最後の審判で善の勢力が勝利すると考えられ、その後、世界の終末には最後の審判がなされる。そこでは、死者も生者も改めて選別され、すべての悪が滅したのちの新世界で、最後の救世主によって永遠の生命をあたえられる。

 最後の審判では死者が全員復活し、そこに天から彗星が降ってきて、世界中の鉱物が熔解し、復活した死者たちを飲み込みむ。義者は全く熱さを感じないが、不義者は苦悶に泣き叫ぶことになる。これが三日間続き、悪人は地獄で、善人は天国で永遠に過ごすことになるとされる。




「魔王のベリアルと戦うつもり?」


 風の悪魔少女レイラに付いている熾天使セラムが聞いて来た。


「どういう意味なの、戦うに決まっているでしょ」

「勝てないわよ」

「そんな事は戦う前から分からないわ」




 神はもともと天使を自分自身を尊重させるために創造したとされる。だが、自由な意思を持つ一部の天使たちに、自分から従おうとする服従心など無かった。彼らの中に神の意志とは違い、自由な考えを持つ者がいたのである。結果として、彼らは天界から追放され地上まで堕ちた天使は人間に、またさらに深く堕ちた天使は悪魔になった。

 風の悪魔少女レイラに天使が付いているというも可笑しな事のように思えるが、天使と悪魔の関係は複雑で微妙なのだ。魔王のベリアルでさえ、元は神によって造られた第一の天使であったと自ら言っているのである。




「あなたはまだベリアルの事を分かっていない。力で勝とうとしても無理だわ」

「じゃあどうすればいいの?」

「……それは私にも分からない」




 天使の階級は第1階級が熾天使( セラフィム)で、いま風の悪魔少女に付いているセラムもそうである。魔王のベリアルが反逆する前は、智天使で第2階級に位置づけられていたという。そしてセラム、見かけは静かであるが、心は神のために激しい情熱と愛を燃やし、体が炎に包まれるほどの激しい情熱を持っている。

 一方智天使はセラムに次いで二番目に階級が高い天使で、智という名で表される如くに、天使の中でも優れた知識を持っている。だがその姿は他の天使と異なり、半人半獣である。智天使は神の乗物としての一面が見られ、有翼人面獣身の起源となる。顔はそれぞれ人間、獅子、牛、鷲の四つの顔を使い分ける。ベリアルが魔王となった後も、その姿は天使の時代とさほど違ってはいない。




「でも付いて来るんでしょ」

「もちろんよ」


 そう言いきった熾天使セラムを見ると、レイラはため息交じりに、


「じゃあ、邪魔にならないようにね。魔王軍団との戦闘が始まったら、ずっと隠れているのよ。怪我をしちゃいけないから」

「…………」

「私を見守っていてくれるんでしょ」


 レイラはちょっぴり皮肉を込めて守護天使に言った。


「…………」




 神は人間に天使以上の愛情を注いだが、それに反発したのがベリアルだった。その考えは、天使は炎から生み出されるが人間は土塊から創造され、天使ほどの権威も無ければ力も無いのだと。

 ベリアルは天界において、自分は神をも凌ぐ力を持っているのではないかという驕りが出てしまった。そのため、味方となる天使を集め神に対して反旗を翻したが、結果は敗北に終わり仲間と共に下界に堕とされてしまう。

 天界から堕とされ天使のプライドも叩き壊されたベリアルは、怒りのあまり2度にわたって激しく汚物を吐いた。そして最初の汚物が怪鳥の群れとなり、2度目の汚物によって半獣人の軍団が生まれた。それらの軍勢を引連れた魔王の怒りは、神の寵愛の対象となっていた人間に向かうようになったのである。






「行くわよ」


 はっきりとした勝算の目途は立っていないが、このまま引き下がるわけにはいかない。アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラを従えて歩き出した。レイラの傍には犬のノラがぴったり付いている。


「アイダ、後ろを」


 ワイナの声でアイダが振り返ると、そこにゾボとオオカミの軍団が付いて来ていた。


「ゾボ様」

「そなたが魔王ベリアルと戦うと聞いたのに、この儂が何もしないでいるわけにはいかんのでな」


 ゾボの後ろに控えているのはオオカミの精霊たちである。ゾボは数々の窮地から仲間を脱出させた元オオカミのリーダーで、オオカミ王ゾボとあがめられている伝説的な存在のオオカミの霊であった。犬の守護霊もまた、その嗅覚を活かした探知が得意なのだが、オオカミになると探知能力が大幅に進化する。何と嗅覚により感知できる範囲は半径200キロという超広範囲となるのだ。犬は人間と比べ運動能力や霊力も遥かに優れているが、オオカミは更にパワーアップする。ハイエナは獲物を追い求め一日中時速80キロの速さで走り続ける事が出来ると言うが、オオカミの守護霊はハイエナを大きく上回る体力になり、何日も休み無しでも働き続けることができる。狼の群れの頭数は最多で42頭にもなったという記録があるものの、平均して概ね3~11頭の間である。しかしゾボの呼びかけに応じたオオカミは40頭をはるかに超えて、群れは血縁関係でさらにいくつかの群れに分かれている。その全てのリーダーがゾボであった。


「儂の呼びかけに応じてくれたのじゃよ。まあよく動く者達であるから、邪魔にはならんじゃろう」

「ゾボ様……」


 ところが付いて来ている者はそれだけではなかった。


「あの方は……、アモン様」


 アモン神はエジプトの神アモン(アメン)と同じである。エジプトでは羊の姿で描かれることがあった。オウムガイの一種で化石で現れるものにアンモナイトがあるが、巻き貝の姿が羊の角に似ているので、アモン神に因んで名付けられた。アイダの前に現れたアモン神も羊の頭をして、2頭の馬がつながれた戦車に乗っている。本来は戦いとは関係ない神なのだが……

 悪魔の中で最も強靭であるとされる者にも同じ名のアモンが居る。戦車に乗る自分は、その生まれ変わりだと自称している戦マニア、なんとも変わりダネの神である。自分を召喚した者に過去と未来の知識を教え、人同士の不和を招いたり逆に和解させたりできるという。自分が剣技を教えたアイダの味方を買って出ている。鳥や羊の頭部を持つ姿と名前の類似性から、アムンやアモンをエジプト神話に登場する神アメンが悪魔として解釈された存在ではないかと推論し同一視されている存在である。


「アイダ、久しぶりではないか」

「アモン様」

「敵は魔王ベリアルとその軍団だな?」

「はい」

「よし、相手にとって不足は無い、この儂が来たからには何も心配するな、ハッハッハッ」

「…………」


 こうして虹の精であるアイダは、ジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラ、犬のノラを率いて、さらにその後からゾボの率いるオオカミ軍団、戦車に乗ったアモン神が胸を張り威風堂々と進軍を始めた。さらに言えば、風の悪魔少女レイラには、熾天使であるセラムが守護天使として付き見守っていた。


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