第7話 魔王ベリアル

 北に向かおうとしていたレイラは、怒鳴る声と哀願するような声を聞いた。


「あの声はさっきの村人じゃない?」


 すぐ取って返すと、今まさに1人残っていた村人が半獣人に連れて行かれようとしている。


「すぐ助けましょう」


 ノラが行こうとするのをレイラが止めた。


「ちょっと待って、いい事を思いついた。後を付けるのよ」


 風の悪魔少女レイラと犬のノラは風に乗って、村人を連れ去る半獣人の後を付けて行くことにした。

 深い谷を通った先に禍々しい魔王の城はあった。レイラとノラは風のまま様子を窺っている。



 石造りの広間で一段高い位置の玉座に深く座る魔王は、人間に似た形をして肌に紺や緑色が混じり、ある部分では黒色で、目は赤く、とがった耳、裂けた口、頭部にはヤギのような角を生やしている。鋭い爪の付いたコウモリのような翼に、槍のように尖った尻尾を持っている。特別な女性に近づく時は上品な身なりの伊達男や兵士、騎士の姿になるとも言われる。トカゲ・ヘビ・人間の若者と姿形を変化させることができ、実体を持った物質世界は神の創造した善の領域であるのに対して、堕天使となったのちの魔王は実体を持たず、人間や動物の中に巣食って悪をなしていた時期もあった。

 聖書にも登場している高名な悪魔であるベリアルは、悪魔学においても重要視され、名を挙げられている。強大にして強力な王であり、複数の軍団を率いている。光を掲げる者という称号を与えられていた堕落前の天使ルシファーに次いで創造された天使であり、天上にあってはミカエルよりも尊き位階にあったと自ら語るという。燃え上がる戦車に乗り、美しい天使の姿で現れるサタンとも称される。





 無理やり連れて来られた村人たちは魔王ベリアルの前に並べられて、後ろに控える半獣人から頭を押し下げられている。周囲にはさらに多くの半獣人が連なって、その更なる背後には無数の怪鳥が並んでいるのが見える。

 村人を端から順に嘗め回すように見ていた魔王が、おもむろに声を出した。


「その方たちが持つ高慢な心はすべて悪の根源である。従ってそこから生まれる七つの悪徳を裁く事にする」


 村人たちを前にして、魔王は次の7つの大罪を挙げた。傲慢、虚栄、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、淫蕩である。なんと魔王が神のごとく皆の悪を裁くと言うのである。それは村人にとって正に最後の審判であった。


「そなたの罪は何だ?」

「…………」


 魔王の前に引きずり出されひざまずかされた村人の1人は、哀れにも震え上がって、その身体は今にも崩れ落ちそうである。だが魔王は静かに語り掛け始める。


「傲慢か、それとも虚栄なのか?」

「……あ、あの、私には何の事だかさっぱり……」

「その方の罪を聞いているのだ。罪を犯したであろう」

「……罪なんて、あの、私はこれまでずっとまじめに働いて――」

「罪を犯してないと言うのか?」


 後ろに並ばされた村人たちは息をひそめ、固唾をのんで事態を見守っている。


「……私は何も悪い事はしていません」


 ここで魔王の赤黒い眼がわずかに光ったように見える。


「何も悪い事はしていないと言うのだな」

「…………」

「では聞くが、お前の心臓は何故そんなに早く打っているのだ。何故そんなに汗をかいている。お前の喉はひりひりと乾いているのだろう」

「…………!」

「それはお前が犯した罪を隠しているからだ」


 魔王はやはり静かに語り続ける。その魔王の静かでゆったりとした語り口が、かえって村人に更なる恐怖心を掻き立てている。


「そなたの罪は傲慢である」

「…………」

「認めるか?」

「あっ、あの、私は、そんな傲慢だなんて……」

「いや、審判は下った。直ちにその邪悪な魂を抜き取り、その方をフクロウかコウモリの姿にしてしまう事にする」

「そんな!」


 ベリアルが食する悪の魂は魔界のデザートであり、魔王が活動するエネルギーの源ともなるのだ。但し動物や植物の霊魂は嫌っている。


「情け深くもその方に与えられる姿は、フクロウかコウモリである。ただし儂は寛大なのだ。好きな方を選ばせてやろう」


 結局ふらふらと身体を横たえた村人は魂を抜かれてしまう。フクロウに姿を変えられた後は半獣人から城の外まで引きずられ、ゴミのようにつまみ出される。そこで待っているのは、鳥に骨まで食い尽くされる鳥葬であった。もちろんそれを執り行うのは飢えた怪鳥である。

 そして次の犠牲者がまた魔王の前に引きずり出された。


「その方は――」

「わ、私は何も悪い事はしていません!」

「……まだ何も聞いていないではないか」

「…………」


 魔王ベリアルは、たった今フクロウにされたばかりで新鮮な村人の魂をゆっくり咀嚼しながら、相変わらず静かに語り続けている。


「虚栄という罪をその方は存じておるか?」

「……はっ?」

「その方の心は虚栄心で満たされておるのではないか」

「そんな」

「違うと言うのか愚か者」


 魔王は後ろに並ぶ村人にも聞こえるように言った。


「虚栄心は自分を凄い者だと思わせたいがために、大げさな発言をしたり、大したことでもないことを誇張して表現したくなることで、些細なことでも見栄をはりたいといった心情を言うのである」


 此処で魔王は目の前の村人を見下ろし、


「儂の目に狂いはない。その方の罪は明らかな虚栄である。過去の行状を思い起こしてみるのだ。身に覚えがあるであろう」

「…………」


 言われた村人はがっくりと肩を落とした。


「したがってその方は猿とする」


 こうしてやはり魂を抜かれて猿になった村人も、城の外につまみ出され鳥葬に処された。3人目の村人は下腹にもどこにもたっぷりと脂肪のたまった男であった。


「その方……」

「…………」

「自分の姿を水に映してみた事はあるか?

「…………」


 村人は観念したようにうつむいている。


「どうやら分かっているようだな。お前の罪は暴食である」

「…………」

「豚がいいか、ハエがいいか好きな方を選ぶがよい」


 次々と魔王の前に引きずり出されて審判に掛けられる村人は、いずれも魔王に魂を喰われて、残った身体は哀れな姿に変えられ鳥葬に処されてしまう。

 嫉妬の罪で蛇や猫、怠慢の罪で牛やカタツムリ、強欲の罪でハリネズミやクモ、淫蕩の罪でサソリやニワトリなどに次々と変えられて城の外につまみ出されてゆく。


「レイラ、どうしようか」


 ノラが風の悪魔少女レイラに話しかけた。気配を消している風なので魔王に知られる事は無い。


「でも私たち2人だけではとても魔王には歯が立たないわ」

「…………」

「一旦帰りましょう」


 レイラとノラはそっと城を抜け出すと、アイダたちの待つ所まで戻った。






「アイダ、魔王は村人を連れ去って、その魂を抜き取っていました」

「…………」

「魔王が住む城の在処は分かりましたが、半獣人の軍団と怪鳥の群れが周囲を固めていて、簡単には退治できないと思われます」

「確かに魔王はこれまでのように魔物や化け物を退治するようなわけにはいかないわね」


 今回の魔王ベリアルは強敵すぎるようである。アイダたち6人が力を合わせても打ち砕くのは難しいだろう。魔王の周囲を固める軍団を攻撃するのは何とか出来ても、最後の魔王までは攻略できないかもしれない。


「このまま何の手立ても無く進んでも駄目な様ね。一旦引きましょう」







 その後アイダは皆を連れてゾボの元を訪れた。

 ゾボとは様々な魔術を使う老練な呪術師で、アイダの呪文修行もその古い知り合いのゾボからである。ゾボ自身の苦難の道のりのせいで、負のイメージが付きまとう呪術師になっているとはいえ、ゾボは未だ精霊サイドの信条を強く持ち続けていた。


「そうか、あの魔王ベリアルがのう……」


 前回の魔術師フアイチヴォとの決戦では、呪術師ゾボの呼びかけに応じたオオカミの守護霊たち。さらに、元々は大気の守護神であったが武器を取り立ち上がった

アモン神や様々な動物の守護者である精霊、変身するときに宿る動物の霊など精霊界を心配する者達が決起した。しかし今回はそれでも魔王に勝てるかどうか。

 さすがのゾボも即答が出来ないでいた。

 精霊界で神は特別な地位に在るが、魔王もその神とは対極に位置する別格な存在であった。魔王には神々も簡単には手出し出来ない、強力な力が有ったのだ。

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