第9話 魔王軍団との決戦
「アイダ、魔王の半獣人軍団は谷の向こう側に陣取って、怪鳥は次々と飛び立ち、こちらに向かって来ています」
アイダの指示で敵情の偵察に行っていた風の悪魔少女レイラが報告してくる。
魔王ベリアルはアイダの突然ではあるが果敢な挑戦状を受けて立った。半獣人軍団は谷まで進軍させ、怪鳥軍団も飛び立ち谷の空を覆っている。アイダは、これはすでに避けられない事と、魔王との全面戦争を覚悟しているのだ。
「トゥパック、レイラ、言ってあった物は準備出来てる?」
「ばっちりだぜ」
「出来てます、見てください」
トゥパックとレイラは大量の肉や臓物類を用意して、それにこれまた大量の塩を振りかけ谷の手前に積み上げてある。村々を回って集めてきたようだが、菜食主義のトゥパックには興味のないものだ。
「怪鳥は必ず食べに来るわ」
「…………」
常に空腹で意地汚い怪鳥どもである、必ず全て食い尽くすだろう。やがてアイダの思惑通りにやって来た怪鳥達がわき目もふらず獲物の山を覆いつくす。
「やった、見ろ」
隠れて見ていたトゥパックが声を出した。怪鳥が塩の効いた餌に群がり、むさぼり喰いだしたのだ。野生の生き物は空腹で食料を探し、幸運にも満腹になればいくら残っていようと、そこで食べるのを止める。人間のように旨いから食べ過ぎるという事は無い。だが自然界にはない味付けで夢中になり、止まらなくなってしまった怪鳥であった。
「いいぞ、ほら、もっと喰え」
暫くするとアイダの思った通りの展開となった。塩が効いて喉の乾いた怪鳥は次々と川に水を飲みに行く。そしてまた戻るとかぶりつき始める。それが延々と続いて、ついにたらふく喰い、身体が重くなった怪鳥……
「今よ!」
アイダの号令で隠れていたメンバー全員が剣を抜き牙をむいて、怪鳥に襲い掛かった。ところが身体が重い怪鳥は飛び上がる事が出来ず、よたよたと歩き回るばかり。思わぬ展開に右往左往する怪鳥どもをワイナ、トゥパック、キイロアナコンダ、ノラの牙や刃が食い込み切り刻んで行く。もちろんゾボの指揮するオオカミの群れとアモン神も惨劇に加わり、無様に飛び立った怪鳥はアイダとレイラ、ゾボの呪文攻撃で落とす。怪鳥はさんざんに討ち取られてほぼ全滅してしまった。
この様子を谷の先から見ていた半獣人軍団が動き始めた。鈍い動きだが、全員が動いていると山が動くようである。
「やれ!」
「掛かれ!」
レイラたちが身構える。
「アイダ、来たわよ」
レイラが谷の先を見据えた。
「おい、あれは何だ?」
トゥパックが見つめる先には、半獣人軍団に混じって頭の3っ有る異様な怪獣がいる。
「精霊界の北の外れで暴れまわっているというのは、ひょっとしてあれの事だったのか」
「ケルベロスよ」
思わず声を出してしまったのはレイラの守護天使であるセラム。
ケルベロスとは冥府の入り口を守護する番犬である。3っの頭を持つ恐るべき猛犬で、竜の尾と立派なたてがみを持つ巨大な獅子の姿でもある。甘い物が大好きで、蜂蜜と小麦の粉を練って焼いた菓子を与えれば、それを食べている間に目の前を通過することが出来ると言われている。セラムのケルベロスは甘い物が大好きという説明にアイダが振り向いた。
「それだわね」
アイダが何やらレイラに言っているが、トゥパックがレイラの後ろをしきりに気にしている様子である。しかしアイダとレイラは構わず会話を続けている。
「だったらチェリモヤは?」
「森のアイスクリームね。今すぐ手に入るの?」
「もちろんよ」
「いいわ、それにしましょう」
「それから……、ね……」
「……うん」
チェリモヤは南国に馴染みが深いトロピカルフルーツでマンゴー、マンゴスチンと並んで世界三大美果のひとつと言われている。熟したチェリモヤはリンゴやミカンなどとは異なり、マンゴーなどトロピカルフルーツ特有のもっちりととろけるような食感に、味わいは濃厚で甘くクリーミィである。
「ワイナ、少し時間稼ぎをするわよ。皆も半獣人の連中を挑発したらすぐ逃げて。レイラが帰ってくるまで、時間をおいて何度もやるの」
「よし、分かった」
幸い頭が牛の半獣人軍団は重装備でもあって、歩くのが遅い。ケルベロスも皆が散開すれば特に走って追って来る事はなく、時間稼ぎは簡単に出来た。
レイラが戻って来ると作戦開始である。甘いトロピカルフルーツ・チェリモヤを半分に割ってそれをケルベロスの前に少しずつ撒いておびき寄せる。次第に早く歩かせて半獣人から引き離す作戦だ。
レイラがトゥパックを風に乗せると、チェリモヤをこぼしながら完全に引きはがす。次にケルベロスに食べさせたのは、睡眠薬代わりに酒を浸したパンである。もちろんはちみつをたっぷり入れて甘くしてある。これで面倒な2頭のケルベロスは酒に酔いつぶれてしまった。作戦成功であるが、ここでトゥパックが我慢できずに聞いて来た。
「レイラ、さっきお前の後ろから声を掛けてきたのは……」
だがレイラはそんなトゥパックに構わず、
「今度は半獣人ね」
さすがに半獣人とは全面闘争になる。アイダは半獣人と戦うべく、ジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラを従えて進み出した。レイラの傍には犬のノラ、そしてその背後にはゾボ率いるオオカミの一群と戦車に乗ったアモン神である。
「横一列になって」
決戦の火ぶたは切って落とされた。半獣人の数はこちらの倍以上だが、オオカミの数で勝るから何とかなるだろう。ここは一気に決着をつける。
初めにワイナ、トゥパック、キイロアナコンダが長剣を抜く。周囲の半獣人にノラ、オオカミの群れが襲い掛かり、アモン神は戦車から弓を引き絞る。アイダ、レイラ、ゾボは呪文で攻撃を開始する。
「トゥパック、行くぞ」
「よし!」
ワイナ、トゥパックが長剣を振りかざして半獣人軍団に切り込むと、キイロアナコンダも剣で敵を切り伏せている。半獣人の武器は棍棒である。但しその巨体が振り回す棍棒はとてつもない威力のあるもので、直撃を食らったオオカミの身体は吹き飛んでしまう。頭を割られ、内臓が飛び出すオオカミが続出した。だがそのオオカミも果敢に攻撃して、半獣人の喉に喰いつこうと飛び掛かって行く。噛みつくオオカミを半獣人が手で掴み振りほどこうともがいている。
アイダとレイラ、ゾボの呪文攻撃で半獣人がバタバタと倒れてゆく。アモン神は2頭立ての馬が引く戦車から次々と弓を射っている。そして状況は次第にアイダ側優位と成ってきたその時である。
「何をもたもたしておるのだ」
戦場の背後から、ついに魔王ベリアルが現れた。左右に控える半獣人、ひときは目を引く巨人が鎖の先に鉄球を付けた棍棒を持っている。
その魔王にいち早く飛び掛かって行く勇敢な者が居る。オオカミたちであった。だが、
「愚か者!」
魔王の一喝呪文攻撃で、オオカミの群れが一気に弾き飛ばされた。
「トゥパック、おれは右の奴をやる」
「よし」
ワイナが魔王の右に控える巨人に向かい刃を突き出したのだが、
「フンッ」
ワイナの剣が振り回された棍棒の鉄球で弾き飛ばされ、
「クッ!」
「ワイナ」
トゥパックが割って入り巨人を何とか食い止め、剣を拾い上げたワイナとトゥパック、2人掛かりで巨人との凄まじい戦闘が始まる。そして左の巨人にはキイロアナコンダが挑んでいた。だがキイロアナコンダも、剣を棍棒に弾き飛ばされてしまうではないか。
「おのれ」
今度は素手で巨人に組み付いたキイロアナコンダが蛇に変身すると、半獣人の太い首に巻き付いた。これはアナコンダの独壇場である。
「ギシ、ミリッ、ギシ」
じりじりと丸太のような蛇の太い胴が半獣人の首を絞め上げてゆく。巻き付いた蛇を取ろうともがく巨人は、ついに膝を折り地を転げまわって苦しみ出した。こうなると勝負は付いたも同然であった。両眼が飛び出した巨人は、身体を痙攣させて息絶えた。
苦戦していたワイナとトゥパックも、鉄球をかわしたワイナが振り向きざま剣を突き出す。鋭い剣先が巨人の胸を貫くと半獣人は苦悶の内に絶命、残るは魔王だけとなった。
周囲の惨状を見回す魔王。その前に進み出た虹の精霊アイダは、
「貴方がベリアルね」
「儂の軍団をここまで壊滅させるとは……、ほめて取らすぞ」
魔王ベリアルは不敵な笑みを浮かべるのだった。
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